この質問を追加したいトランプ政権と反対派の争いは連邦最高裁の判断を求める事態に
米国では10年毎に国勢調査が実施されており、来年がその調査年に当っている。その国勢調査を巡って市民権の有無を問う質問を追加するか否かが物議を醸しており、連邦最高裁で争う事態となっている。
市民権に関する質問は1950年以前の国勢調査には盛り込まれていた。また、2000年までの国勢調査には全世帯を対象に実施されるショートフォームと、およそ6世帯に1世帯の割合(対象はおよそ2,000万人)で実施されるロングフォームの2種類があり、このうち、ロングフォームには市民権の質問が掲載されていた。
しかしながら、05年にロングフォームが廃止され、その代替として300万人に調査対象を絞って毎年実施されるアメリカン・コミュニティ・サーベイ(ACS)に変更されたため、現状では国勢調査の細分区(センサス・ブロック)単位で市民権を有する有権者数(CVAP)が把握できる政府統計が存在していない。
このような状況に対して、国勢調査を管轄する商務省のロス長官は、司法省から「投票権法」の第2節を遵守するために国勢調査に市民権などの質問項目を盛り込むように要請を受けたとし、2018年3月に2020年の国勢調査でこれらの質問を追加すると表明した。「投票権法」は投票における人種差別を禁止するための法律で、第2節はいかなる司法管轄区域も「投票資格、投票に先立つ要件判断、基準、手段、手続きを実行し、人種、肌の色、言語的少数者という状態を理由として、投票権を否定し、あるいは剥奪する」ことを禁じている。司法省は、これらの規定を遵守するためにはセンサス・ブロック単位でのCVAPの把握が不可欠であると主張したとされる。
ロス長官による質問追加表明を受けて、カリフォルニアを含む18州とニューヨーク市などの15都市、市民団体などが質問の差止めを求めて訴訟を提起した。原告側は市民権の質問を追加することで、国外追放を恐れた不法移民が回答を拒否するために、人口統計が過小評価されることを指摘し、「正確な計数」を求める憲法に違反すると主張していた。
実際に、米シンクタンクのUrban Instituteは市民権の質問を追加することで不法移民からの回答率が低下し、国勢調査の人口推計が実際より▲1.2%(4百万人)程度過小評価されると推計した(図表1)。同シンクタンクは、人種別では、とくに黒人やヒスパニックが過小評価されるとしている。
なお、国勢調査の結果は、下院議員の州毎の議席配分や選挙区の区割りに活用されているため、これらの人種が多い地域では、人種差別を禁止する「投票権法」を厳格に遵守するとの説明とは逆に、議員配分や選挙区の区割りで不利になる可能性が高いことを示している。
さらに、年間9,000億ドルにも及ぶ連邦政府による補助金プログラムの資金配分にも国勢調査の人口推計が使われているため、補助金の配分が歪む可能性も指摘されている。
一方、違憲訴訟では、今年1月にニューヨーク州マンハッタン連邦地裁が、ロス長官の「恣意的かつ気まぐれ」な決定には隠れた動機があると指摘し、連邦法違反のため質問の追加は無効とする判断を示していた。質問票の印刷開始期限の6月末まで残り時間が限られる中で、トランプ政権は下級審の結果を不服として、高裁を飛ばして連邦最高裁が同期限までに判断することを求めていた。
6月27日に連邦最高裁は違憲判断を示さなかったものの、裁判官7名の内、ロバーツ最高裁長官を含む4名が商務省による説明が不自然として審議を下級審に差し戻す決定を行った。これまでの訴訟で明らかになったのは、市民権の質問追加に関してイニシアティブを取ったのは、ロス長官の説明とは異なり、司法省ではなく商務省であったことだ。同長官は就任直後から商務省の部下に対して質問票を追加することを検討させており、商務省側から司法省側に「投票権法」を理由に要請するよう指示していたことが判明した。ロバーツ長官は、商務省の意思決定プロセスで「投票権法」が重要な役割を果たしていないことを指摘し、ロス長官からの質問追加の理由に関する説明が不完全、不正確であるとした。
一方、今回の市民権に関する質問追加の背景として、政治的な動機が働いているとの見方は強い。共和党の政策ストラテジストで昨年8月に死亡したトーマス・ホフェラー氏が生前使用していたハードディスクから、トランプ政権が国勢調査に市民権の質問を追加することで、議席配分が共和党や白人に有利になるとの試算が見つかっている。18年の中間選挙における出口調査は、人種別の共和党支持率で、黒人やヒスパニックからの支持が低い一方、唯一白人からの支持率が民主党を上回ったことを示している(図表2)。このため、質問を追加することが、黒人やヒスパニックの多い選挙区で議席配分を減らし、共和党支持が強い白人が多い選挙区の議席配分を増やすこととなり、共和党の候補者が有利になる可能性が高い。
一方、最高裁の決定を受けて、商務省は来年の国勢調査に市民権の質問を盛り込まないと発表した。もっとも、トランプ大統領は大統領令などを活用して質問を追加する可能性を検討していると報じられており、この件を巡って当面混乱が続くとみられる。
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窪谷浩(くぼたに ひろし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主任研究員
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