シンカー:企業が雇用の不足も余剰も感じない中立的な水準で、業況が良好であるかどうかで、その産業の経営状態の変化を観察することができる。製造業は、慎重な経営方針の影響もあり、競争力が衰え、過去の貯金を食いつぶすように中立的な業況判断DIの水準は低下トレンドにあった。一方、非製造業は、大幅なコスト削減と、IT技術などの産業の大きな変化やインバウンド需要、そしてアベノミクスなどに刺激された昨今の内需の回復を受けて、水準は急回復をしている。中立的な業況判断が、円安の影響が大きい製造業に対して非製造業が優位に推移してきていることから判断すると、アベノミクスは単純に大規模な金融緩和による円安の効果だけであったとは言えないことになる。デフレマインドを緩和し、成長戦略に基づいた構造改革も緩やかだか推し進め、内需の回復が進行していることが、日本経済のファンダメンタルズをデフレ完全脱却に向けて徐々に改善している証拠となっている。全産業で中立的な業況判断は、非製造業が足を引っ張っていたマイナスから、ようやくゼロ近傍に回復しており、今後は製造業の持ち直しと非製造業の躍進が続けばプラスの領域に入り、デフレ完全脱却の動きを加速させることになるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

マーケット動向などの心理が大きく左右する企業の業況判断の短期的な変動は激しいが、経営者は雇用の過不足については安定的にその実情をつかんでいると考えられる。

業況が安定的に良ければ雇用の不足感を、悪ければ過剰感をもつだろう。

日銀短観の雇用人員判断DI(プラス=過剰、マイナス=不足)が、企業の安定的な業況を示唆すると考えられる。

一方、人手不足は採用難やコスト上昇の原因など、業況の改善を妨げる要因ともなりえる。

業況が安定的に良好ではない産業では、人手が不足している中でも、経営に苦しんでいる企業が多いと考えられる。

企業が雇用の不足も過剰も感じない中立的な水準で、業況感が良好であれば、その産業の企業の経営状態も良好であると考えられる。

日銀短観の業況判断DIを雇用判断DIで推計し、その中立的な業況感も推計できることがわかった。

日銀短観業況判断DI=A(中立的な業況判断DI)-B 雇用判断DI

雇用判断DIがゼロである時の平均的な業況判断DIを示す定数であるAが、その産業の中立的な業況判断DIの水準であると考えられる。

定数がプラスであれば経営状態は平均的に良好であり、マイナスであれば苦戦していることになる。

トレンドが安定する6年間でローリング推計して、定数の変化を観察すれば、中立的な業況判断DIの推移がその産業の経営状態の変化を示唆することになる。

製造業と非製造業、そして全産業で推計してみる。

過去、製造業の中立的な業況判断DIはしっかりとしたプラスで、日本の製造業の経営状態の良好さを示していた。

しかし、リーマンショック後は、慎重な経営方針の影響もあり、競争力が衰え、過去の貯金を食いつぶすように水準は低下トレンドにあった。

新興国経済の拡大とともにグローバルな貿易が拡大した局面では一時的に水準は回復した。

その後、グローバルな貿易の伸び悩み、IT技術をはじめとした産業の大きな変化の波に乗れず、水準はほぼゼロまで低下した。

現在のところ、危機感により投資拡大を含めた積極的な方針に転じつつあり、ようやく下げ止まり感が出てきている。

非製造業は、日本経済の中でも収益力が弱く、生産性が低いと言われてきた。

実際に、中立的な業況判断DIは長らく大きなマイナスであった。

しかし、大幅なコスト削減と、IT技術などの産業の大きな変化やインバウンド需要、そしてアベノミクスなどに刺激された昨今の内需の回復を受けて、水準は急回復をしている。

現在のところ水準はほぼゼロまで上昇し、製造業とポジションはほぼ同じとなっている。

中立的な業況判断が、円安の影響が大きい製造業に対して非製造業が優位に推移してきていることから判断すると、アベノミクスは単純に大規模な金融緩和による円安の効果だけであったとは言えないことになる。

デフレマインドを緩和し、成長戦略に基づいた構造改革も緩やかだか推し進め、内需の回復が進行していることが、日本経済のファンダメンタルズをデフレ完全脱却に向けて徐々に改善している証拠となっている。

全産業で中立的な業況判断は、非製造業が足を引っ張っていたマイナスから、ようやくゼロ近傍に回復しており、今後は製造業の持ち直しと非製造業の躍進が続けばプラスの領域に入り、デフレ完全脱却の動きを加速させることになるだろう。

図)雇用の不足も余剰も感じない中立的な業況判断DIの推移

雇用の不足も余剰も感じない中立的な業況判断DIの推移
(画像=日銀、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司