中国・ポルトガル
(画像=Positiffy/Shutterstock.com)

はじめに

米中貿易摩擦が過熱し続けている。中国がレアアースの禁輸措置を検討し始めているという報道を受けてマーケットが大きなボラティリティーを“演出”してきたのは記憶に新しい。米国がレーダーを我が国に設置する旨公表しており、それは中国やロシア、北朝鮮を監視対象としている可能性があるという。すなわち金融マーケットだけではなく戦争リスクも含めた地政学リスクに我が国も巻き込まれつつあるということである。したがってこの動向が重要なのは言うまでもない。

この趨勢を検討するに当たっては中国の動向を考慮することが肝要なのは言うまでもないが、では誰が中国を支持しているのか。先週(5日(モスクワ時間))習近平国家主席がモスクワを訪問しプーチン大統領と会談を行ったが、そこでは同大統領を「親友」と呼称したのだという。歴史上、ソ連(当時)と中国は蜜月関係を築いた後に一転して対立関係に至ったことは歴史の教えるところであるが、少なくとも現時点ではロシアが中国の支持者という地位を“演出”していることは事実である。

他方でそのロシアを巡っては米国だけでなく欧州連合(EU)がウクライナ問題を巡り経済制裁を課してきた経緯がある。では中国と欧州の関係が同様に対立しているのかと言えば、そうではない。特にイタリアといった南欧を中国は「一帯一路」の一つの帰結点として進出を図ってきた華為技術を巡ってもドイツが米国とは歩を同一にしない旨公表している。このように『完全な』親中であるとは必ずしも言えないものの欧州は親中姿勢を築いてきた。その中でも注目すべきは実はポルトガルなのである。なぜならばここにきてポルトガルが欧州諸国で初めて「パンダ債(中国国内で非居住者(=非中国人)が人民元建てで発行する債券)」の発行を決定したからだ。本稿は露骨に中国へ接近するポルトガルの実態とその意図を分析する。

16世紀から続く中国=ポルトガル関係 ~カギはマカオ~

中国方向への旅行を企画するとき、上海といった本土と並んで我が国でも人気なのが香港である。香港は英国がかつて統治してきた訳であるが、その香港の目と鼻の先にあり、同様に人気のスポットがマカオである。マカオは歴史的にポルトガルが永年統治してきた経緯があるのは言うまでもない。逆に言えば現在でもポルトガルとの関係を見るにはマカオが重要である蓋然性が高いわけだ。

(図表1 マカオとその周辺地域)

実際、たとえば特にリーマン・ショック以後上海を基軸に中国への浸透を図りつつあるロンドン・シティ(City of London)が中国の金融(インフラ・)システムの拡大に向けた支援策をまとめた報告書「Building an Investment and Financing System for the Belt and Road Initiative」を読むと、ポルトガルおよびポルトガル語圏によるファンド「China-Portuguese Speaking Countries Cooperation and Development Fund」について明記しているがその窓口はマカオなのだという。広大な中国マーケットへ進出するに当たり過去からのリンクを重視するのは当然である。

またいわゆる西欧列強の中でもポルトガルは中国関係では独特な動きを見せてきたという歴史的経緯がある。たとえばいわゆるアヘン戦争のきっかけとなった英国によるアヘン流入策に対して、ポルトガルはその取締りのために中国に協力してきたことが知られている。無論、中国との競合に当たる英国を阻害すべくそのような行動を取ったのは言うまでもないが、そうであったとしても、一方である国が中国を責める(攻める)のに対して、もう一方でポルトガルが中国へ接近するという構図が存在する場合、総体としては中国に向けて何らかのトレンド進展、具体的には投資の流入・中国マーケットへの(再)進出があり得る可能性を示唆することを無視してよいのだろうか。

おわりに ~ポルトガル語圏からのグローバル・マネーが流入している~

ポルトガルが中国との関係を深化させる背景には、2010年代の金融危機において中国がポルトガルへの投資を拡大させた、すなわちある意味ではポルトガルの危機を中国が“救った”からという側面がある。無論これから派生して単なる利潤を求めた投資の結果であるとも言えなくもない。しかし、それは短絡的すぎるというのが卑見である。

旧聞に属する話ではあるが、歴史を振り返れば、いわゆる大航海時代においてポルトガルが世界進出を図った際、イエズス会が大きな役割を担ってきた。無論イエズス会と当時のポルトガル王が常にその戦略や方向性を同一にしていた訳ではなかったわけだが、このようなポルトガルの進出にはカトリック、すなわちバチカンの動きというものすら想定すべきであるというのが卑見である。事実、米中貿易摩擦が過熱し、ドイツやフランスですら中国への警戒感を示していた今年1月から3月にかけて、バチカンは中国に対してむしろその接近を示唆してきたのである。

ポルトガル語圏は中国との銀行家会合を通じてますます中国へのコミットを拡大している。そのような中でマカオの金融当局は証券取引所の設置に向けたフィージビリティ・スタディを開始した旨、同会合で公表しているのである。我が国ではなかなか聞かれないポルトガルであるが、中国のグローバル・マクロにおける役割を考えるに当たっては、我が国で大きく取り上げられがちなトレンドとはまた異なるトレンドの存在を示唆するという意味で注目に値するのだということを想定すべきである。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。