2月28 日にベトナム・ハノイで開催された米朝首脳会談は、前例のないくらいの肩すかしに終わった。非核化の中身は、トランプ大統領と金正恩委員長の間では随分と開きがあったと考えられる。円安要因として、地政学リスクが後退することはこれ以上進みにくい。また、成果を求めて、TAG交渉などでの米国側の強硬姿勢も予想される。

貿易交渉
(画像=PIXTA)

見たことのないくらいの肩すかし

 注目された米朝首脳会談は、合意文書の発表が見送られる異例の結果で終わった。ことごとく専門家の事前予想が裏切られた印象である。市場動向は、具体的な結果を出せなかった米朝会談に対して、全く材料視しない反応となった。ドル円レートは、遅れて発表された米国の2018 年10-12 期のGDP速報・改定値の伸び率が良かったため、1ドル111 円台と円安ドル高になった。北朝鮮リスクが高まって円高になるという反応もまた起きなかったのである。

 少し過去の経緯を振り返ると、北朝鮮が東アジアの混乱要因になるような動きは「リスク回避の円高」を招いてきた。ミサイル発射、核実験による円高である。この構図は、2018 年6 月の米朝の初会談で一変する。核廃棄の方向で、核・ミサイル実験は行われなくなった。2018 年6 月に1ドル109 円台だったのが、110~114 円へと切り返したのが年後半にかけての展開だった(図表)。会談は、実質的決裂に近いものになったが、以前のリスク回避の円高という図式に戻るとまではまだ考えられていない。

米朝会談と為替、貿易交渉
(画像=第一生命経済研究所)

何が起きたのか

 今回、合意できなかったことは、非核化までの手順や、具体的なプロセスについてのイメージが米朝の間で大きく食い違っていたことにあるとされる。トランプ大統領は、金正恩委員長が隠している核施設を示して、非核化の取り組みの対象にしようとした。ところが、それらを認めていない金正恩委員長からすれば、そうした全面的な非核化に応じる用意をしていなかったとみられる。このことが、トランプ大統領にとって「金正恩氏はその準備ができていなかった」という発言に表われている。

 その点の理解として、北朝鮮が非核化をするつもりがないとまで言い切ってよいかはわからない。おそらく、2018 年6 月の第1回目は非核化という結論で合意しただけで中身を論じなかったのだろう。そして、違う思惑に基づいて、米朝首脳はそれぞれに喜んだ。その矛盾は、事前協議をボトムアップで第2回目の会談に向けて詰めていく中で明らかになっていったのだろうが、首脳同士のディールに過剰な自信を持つトランプ大統領は会談まで何とかできると思っていたのだろう。ディールを過信したことが、実質的な決裂を招いた。

TAG交渉は厳しくなる

 トランプ大統領にとって、北朝鮮の非核化でつまずいたことは大きい。自分はノーベル平和賞を取るつもりもあっただろう。2020 年の大統領選挙で勝つための切り札をひとつ失った。議会からの追及は厳しくなっている。代わりとなる成果を求めて、TAG交渉での日本への強硬姿勢にはね返ることも警戒される。

 また、米中貿易協議でも、相対的に米国の力は弱まり、北朝鮮に影響力を行使できる中国のパワーは強まるとみられる。また、韓国にとっては打撃が最も大きいことを付け加えておかなくてはいけない。

 今後の焦点は、非核化の具体的内容(対象)についてのミゾが埋まるかどうかだ。このハードルを越えられそうにないと第3回会談を決めても意味がない。逆に、そのミゾが埋まるとトランプ大統領が考えたときに、第3回を持ち出してくるだろう。

トランプ政権は余裕を失っていく

 米朝関係が改善して、地政学リスクが後退するシナリオはこれ以上に進みにくくなった。円安要因としての米朝関係の行方を描けなくなったということだ。今後、すぐに北朝鮮の非核化に向けた交渉は決裂しないと思うが、逆に米朝関係悪化という観測が円高要因になる可能性はある。例えば、北朝鮮からの情報発信が再び頑なな姿勢になり、ぷつりと糸が切れたようにトランプ政権を批判し始めるという状況である。この場合、第3回の会談はいつまでも開かれない。

 トランプ政権も、米朝関係がうまく改善していることが、外交上の得点ということで、米中関係や日米・日欧貿易協議でも妥協する余裕をつくってきたと考えられる。今はその余裕も失われて、外交上の強硬姿勢へと傾いていく可能性がある。為替政策を問題視することは、円高要因となる。

 別のシナリオも考えられる。中間選挙後、下院が民主党に逆転された影響力は意外に大きいのではないか。明らかにトランプ政権は、それ以前よりも自由度を失ってきた。それでは、米中関係や他国との貿易政策に割ける余裕もなくなっていく。強硬姿勢を採ろうとしても、1つの問題に集中できなくなり、良い結果が生み出せない。もしかすると、この米朝会談もその兆候なのかもしれない。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生