いまの20代から30代が高齢期に差し掛かる頃、日本は超高齢化社会の進行、社会保障費の増大、環境問題など深刻な「2050年問題」に直面することが予想されています。経済の縮小、先進国からの転落といった悲観的なシナリオも予想されることから、若い頃から老後に向けた自助努力は避けて通れないでしょう。
老後資金の準備という観点からも、資産運用は有効な手段のひとつ。最近は、NISA(ニーサ)やiDeCo(イデコ)の登場で投資のハードルは下がっています。数ある投資先の中でも、近年関心が高まっているのが「ESG投資」です。フィデリティ投信のヘッド・オブ・エンゲージメントであり、ESG投資にも精通する三瓶裕喜氏が、その魅力について解説します。
世界の秩序が変わりゆく昨今、必然的に「ESG投資」の気運が高まった
――環境(Environmental)、社会(Social)、企業統治(Governance)に配慮している企業を重視・選別して行う投資「ESG投資」ですが、なぜいま気運が高まっているのでしょうか?
現在、数百年にわたって築いてきた政治や自然の秩序が、地球規模で大きく変化しています。とりわけ、先進国経済の成熟と停滞や新興国の台頭は、多くの人が実感していると思います。人口構成も大幅に変わり、それに伴い投資判断のバランスにも変化が求められていました。そうした中で、リーマンショックが起こり、投資資金配分の偏在が露呈。世界規模の金融危機を目の当たりにして、世の中のさまざまな課題が浮き彫りになりました。
例えば、「環境への対策に資金がまわっていない」「新興国では人権問題が未解決」「既得権を守ろうとするあまりガバナンスが機能していない」などです。これは利害関係がない人からすると問題なのは明らかです。そこで、こうした問題を解決するにはグローバル規模で資金配分を合理的に見直していく必要があるということで、気運が高まったのがESG投資です。
――投資においては企業の利益率など、定量的な評価を優先してしまいがちです。
株式投資においてリターンを重視するのは当然ですが、見逃してしまいがちになるのが「資金配分」の視点です。「資金配分」は本来株式市場の大事な機能です。市場の「資金配分」機能がしっかり働くからこそ、将来を見据えた課題解決に資金が必要となるところに、きちんと資金を振り分けることができるのです。
短期的なリターンばかりを重視すると、対前年の業績伸長率や足許の株主還元に目が向きがちで、長期的な目的を見失いそうになることも少なくありません。そうした状況は、「(上場)会社は社会の公器」との使命感や公共のインフラである株式市場の機能を見失うことにほかなりません。社会のためになることに参加しているのかどうかという疑問が生じます。
そこで、個人が投資をするときに考えていただきたいのは、「私は何のために投資するのか」ということ。理想の世の中を目指すために、どこに資金が配分されるべきか、そうした観点も踏まえて投資先を考えてもらいたいです。
――その意味で、ESGの要素に鑑みた投資は社会的意義も高いですよね。
自分の投資が環境問題や社会問題の改善につながると思うと、胸を張れると思います。リターンの観点からも、地球規模の問題が改善されて、サスティナブル(持続可能)な社会が実現すれば、長期の投資リターンを追求することにもつながります。皆が大事だと思っているけど、時間もかかるし、相当努力しないといけない。そのために社会の一員として支えているんだと自負することが大事だと想います。
――国内におけるESG投資への気運の高まりを、どのように感じられていますか?
欧米にくらべるとスタートこそ遅かったですが、急速に認知度が高まっていると思います。というのも、資本市場全体に幅広く分散して運用する巨大な長期投資家である、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2017年にESGの株価指数を採用し、保有する国内株式約35兆円のうち約1兆円を投じたことが話題になりました。
これを発端に、2017年は日本の“ESG投資YEAR”だったと考えています。2019年は日本でG20が開催されますが、政府はESG先進国であることを世界に発信しようとしていますので、これを機にESG投資への関心の高まりに拍車がかかると予想しています。
――ESGのそれぞれの項目のうち、現在の日本ではどこがクローズアップされているでしょうか?
