顧客の心をつかむ秘けつとして、「連絡をマメにする」という方法がよく紹介されている。しかし、マメな連絡とは具体的にどの程度の連絡なのか?連絡が多ければ多いほどいいという単純な話なのか?といった疑問を抱いた人も少なくないだろう。今回は、顧客対応では誰もが悩む「連絡の頻度」について心理学の観点から解説する。

営業ケーススタディ(3)――若手社員・若林の工夫

営業心理学#3
(画像=autumnn / shutterstock.com, ZUU online)

社会人3年目の若林心一(25)は、初めての営業で無事契約を取り付けることができた。社長との関係は良好でプロジェクトも順調に進んでいるものの、来年の契約につなげるにはもう一押し何かが足りないと感じ始める。社長と距離を縮めるため、若林は訪問以外に電話でフォローすることを思いついた。果たして若林の工夫は社長の心に響くのか――。相手の心を離さない連絡の秘けつについて、15年目のベテランである先輩・及川圭佑(37)のアドバイスもまじえて解説する。

限られた時間の中で営業先と距離を縮めたい

社長の言葉にヒントを得たプレゼンが功を奏し、若林は3回目の訪問で契約することに成功した。初めての営業での成功体験は、若林にとって大きな自信になるとともに、仕事への熱意をますます燃え上がらせた。その後も社長の悩みを解決したい、喜んでもらいたいという一心で、生き生きと仕事にまい進する日々が続いた。

若林の提案を骨子として、社長と二人三脚で取り組む採用プロジェクトはまずまず順調に進んでいた。不明瞭だった「採用したい人物像」をヒアリングによって明確化し、それに基づいた採用戦略を取捨選択している。SNSを用いたプロモーションではフォロワーが徐々に増え始め、社長と成果を喜び合った日もあった。

しかし、何かが足りない。あと一歩、社長との距離を縮めたい。そんな悶々とした思いを抱えて仕事をしていると、何かを察したらしい隣の席の先輩・及川が声をかけてきた。

「採用プロジェクト、順調みたいだね。SNSのフォロワーも増えてるみたいだし」

及川の言葉に、若林はうれしく思いながらも、謙虚に頭を下げた。自分でもうまく言葉にできない不安を、どう相談していいのかわからない。しかし、先回りするような及川の言葉に、心の中の霧が晴れるような気がした。

「今年プロジェクトが成功しても、そこで終わりじゃない。来年も一緒に取り組んでほしいと言ってもらえることが、相手の満足度を知るバロメーターになる」

若林が悩んでいたのは、まさにその点だった。

目に見える不満はなくとも、社長と本当の意味で心が通じ合ってはいない。どこかお互いに遠慮している状態では、ふたを開けてみるまで来年契約になるかはわからないだろう。そんなあやふやな状況を打破するためには、どうすればいいのか。若林はその日、帰宅してからも考え続けた。

若林は翌日、電話を手に思い悩んでいた。昨日若林が出した結論はこうだ。来年の契約につなげるためには、社長との信頼関係をもっと強固なものにしなければならない。しかし、隔週訪問で1回の訪問時間が限られている今、十分に社長とコミュニケーションをとることはできない。そこで、訪問できない期間に社長に電話をし、プロジェクトの進捗や悩みを聞き出すことで、心の距離を縮める。

目的と手段は明確になったものの、若林が悩んでいるのは連絡の頻度だった。試しにネットで検索していくつかの記事を読むと、「とにかく小まめな連絡をすべし」とあった。しかし、忙しい社長にそんなに頻繁に連絡してもいいものだろうか。

あなたならどう話す?

(1) 訪問のない週は1回電話し、1時間社長の話を聞く。

(2) 訪問のない週は2回電話し、30分ずつ社長の話を聞く。

頻度と時間がカギ!定期連絡で好感度を上げるコツ

若林は(1)を選んだ。最初はビジネス書に従って頻度を増やすことを考えた。しかし、日頃から社員やお客様のために身を削って働いている社長のことを思うと、どうしても週に2回の電話連絡は負担になりそうだ若林には思えたからだ。

初めは若林からの突然の電話に驚いていた社長だが、何度か連絡するに従い、採用プロジェクトの進捗を社長の方から話してくれるようになった。経営者にとって、人に関する悩みはつきない。採用に始まり、研修体制の充実や従業員の福利厚生にまで話が及ぶこともあった。

若林は、電話で話すことで社長との距離が縮まるのを感じた。訪問先では、役員や人事部が同席することも多い。しかし、電話でなら社長と一対一でコミュニケーションをとることができる。そのうち、先回りして社長の方からゆっくり話す時間をとれる曜日や時間帯を教えてくれるようにもなった。

「今はまだ、教育体制にまで手を回す余裕がないんだ。だけど来年以降は、そこにも着手していく必要があると考えている。若林くんは他社の事例もたくさん知ってると思うけど、うちに合った研修って、たとえばどんなものがあるだろう?」

