有給取得義務化に伴い「休みをとりやすい組織」つくりが求められる

有給休暇
(画像=PIXTA)

要旨

●2019 年4月1日から全ての企業において、年次有給休暇の5日以上の取得が義務化されることになった。2017 年の有給取得率は51.1%と世界的に見ても低く、これを改善させようとする狙いが取得義務化にはあると考えられる。

●2017 年の正社員の有給休暇未消化分が給与額に換算して総額どの程度になるのかを試算したところ4兆円相当になることが分かった。正社員1人当たりでは13 万5千円程の有給休暇を取得できていない。過去10 年近く有給取得率が5割前後で推移し、所定内給与が17 年の試算に用いた数値と大差ないことなどを考えると毎年4兆円近くの有給が消滅してきたことになる。

●有給取得率が低い理由として、サービス業を始めとした人手不足産業において有給取得率が低いことから、人手不足が有給取得の足かせになっているとみられる。また、有給取得に躊躇いを感じる理由を尋ねたアンケート調査の結果では、職場の雰囲気を理由に挙げる人も一定の割合おり、従業員の意識を変えるというよりも「休みづらい組織」から「休みを取りやすい組織」に変えることが有給取得率の向上に繋がると考えられる。人手不足が有給取得の弊害になっている場合には、最新のICT 技術等を導入することによる省力化・合理化や業務の見直しを行うことが解決策の一つになるだろう。有給取得率の向上は労働者と企業の双方にメリットがあると考えられ、有給取得義務化が誰もが働きやすい環境作りのきっかけになることが願われる。

有給取得が義務化に

 2018 年6月に成立した働き方改革関連法案を受けて、2019 年4月1日から全ての企業において、年10 日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対して、年次有給休暇のうち年5日については、使用者が時季を指定して取得させることが必要になる。日本の労働者の有給取得率が低く、これを改善させようとする狙いがあると考えられる。厚生労働省の調査によると、2017 年の有給取得率は51.1%となっている。つまり、有給が年間20 日付与されていたとしてもその半分の10 日しか有給を取れていないことになる。海外の取得率を見てみると、米国では70%、隣国の韓国では90%、ブラジル、フランス、スペイン、香港に至っては100%と日本の有給取得率が世界的に見ても低いということが分かる(資料1)。日本の有給取得率の現状について大まかに把握したところで、2017 年の正社員の有給休暇未消化分が給与額に換算して総額どの程度になるのかを試算した。

正社員の未消化有給休暇の年間総額は4兆円相当に
(画像=第一生命経済研究所)

17 年の有給未消化総額は4兆円相当

 試算には、賃金構造基本統計調査、就労条件総合調査、労働力調査を使用した。まず、産業別に1日あたり賃金を算出する。平成29 年賃金構造基本調査の産業別の所定内給与を6月の平日数(≒営業日数)である22 日1で割ることで、産業別の1日あたり賃金を算出する。これを通常の勤務をした場合に支払われる賃金、つまり有給休暇1日分に対する賃金とみなす。1日あたり賃金に対して、年間未消化有給日数をかけることで、産業別の1人あたり年間未消化有給額を算出する。そして、産業別の正社員数を1人あたり年間未消化有給額に掛けることで正社員全体の年間未消化有給総額を試算した。その結果、17 年の有給未消化総額は4兆円相当になることが分かった(資料2)。

正社員の未消化有給休暇の年間総額は4兆円相当に
(画像=第一生命経済研究所)

 正社員1人あたりでは年間13 万5千円程の有給を取得できていない。過去10 年の年間有給取得率や所定内給与額が17年の試算に用いた数値とさほど変わりないことを考えると、毎年4兆円前後の有給が消滅してきたことになる2(資料3)。

正社員の未消化有給休暇の年間総額は4兆円相当に
(画像=第一生命経済研究所)

 では、何故有給取得率が低いのだろうか。その理由の一つとして、建設業、卸売・小売業、宿泊業・飲食サービス業といった人手不足産業の有給取得率の低さが目立っており、人手不足が有給取得の足かせになっているとみられる(資料4)。十分な人手を確保できないことで1人あたりの業務量が多くなってしまい、従業員が自由に有給を取得した場合、業務が円滑に回らなくなってしまうとい問題を抱えているとみられる。有給を取得することに躊躇いを感じる理由について尋ねたアンケートをみると(資料5)、「みんなに迷惑がかかると感じるから」が最も多くなっており、十分な人手がいないなかで自分が休むことで他の従業員の負担を重くしてしまうという罪悪感が有給取得の心理的障壁になっていることが窺える。また、職場の雰囲気で取得しづらいという理由をあげる割合も3割程あり、従業員の意識を変えるというよりも「休みをとりにくい組織」から「休みを取りやすい組織」に変えることが有給取得率向上に繋がると考えられる。

正社員の未消化有給休暇の年間総額は4兆円相当に
(画像=第一生命経済研究所)

休みを取りやすい組織作りが急務

 上述したとおり、19 年4月から年5日の有給取得が義務化される予定であり、義務化にあたって休みを取りやすい組織作りをすすめることが急務となろう。そのような組織をつくるためにやるべきことを考えていく。まず、人手不足が有給取得の大きな弊害になっている場合、今いる従業員数でも余裕を持って仕事をまわせるようにするために省力化・合理化投資を行っていくことが解決策の一つになるだろう。小売業であれば、セルフレジの導入や商品のAI の需要予測に基づく発注システムの導入など、目的にあった設備投資を行うことで省力化・業務効率化を図ることが出来る。実際、人手不足が深刻化しているサービス業においてAI やIoT を始めとした最新のICT 技術導入により人手不足を克服しようとする動きは広がりつつある(資料6)。もし、経済的な理由で省力化投資を行うのが難しいのであれば、業務の見直しを図ることでも対応が可能だろう。例えば、日々の業務を洗い出した上で、形骸化した業務は積極的にスクラップをし、自社の社員が行う必要がない業務はアウトソージングなどすることで1人当たりの業務量を減らしていけば、今いる従業員でも余裕を持って仕事をまわせる状況を作り出していける。また、業務の標準化およびマニュアル化を行うことで、多くの従業員が業務を遂行するための知識や能力を取得できるとともに業務の属人化が薄れていき、特定の人が休みにくいといった状態から解放される。このような業務の見直しにより無駄を省くことは、業務効率化を実現し、全体の生産性改善も望めるだろう。そして、 有給取得により従業員の満足度が高まれば、人材の流出を防ぐこともでき、休みを取りやすい組織作りは企業側にとっても大きなメリットがあると考えられる。

正社員の未消化有給休暇の年間総額は4兆円相当に
(画像=第一生命経済研究所)

今はまだ世界的に見ても有給取得率が低く、働き方改革道半ばの日本だが、有給取得義務化が労働者がより働きやすい環境・組織作りを考えるためのきっかけになればと願うばかりだ。(提供:第一生命経済研究所


1 賃金構造基本調査は6月分の賃金について調査が行われているため。
2 過去10 年の年間有給取得率の平均は48.5%程、正社員の所定内給与は318 万程になる。「雇用期間の定めのない正社員数」については、データの取得の都合上、過去10 年分のデータが取れないので、過去5年分の数値の平均である2960 万人で簡便的に計算した場合。


第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
エコノミスト 伊藤 佑隼