事業会社が、自社の事業分野とシナジーを生む可能性のあるベンチャー企業に対して投資を行うための組織・ファンド「CVC(Corporate Venture Capital、コーポレートベンチャーキャピタル)」の新しいあり方について考えるセミナー「CVCの新時代『CVC4.0』」が6月18日、都内で開催された。主催は米シリコンバレーのVCであるペガサス・テック・ベンチャーズ。ペガサスのアニス・ウッザマン氏、米倉誠一郎・一橋大学名誉教授が講演したほか、CVCを設立した企業3社(アイシン精機、双日、サニーヘルス)の代表者・担当者によるパネルディスカッションも行われた。(取材・濱田 優 ZUU online編集長/写真・森口新太郎)

日本は「二十浪」している――米倉氏

「CVC4.0」セミナー,米倉誠一郎
米倉誠一郎氏(写真=森口新太郎)

オープニングスピーチでは米倉誠一郎・法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科教授(一橋大学名誉教授)が登壇。米倉氏は日本のGDPが過去20年、ほとんど伸びていないことを指摘、「一人当たり名目GDPもかつて3位だったが今は25位くらい。ソニーは営業利益が8300億円で1998年以来の最高益を更新したというが、サムスンは2017年末で5兆4200億円。これはウォンではなく円だ」と述べ、国内外の企業間で大きな差ができている実態を強調した。

日本の状況を「二十浪している浪人生と同じ」とたとえ、この状況を変えるために「プラットフォーマーの方程式をつくる(または乗る)こと」「スピードを前提として自前主義をやめること」を訴えた。

さらに海外企業の事例として、圧縮空気機械を製造して販売していたドイツKAESAR(ケーザー)社がSAPと組んで圧縮空気を売る仕組み(シグマ・エア・ユーティリティーオペレーターモデル)に変えたケースを紹介。商品を一度売って終わりではなく様々なデータを収集できるようになったことを挙げて、発想の転換を求めた。さらにトヨタがソフトバンクと組んだ理由などについても分析を披露した。

ノーベル経済学賞を受賞した経済学者ロナルド・コースが著した論文『The Nature of the Firm』を紹介し、「組織が大きくなる理由は、内部管理コストと外部管理コストの差で決まる。内部でやったほうが安いときに会社は大きくなって、外部でやったほうが安いときに会社は小さくなる」と述べた。その例として「大学の守衛を外部の警備保障会社に委託したことで、組織が小さくできたうえにコスト構造もよくなった」として、オープン・イノベーションの時代にあっては「外のチカラをいかに速く使うかが重要だ」と話した。

最後には、外部取引コストが激減している現在、情報をいかにうまく獲得して、商品開発するかが非常に重要で、「そのためにはナレッジ・コミュニティーのインナーサークルに参加できることが大事」として、そうした社会で強固なネットワークを築いているペガサス・テック・ベンチャーズを紹介してスピーチを締めくくった。

「ここ数年で急速に『CVC4.0』の時代に突入している」--ウッザマン氏

「CVC4.0」セミナー, アニス・ウッザマン
アニス・ウッザマン氏(写真=森口新太郎)

ペガサス・テック・ベンチャーズの代表パートナー兼CEO、アニス・ウッザマン氏は「CVC4.0」の基本コンセプトと応用方法について講演。東工大への留学、IBMでの就業経験もあるウッザマン氏はすべて日本語で話した。

講演では、過去の日本のCVCがどのように移り変わってきたのかを紹介。「LP(リミテッドパートナー。有限責任組合員)出資」の時代である「CVC1.0」から始め、「CVC2.0」は「自社によるCVCの運用の時代。事業会社の社員による運用なので、ベンチャーに関する知識が壁となった」と分析した。

