はじめに

トランプ政権は、政権発足以来中国に対して強硬な通商政策スタンスを採っており、18年以降は通商交渉手段として中国からの輸入品に対して関税強化策を相次いで実行してきた。とくに、知的財産権の侵害を理由に通商法301条に基づいて18年7月から実施されている関税強化策では、第3弾までで中国からの輸入品のおよそ半額に当る2,500億ドルに25%の追加関税が賦課されており、7月で関税賦課から1年が経過する。

米国からの関税強化策に対して中国政府も米国からの輸入品に対する追加関税賦課などの対抗措置を実施している。その結果、米中の関税競争に伴い制裁対象品の貿易額減少が顕著となっている。

一方、最近の研究では制裁関税率の引き上げ分が相当程度最終価格に転嫁されているほか、米国内業者の便乗値上げがされているとの試算が示されており、対中関税の引き上げが米国内の家計や企業の負担増に繋がっていることが明らかになっている。国内業者の便乗値上げもあって米消費者の負担が増加しているとの見方が強まっている。

6月下旬の米中首脳会談での合意を経て、米中関税は小康と予想されるが、一連の関税強化策が長期化する可能性が高いほか、再び関税競争が激化する可能性も残されている。

本稿では、米中関税競争から1年が経過したことを踏まえて、米中関税競争の経済コストについて、影響が顕在化してきた貿易統計や最近の研究成果も踏まえて論じている。

米中関税競争と実体経済への影響

●(米中関税競争):18年に以降に相次いで実施された関税強化策

トランプ大統領は選挙期間中から中国に対して強硬な通商政策を実施する方針を示していたが、18年入り後は制裁措置を発動する動きが本格化している。具体的には通商法201条に基づき、太陽光パネルなどにセーブガード措置を発動したほか、安全保障を理由にした通商拡大法232条に基づき、鉄鋼製品に25%、アルミ製品に10%の追加関税を賦課することを決定した。さらに、不公正な貿易慣行に対して輸入制限措置を認める通商法301条に基づき、中国の技術移転や知的財産権の侵害に対処するための一環として、中国からの輸入品に対して追加関税の賦課を決定(1)した。

とくに、301条に基づく追加関税策では18年7月に対中輸入額340億ドルに対する25%の追加関税(第1弾)の賦課を皮切りに第3弾となる2,000億ドルまで段階的に関税賦課を実施してきた(図表2)。また、19年5月からは第3弾に対する関税率を10%から25%に引き上げた結果、第1弾から第3弾まで合計2,500億ドルに対して25%の追加関税が賦課される状況となっている。これは、18年の対中輸入額(5,400億ドル)のおよそ半分に当る水準である。

米中関税競争
(画像=ニッセイ基礎研究所)

なお、関税対象となった主要な品目は、第1弾では産業機械、第2弾では半導体、第3弾では産業機械、電気機器に加え家具などの消費財も含まれている。

一方、中国からは米国に対する対抗措置として、対中制裁第1弾と第2弾に対応して、米国からの輸入品に対して米国の制裁と同金額(合計500億ドル)、同関税率(25%)の関税賦課したほか、米国の第3弾に対しては米国からの輸入額600億ドル相当に対して最大25%(2)の関税率を賦課している。この結果、中国からの対抗措置は第1弾から第3弾の合計が1,100億ドルと18年対米輸出額(1,200億ドル)の9割超となった。なお、中国からの主要な関税対象品は第1弾が大豆、自動車、第2弾がLNGなど、第3弾では一般機械、電気機器、木材などとなっている。

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(1)詳しい経緯については、Weeklyエコノミスト・レター(2018年7月20日)「米中貿易戦争の行方-米中貿易摩擦がエスカレート。落し所の見えない貿易戦争による米経済への影響を懸念」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=59121?site=nli
(2)6月1日から600億ドル(リスト1~4)の関税率が、リスト1は10%から25%に、リスト2は10%から20%にリスト3が5%から10%に引き上げられることが発表された。リスト4は5%の関税率に据え置き。

