シンカー:2020年まではグローバルな景気・マーケット動向の不確実性と特殊要因による物価の下押し圧力が残り、実質GDP成長率と物価上昇率に持続的な加速感がみられず、景気・物価のリスク判断の中立化は遅れるだろう。2020年に日銀が長期金利の誘導目標を引き上げることはなく、オリンピック後の景気減速が大きくないことを確認し、安倍首相が自民党総裁任期満了を控えてデフレ完全脱却を宣言するとみられる2021年半ばに引き上げが行われることになるだろう。それまでに日銀は、フォワードガイダンスを「2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ」から、2020年夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力を含めた表現に修正する可能性があろう。その間に、海外経済の景気持ち直しとインフレ圧力が強くなり、FRBの利上げ見通しも強くなっていけば、日米の金融政策の乖離が円安につながる可能性がある。更に、設備投資が強い拡大を始めたことにより企業貯蓄率が正常なマイナスに向けて低下する中で、基礎的財政収支の黒字化目標を2025年度に先送りしたため財政政策も緩和方向に進むとみられ、ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が復活し、それをマネタイズしてはじめて働くことになる金融緩和の効果も金融政策の変更がなくても強くなるとみられる。そのような動きが物価目標達成へのモメンタムを強くするまで、日銀は辛抱強く現行の金融政策の枠組みを維持しようとするだろう。2021年の長期金利の誘導目標の引き上げを経て、2%の物価目標達成が確認できた後、短期金利の引き上げに踏み切り現行の金融政策の枠組みが変更されるのは早くても2022年となろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

3月14・15日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き、量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金残高の一部の金利を-0.1%程度、長期金利を0.0%程度とする政策の現状維持を決定した(7対2)。

1月の展望レポートでは、グローバルな景気・マーケットの不透明感が強まる中でも、「所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大している」とされ、需要超過の領域に入りながら景気が引き続き上向いていることを示す「拡大」という景気判断は維持されていた。

3月には、中国向けを中心に輸出の減速感が明らかになってきているため、「増加基調にある」との輸出の判断が「足もとでは弱めの動き」へ下方修正された。

結果として、景気判断にも「輸出・生産面に海外経済の減速の影響がみられるものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大している」と、警戒感が付け加えられた。

一方で、景気の「拡大」の判断が維持されたのは、消費と設備投資を含む内需が堅調で判断に変更がないことが理由であると考えられる。

深刻な人手不足の企業はとうとう人材獲得のための賃金競争を始め、名目賃金上昇と物価の伸び悩みは、家計の実質所得の増加として消費を支えているとみられる。

景気拡大にともなった能力増強、新たな需要を生み出そうとする研究開発、人手不足による省力化、都市再開発に関連した建設、遅れていた中小企業のIT・ソフトウェアなど、設備投資の拡大がみられる。

先行きについては、景気が「拡大基調が続くとみられる」、物価がマクロ的な需給ギャップがプラスの状態を続けることや中長期的な予想物価上昇率が高まることなどを背景に、2%に向けて徐々に上昇率を高めていく」と、物価目標達成へのモメンタムは維持されているとの判断に変更はなかった。

黒田日銀総裁は2月26日に衆議院で、「財政・金融刺激策を講じており、中国経済は今年後半には持ち直していくだろう」と指摘している。

日銀は輸出の先行きを、「当面、弱めの動きとなるものの、海外経済が総じてみれば緩やかに成長していくことを背景に、基調としては緩やかに増加していく」と判断を維持した。

日銀が、「0%程度」の長期金利の誘導目標自体を引き上げることができるための最も重要な必要条件は、展望レポートでの経済と物価のリスク判断が「下振れリスクの方が大きい」という下方から中立化されることである。

2020年まではグローバルな景気・マーケット動向の不確実性と特殊要因による物価の下押し圧力が残り、実質GDP成長率と物価上昇率に持続的な加速感がみられず、リスク判断の中立化は遅れるだろう。

信用サイクルを示す日銀短観中小企業貸出態度DIに大きな悪化はなく、超低金利政策の長期化による金融機関の体力消耗という副作用は懸念されるが、今のところまだそこまで大きくなっていない。

日銀は長期金利の誘導目標の引き上げがマーケットの予想より余裕をもって行えると考えているようだ。

物価目標に向かうモメンタムが維持されない状況となれば追加緩和を検討するという黒田日銀総裁の2月23日の新聞インタビューにおける発言もあり、「2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」というフォワードガイダンスで、日銀が金融緩和の早期出口論を封じる形は継続するだろう。

2020年に日銀が長期金利の誘導目標を引き上げることはなく、オリンピック後の景気減速が大きくないことを確認し、安倍首相が自民党総裁任期満了を控えてデフレ完全脱却を宣言するとみられる2021年半ばに引き上げが行われることになるだろう。

それまでに日銀は、フォワードガイダンスを「2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ」から、2020年夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力を含めた表現に修正する可能性があろう。

その間に、海外経済の景気持ち直しとインフレ圧力が強くなり、FRBの利上げ見通しも強くなっていけば、日米の金融政策の乖離が円安につながる可能性がある。

更に、設備投資が強い拡大を始めたことにより企業貯蓄率が正常なマイナスに向けて低下する中で、基礎的財政収支の黒字化目標を2025年度に先送りしたため財政政策も緩和方向に進むとみられ、ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が復活し、それをマネタイズしてはじめて働くことになる金融緩和の効果も金融政策の変更がなくても強くなるとみられる。

そのような動きが物価目標達成へのモメンタムを強くするまで、日銀は辛抱強く現行の金融政策の枠組みを維持しようとするだろう。

2021年の長期金利の誘導目標の引き上げを経て、2%の物価目標達成が確認できた後、短期金利の引き上げに踏み切り現行の金融政策の枠組みが変更されるのは早くても2022年となろう。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司