そして「CVC3.0」を「ファンドは依然事業会社の子会社だがGPを外部から引っ張ってくるようになった時代」と位置付け、「問題は事業会社の色が濃いため案件数に限界があることや、スタートアップの側が『IPを盗まれるのでは?』と警戒したり、事業会社の側が他社をスタートアップに紹介できないなど育成サポートに限界が生じたりすること」と分析した。

そのうえで、「ここ数年で急速に『CVC4.0』の時代に突入している。ここで初めてCVCの運用も外部に委託し、事業会社の子会社でなくなる」と述べた。ウッザマン氏の説明によると、これは事業会社が考えるハイレベルな戦略投資を、投資のプロである第三者のベンチャーキャピタルが行う「二人組合」でファンドを立ち上げるもので、1.0~3.0の時代に生じていた運用上の課題を解決し、イノベーションを起こす確率を高められるものだという。

講演後の質疑応答では、世界中のスタートアップやVCなどのコミュニティーでネットワークを築いているペガサスらしく海外の事例を紹介。米国やイスラエルのテックスタートアップがユニークな技術やサービスを数多く生んでいることについて、教育機関が整っていること、投資家が多数いることなどを理由に挙げた。

サニーヘルス、アイシン精機、双日の事例を紹介

「CVC4.0」セミナー
(左から)勝田、井川、西村、船津の4氏(写真=森口新太郎)

講演の後にはパネルディスカッションが行われ、CVCを活用している大手企業として3社の担当者・代表者が登壇した。パネリストはサニーヘルス代表取締役社長、西村正弘氏、アイシン精機の技術企画・統括部主査、勝田洋行氏と双日ビジネスイノベーション推進室 投資・事業推進課長、井川淳氏。モデレーターはブルー・ブリッジ・パートナーズの船津康史社長が務めた。

今年発売30周年の「マイクロダイエット」で知られるサニーヘルスは、2016年に社長に就任した西村氏がウッザマン氏と15年に秋に知り合った後、27億円プライベートファンドを組成。同社がCVCをつくる目的について西村氏は「フィナンシャルリターン」と明言。最近、110億円規模のファンド組成をペガサスと締結したことを発表している。

アイシン精機の勝田氏は、同社のプライベートファンドが、グループ会社でAT・ナビ専門メーカーである「アイシン・エィ・ダブリュ」との共同での組成であると紹介。アイシン精機から4つの事業分野ごとのオーダー、さらにアイシン・エィ・ダブリュのニーズがあるなどかなり細かい要望があるなかで、ペガサスとのコミュニケーションはうまく細かくできていると話した。

双日はビジネスイノベーション推進室を18年4月新設、19年1月にペガサスとCVCを設立している。同社には営業本部が9つあるなど事業内容が多岐にわたることを挙げ、VCの中には投資先のジャンルを限定しているところもあるが、ペガサスは幅広く対象にしてくれるなどと紹介。「グローバルで企業を紹介してもらえるので、北米以外も見ていきたいという当社の目的にあっている」と話した。

これまでにどれくらいの案件(企業など紹介先)があったのかという質問に対して、アイシン精機の勝田氏は「ソーシングリスト、俗にいうロングリストを2度つくってもらい、350-360社紹介してもらったほか、個別にインナーサークルで得た情報ももらっているので、合計400社以上」と話したほか、「Yコンビネータとのつながりができたのも大きい」と評価した。同社はこれまでに8件に投資し、現在2件交渉しているという。

双日の井川氏は、「CVC設立して5ヵ月ちょっとだが、さまざまな領域で計500社超の紹介を受けていて、協業を進めたい先とミーティングを進めている」と述べた。またCVCのメリットとして、「CVCというハコを社外に一つ作り、会社の意思決定方法と違うビークルがあると、新しいことに挑んでいけるし、社内の雰囲気も含めてイノベーションに向けて機運も高まる」と話していた。

会場には事業会社や金融機関などの事業開発担当者らが多数来場。講演・パネルディスカッション後にはネットワーキング・懇親会も行われ、情報交換が活発に行われていた。