●(米中貿易への影響):制裁対象品の貿易額が関税賦課以降大幅に減少

米中関税競争が激化した18年以降について、米国貿易収支(財)を四半期毎に前年同期比をみると、対中貿易赤字は301条に基づく関税強化策が開始された18年第3四半期に+12.4%となったほか、第4四半期も+16.2%となり、対中貿易赤字の縮小を狙った当初の政策意図とは逆に貿易赤字は拡大した(図表3)。これは、関税賦課にもと係わらず、前年同期比で引き続き中国からの輸入が増加した一方、中国からの対抗措置もあって中国向け輸出が減少したことが大きい。前述のように輸出入額に占める制裁対象の割合は中国からの対抗措置の方が大きいため、より対中輸出に大きな影響が出たと思われる。

もっとも、対中貿易赤字は19年第1四半期には▲11.9%と減少に転じた。これは対中制裁の効果もあって中国からの輸入額が▲13.9%と大幅な減少に転じたことが大きい。

なお、米国の貿易赤字額全体も対中貿易赤字の縮小の影響により、19年第1四半期は▲2.9%とマイナスに転じたことが分かる。

米中関税競争
(画像=ニッセイ基礎研究所)

一方、日本貿易振興協会(ジェトロ)がHPで公表している制裁対象品目と関連させた貿易統計を確認すると、301条に基づく第1弾分は制裁開始直後の18年第3四半期から、第2弾は第4四半期から、第3弾は19年第1四半期から前年同期比で2桁の大幅な落ち込みとなっている(前掲図表1)。このため、米国による制裁関税率の引き上げが、制裁対象品目の輸入額を顕著に減少させていることが確認できる。

また、中国の対米輸入上位20品目(輸入額の4割程度)のうち、中国からの対抗措置で制裁対象となった10品目(同1割強)の貿易額の推移(3)をみると、第3弾の対象となった化粧品や医療用機器などで増加が続いているなどの例外はあるものの、上位に位置する制裁対象品の多くで18年第3四半期以降は、前年同期比で減少に転じていることが分かる(図表4)。

米中関税競争
(画像=ニッセイ基礎研究所)

とくに大豆は18年第3四半期が▲52.5%減少した後、第4四半期(同▲98.8%)、19年第1四半期(同▲80.0%)ともに大幅な落ち込みが続いている。また、米農務省が四半期毎に公表している農産物の貿易予想の5月発表分(4)で大豆輸出の見通しが18年度(5)の216億ドルから170億ドル(前年比▲21%)、数量ベースでも5,700万トン弱から4,800万トン(前年比▲15%)と2桁の落ち込みを見込んでいる。同省はそのおもな理由として中国でアフリカ豚コレラによる飼料需要の減少にも言及しているものの、中国からの制裁措置が影響していることを挙げている。

また、ピーターソン国際経済研究所は米中関税競争が長期化した場合の影響について、貿易政策の効果分析で一般に活用される地球規模の応用一般均衡モデル(GLOBE)を用いて、3~5年後の生産や貿易に与える影響を産業別に試算している(6)。

同試算によれば、米中関税競争の現状(6月1日実施分まで)維持シナリオでは、農業輸出が実質ベースで▲2.23%、生産が同▲0.47%と他業種に比べて落込みが大きくなるとしている(図表5)。

米中関税競争
(画像=ニッセイ基礎研究所)

さらに、中国からの輸入品3,000億ドル(第4弾)に対して25%の追加関税が賦課される一方、中国が対抗措置を実施しないシナリオでは、農業の輸出、生産の落ち込みがさらに顕著となるほか、農業に次いで最終工業製品部門の輸出が▲1.64%、生産が▲0.69%と落ち込みが大きくなることを示している。これは関税賦課によって、中国から輸入する中間財価格の上昇などを通じて製造業の生産コストを上昇させ、国際競争力を低下させる影響による。

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(3)中国側からの統計のため、米国側からの統計である(図表3)の結果と異なり、18年第3四半期の前年同期比はプラスとなっている。
(4)https://www.ers.usda.gov/webdocs/publications/93215/aes-108.pdf?v=5416.2
(5)年度は10月~9月
(6)https://www.piie.com/blogs/trade-and-investment-policy-watch/whos-winning-us-china-trade-war-its-not-united-states-or#_ftn1

●(関税負担):対中関税引き上げ分は最終価格に転嫁、米国の家計負担は上昇

対中関税の引き上げは、中国の輸出業者が関税に見合う分の価格引き下げを行わない限り、輸入者である米国の家計や企業が負うことになる。18年以降の対中関税強化策から1年以上経過し、価格転嫁の状況が次第に明らかになってきた。