ある時、社長からそんな相談があった。若林は事例をまじえ、最近の学生が重視する点を踏まえて熱心にアドバイスした。

「今は時代が進むのが早いから、採用もその都度柔軟に変えていかないといけないね。君と話していると、採用の重要性に改めて気づかされる。若林くん、これからもうちのことを頼むよ」

そう言われて電話を切ったあと、社長と自然に来年の話をしていたことに若林は気づいた。社長が事業計画を思い描く時、当たり前のように自分の存在がそこにあることの喜びを、若林は噛みしめた。

営業先の好感度を上げる心理テクニック「単純接触効果」

若林は、今回の電話のきっかけともなった及川に感謝を伝えるため、社長からもらった言葉を報告した。及川は若林の工夫とその成果をうれしそうに聞いていた。

「若林は、単純接触効果を誤解せず上手に使いこなしているね」

博識な及川の言葉は、若林にとって目新しいものであることが多い。しかし、今回の単純接触効果には聞き覚えがあった。連絡頻度に悩んで検索したネットの記事に、そんな言葉があった気がする。

「単純接触効果というと、マメに連絡すると好感度が上がるというテクニックですか?」

及川は穏やかにほほ笑んだまま、言葉を続けた。

「簡単に言うとそうなるね。でもそこには誤解が含まれている」

興味を惹かれた若林は、及川の言葉を待った。

「繰り返し接することで好感度が上がることを、心理学では単純接触効果という。単純接触効果は人だけでなく、図形や味など様々なもので起こることがわかっている。だから、マメに連絡すべきというのも間違いじゃない。だけど実は、単純接触効果はとにかく頻度が多ければいいという意味ではないんだ」

首を傾げた若林に、及川は説明を続ける。

「頻度と時間の関係性を考察したある実験では、3秒×4回・1秒×12回・2秒×6回の条件だと、3秒×4回が最も好意度が高いという結果が出た。つまり、単純に頻度が多ければいいという話ではなく、実際には適切な頻度・時間のバランスが大切だということだ」

若林は及川の理路整然とした説明に聞き入った。

「これからも、頻度だけにとらわれず相手に応じた適切な頻度・時間のバランスを意識するようにします。俺はまだまだ勉強不足ですね」

少し恥ずかしくなって付け加えた若林に、及川は表情を柔らかくした。

「だけど本当に大切なのは、目の前のお客様を想う気持ちだ。その気持ちがあれば、理論を知らなかったとしても、今回の若林のように正解に辿り着くことができる。一方で、理論を知ることで自分のやり方に自信が持てたり、人にわかりやすく伝えたりできるようになる。実践と勉強のバランスも、大事だってことだね」

及川の言葉を聞き、今回の一連の営業で得た学びを、自分も後輩に伝えていきたいと若林は思った。実践と勉強の両面から積んだ若林自身の経験が、いつかまた誰かの役に立つ。今存在している仕事のすべては、そうやって脈々と引き継がれてきたものなのかもしれない。そんなことを考えている自分に気づき、新入社員として入社式に参列した時以上に、若林は自分が社会人になったことを実感した。

誤答分析からわかる教訓――相手の都合を無視した連絡は逆効果

若林は悩んだ末に(1)を選択した。しかし、ここでもし若林が(2)を選んでいたら、どうなっていただろうか?この場合も見てみよう。

忙しい社長の負担になるかもしれない。そんな不安がよぎりつつも、若林は週に2回連絡することにした。マメな連絡の方が、お客様の心をつかめるはずだ。経験の浅い自分の勘より、蓄積された営業ノウハウを参考にした方がきっと成果につながる。そう考え、若林は自分の不安を押し込めた。

若林から電話を受けた社長は、最初は驚きつつも若林の熱心さを喜んでくれた。しかし、回数を重ねるごとに「変わりない」「ちゃんとやってるから」といった返事をされることが増えていった。若林としても複数の案件を担当する中で、1回当たりの電話の時間を長くすることはできない。1回30分程度の時間では、話の結論が出ないまま次に持ち越してしまうことも多くなった。

ある時、社長から「熱心なのはわかるけど、こっちの都合も考えてくれ」と言われた時にはもう遅かった。訪問時に社長が顔を出すことはなくなり、採用担当の社員と協力して何とかプロジェクトをやり切ったものの、来年の話は一向に出ない。

最後の勇気を振り絞って来年の提案をしたが、返ってきたのは「また考えてみる」という気のない返事だけだった。意気消沈して帰ろうとした若林に、社長は「独りよがりになってないか、もう一度考えた方がいい。君の熱意だけは認めるよ」と言葉をかけてくれた。その言葉を聞いて社長を全く気遣えていなかった自分に気づき、若林の胸には後悔の念が渦巻いた。

営業先の状況に配慮することが好感度アップにつながる

心理学では、営業に活かせる様々な理論が展開されている。しかし、あくまで「相手ありき」でなければならない。理論の裏付けをうまく活用しながらも、目の前の相手を見失わないようにすることが大切だ。相手に配慮し、頻度と時間を意識しながら連絡をとることで、かけがえのない信頼関係を築くことができるだろう。(木崎 涼、ファイナンシャル・プランナー)