海外と比較すると日本では「Social(S=社会)」が割とクローズアップされています。日本が抱える課題のうち、最も危惧されているのは少子高齢化です。企業は人材不足とあって、働ける人に働いてもらいたいとの思いから「働き方改革」の推進が目立ちます。多様な人材が快適に働く環境の整備が優先されていることから、Socialが強調されています。
世界ではどうかというと、気候変動など環境面を重視する向きが強いので、「Environmental(E=環境)」を推している傾向が見られます。日本も気候変動が年々激しくなっているので、環境への意識は今後さらに高まることが予想されます。また昨今、経営陣の資質を問われる事案も増えていますが、公正透明な「Governance(G=企業統治)」が機能しているかどうかも、企業の持続的成長を左右する重要な要素なので、ますます重視されると思います。
20代から30代は金額のリスクをとらず、時間を味方につける長期投資を
――では、「投資に興味を持っているものの、何を重視したらいいか分からない」という20代から30代の方にアドバイスをお願いできますか?
20代から30代の方は、「リスクが取れる」という点で優位です。リスクとは平たく言えば、「元本割れ」のこと。特に若い方は、やり直しが効きます。時間があるので、株価変動による一時的な「負け」から回復するのを待てるということです。つまり時間を味方にした長期投資が、投資先を選ぶ際に重視するポイントのひとつになるでしょう。
とはいえ、投資にまわせる資金も少ないはずですから、金額のリスクを取ってはいけません。例えば、100万円を投資するとしても、それを失った場合に生活が破綻するようではダメです。そして、もうひとつは資金配分です。「自分が働いて得たお金をこういうことに利用して欲しい」と思って選ぶことが大事だと思います。まとめると、「金額のリスクは過大にとらない」「自分が理解できるモノに投資する」、そして「長期という時間を味方につける」ということに尽きますね。
――投資の目的を儲ける意外に持つということでしょうか?
そうですね。そうすると投資が楽しくなると思うんです。リターンだけを考えていると、四半期毎に送られてくるレポートの数字だけを追いかけてしまいます。しかし、企業のどんな事業活動に投資しているのか、その進捗をモニターする方が楽しいですよね。
例えば、新しい技術を開発している企業に投資して、実験が次の段階に進んだとか、そうした成果に対して自分が少しでも携われたと思える方が社会に貢献している気持ちになれるはずです。
――その他に、投資を学ぶことで得られる副次的効果はありますか?
投資を学ぶと、世の中を先読みする力が養われるようになります。投資はすぐに利益を手にできる類のものではなく、「近い将来、こうなるだろう」と先のことを思い描きながら行うものです。そうした意識を持つと自然と視野が広がり、それまで見えていなかった社会のさまざまなことが浮かび上がってくるようになるんです。それが投資における最大の副次的効果だと思います。
――投資を通して世界の潮流を知る、ということですね。
そうですね。とりわけ20代から30代の方は、長期投資において有利なので、「この投資で儲かっている」というよりも、「自分がやっていることは将来の社会に対して意味のあることなんだ」と語れることこそが意義あることだと思います。ESG投資しかり、まずは共感できる対象を選び、少額からでも投資経験を積むことが大切だと思います。そうすれば、投資は一層面白いものになるはずです。
<三瓶 裕喜 氏プロフィール>
1987年早稲田大学理工学部卒業。同年4月に日本生命入社。海外現法・国際投資部にて外国株式アナリスト、ファンドマネジャーとして経験を積む。ニューヨークやロンドンで外国株式投資歴14年、国内株式投資歴16年、エンゲージメント歴14年、2005年に日本初「スチュワードシップ・ファンド」運用開始。2007年からフィデリティ投信・調査部長として入社。2017年からヘッド・オブ・エンゲージメントとして、企業が抱える課題を指摘・改善策を経営者に提示し企業価値の向上を促す。
(提供:フィデリティ投信)