通商法201条に基づくセーフガード措置では、大型の家庭用洗濯機に20%(7)の追加関税を賦課したが、消費者物価における洗濯機価格の推移をみると、関税が引き上げられた18年1月を境に2桁の大幅な価格上昇がみられており、関税引き上げが小売価格に転嫁されていることが伺われる(図表6)。

さらに、18年に関税強化策が実施される前後の貿易データや生産者価格データを使った最近の研究からは、輸入関税の引き上げ分の相当程度が輸入製品の価格に転嫁されている状況が明らかになっている。ハーバード大学のAlberto Cavalloらの研究では、中国からの輸入品に20%の関税を賦課した場合の典型的なケースでは、関税賦課前の価格に1%分程度の低下がみられるものの、残り19%分は米国の輸入業者が負担する価格上昇がみられたことを指摘した(8)。

また、ニューヨーク連銀のMary Amitiらは輸入業者が関税負担分を価格に転嫁するほか、制裁対象品となった製品を製造する米国業者が便乗値上げをすることで、米国の輸入関税がほぼ完全に米国内物価に転嫁されていることを示した。この結果、18年に実施された一連の関税強化策によって18年の製造業の生産者物価指数は+1.1%引き上げられたと試算した(9)。また、同論文では関税競争によって企業が追加関税を回避するために、1,360億ドルの輸入および、290億ドルの輸出が失われたか、貿易相手先の変更を余儀なくされたと試算した。

さらに、Amitiは同論文の成果を踏まえて、米中関税競争に伴う家計負担への影響を試算した。同氏は、301条に基づく第3弾の25%関税賦課までで、家計の年間負担増加額は1,060億ドル、1世帯当りおよそ830ドルになるとした(10)。これには、関税分の価格転嫁に伴う米国内の関税負担増に加え、関税回避のために輸入先を中国より非効率的な先に移すことで失われる経済損失が含まれる。

なお、トランプ大統領が18年から実施している税制改革によって世帯平均の減税額は1,600ドル(11)となっており、対中関税強化に伴う家計負担増加額は現状で減税額のおよそ半分程度となる。仮に、トランプ大統領が第4弾(3,000億ドル)まで制裁対象を拡大する場合には関税対象額が現状から倍近くになるため、家計負担増加額は個人向け減税の効果を相殺する可能性が高い。

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(7)最初の120万台まで1年目20%、2年目18%、3年目16%、120万台を超える部分については1年目50%、2年目45%、3年目40%の追加関税を賦課。
(8)“Tariff Passthrough at the Boarder and at the Store: Evidence from US Trade Policy” https://scholar.harvard.edu/files/CGNT_0.pdf
(9)“THE IMPACT OF THE 2018 TRADE WAR ON U.S. PRICES AND WELFARE” https://www.nber.org/papers/w25672.pdf
(10)https://libertystreeteconomics.newyorkfed.org/2019/05/new-china-tariffs-increase-costs-to-us-households.html?mod=article_inline
(11)https://www.npr.org/2017/12/19/571754894/charts-see-how-much-of-gop-tax-cuts-will-go-to-the-middle-class

米中首脳会談の結果と今後の米中関税競争の見通し

注目された6月下旬の米中首脳会談では、未だ両政府から正式な合意内容の発表はないものの、G20後に行われたトランプ大統領の記者会見(12)では、米中貿易交渉の再開、対中関税第4弾の先送り、中国が大量の米国産農産物・食料を購入すること、安全保障に問題がない範囲で米国製品をファーウェイに売却すること、などで合意したが言及された。このため、米中貿易戦争や関税競争が一旦小康となる可能性が高い。

なお、当研究所では、トランプ大統領による対中関税強化策が家計負担を増加させ、消費に悪影響を及ぼすほか、トランプ大統領の支持基盤である米農家に対する影響も大きいことから、20年の大統領選挙を睨んで、米中通商交渉に伴う対中関税は段階的に撤廃されると予想している。

ただし、トランプ大統領7月16日の閣議で通商交渉が長期化する可能性に言及したため、関税賦課が長期化する可能性が高いほか、交渉次第では依然として関税競争が再び激化する可能性も残されているため、今後の動向が注目される。

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(12)https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-press-conference-osaka-japan/

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窪谷浩(くぼたに ひろし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主任研究員

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