中央銀行の独立性に回復のために

●立憲モデルの提案(9)

前述のように従来の中央銀行の独立性のための経済学的モデルは現在の状況では有用性を失った。もし現在の状況でも独立した中央銀行が必要であれば、そのモデルには次のような条件が必要とされる。(1)インフレでもデフレでも通用する、(2)政府との協調が必要な国債管理政策、金融安定化政策を担っても対等な関係で独立性を確保できる、(3)政治的な状況を考慮していることなどである。

これらの要求に応えるために、提案するのが、中央銀行を独立した権力として位置付ける立憲的な権力分立モデルである。立憲的な権力分立モデルは、政治的な側面を考慮した政治経済モデルである。この点上記要件③を満足している。この政治経済モデルでは、中央銀行は、統治機構のなかにあるが執行部(行政部門)とは、組織として独立している。統治機構のなかにあって独立した組織としては、裁判所のほか、公正取引委員会などの独立行政主体がある。他の独立行政機関と同様、中央銀行と政府はチェック・アンド・バランスの関係にある。

独立した権力は、政府と差別化されること、すなわち政策主体として時として政府と相違する立場をとることに存在意義を持つ。かつて中央銀行の独立性は、財政当局からの独立性に求められた。財政法では、中央銀行の国債引き受けは禁じられている。しかし、これだけでは現在のように財政政策と協調しつつ独立性を確保する状況では十分でない。

むしろ現在の状況で、中央銀行の独立性の意義は、中央銀行が中長期的な視点をもち、政治的な中立性により、必要とあれば政府の経済政策全般にも積極的に提言していくことに求められる。

一方、民主主義的社会においては、選挙によって選ばれた代表が統治機構をすべてコントロールすることが原則である。この点金融政策を独立に運営することは非民主的な側面を有している。中央銀行は政治によるコントロールでなく、透明性を保ち説明責任を果たすことで民主的にチェックされることが必要になる(10)。

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(9)筆者の憲法と中央銀行の独立性の関係についてのより詳細な議論は、髙橋(2012)、長谷部ほか(2016)などを参照。
(10)中央銀行の説明責任としては、第三者による政策の評価も重要である。ニュージーランド準銀、イングランド銀行、スウェーデン中央銀行などでは、定期的に海外の有力学者等による検証が行われている。

●積極的な独立性

立憲的なモデルの特徴は、中央銀行が政府の中で独自の使命を担う存在として独立性を発揮することである。具体的には、中央銀行が政府からチェックを受けるばかりでなく、中央銀行が政府の政策をチェックし両者の間に健全な緊張関係を築くことである。中央銀行が政府との対立を避けるように行動することを「消極的な独立性」と呼べば、中央銀行が積極的に政府の政策をチェックするような行動は「積極的な独立性」と呼ぶことが出来る。後述のイングランド銀行が財政政策に対し公開書簡を送るという提案は積極的な独立性の一例である。立憲モデルの権力分立は、積極的な独立性によって「健全で建設的な緊張関係」を生むことになる。

●歴史的事実としての立憲モデル

こうした立憲モデルは歴史的な事実を反映している。いくつかの国では、中央銀行の独立性は、分権の推進・強化という憲法的な改革と軌を一にして行われた。例えば、英国では、ブレア内閣の下で、スコットランドとウエールズの自治が強められる憲法的な改革の中で、イングランド銀行が独立した。また日本でも、司法改革、地方自治改革、行政改革とほぼ同時期に日本銀行の独立性が強化された。また欧州においても、行政府、議会、裁判所の設置の後中央銀行が設立されている。

●立憲モデルとしての中央銀行の政策運営

次に立憲的に独立した中央銀行の政策について検討していこう。

まず中央銀行の独立性は、組織として独立していても、すべての政策・業務が独立して行われることを意味しない。これは、民間企業が政府から行政行為を委任された場合と同様である。また、政策・業務を行うときは、裁量性を排しルールベースで行うことが望まれる。

・金融政策

金融政策については「目標の独立性」と「手段の独立性」が峻別される。

手段の独立性である操作目標の独立性の必要性はすでに確立している。その運営については極力、客観的基準に基づきルール化した政策を行うことが望ましい。ルール政策は、裁量性を排し、透明性を高め説明責任を高める。その政策ルールのうち金利政策として典型なのがテイラールールである。ただゼロ金利制約がこの運用を妨げている。マイナス金利政策は、ルールベースへの復帰の道を開く点では歓迎されるが、様々な限界も多い。前述のように非伝統的な政策は裁量的になりやすい。十分な説明と外部からの評価が必要となる。

「目標の独立性」については議論の余地がある。標準的な経済理論では、具体的なインフレ目標は政治と協力して決定されることを支持する意見が有力である。しかし、政府が近視眼的であれば政治的に過大な目標を設定する可能性がある。このため中央銀行は、非政治的な立場から目標の整合性をチェックする必要がある。

この点、特に現在の状況ではインフレ目標と自然成長率の関係が検討されるべきであろう(11)。自然成長率が低下している現在のような経済状況では整合的な目標インフレ率も低下してきているとみるべきであろう。こうした状況で、高いインフレ目標を掲げれば、長期的な緩和策を継続せざるをえなくなる。金融緩和策は必ずしも自然成長率を上昇させるとは限らない一方、非効率な資源配分を生み出し逆に潜在成長率を低下させかねない。このため目標インフレ率への政府の関与は現在のようなデフレ的状況でも注意を要する。

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(11)インフレ目標は、金融政策ばかりでなく財政ファイナンスの制約にもなることから、本来は財政政策の規律にもなるものである。わが国では、政治的圧力で、インフレ目標が達成の可能性の小さい2%と高めに設定されるため、インフレ目標は、インフレ期待のアンカーとしてばかりでなく、財政ファイナンスの制約とも働いていない。

・財政政策

前述のようにゼロ金利制約下では、金融政策は財政政策との協調が必要となる。財政支配の議論は財政赤字が金融政策を制約することを示しているが、中央銀行は独立した政策主体として、財政政策についても、中央銀行の側からも積極的にチェックを働かせるべきである。四半期ごとに、中央銀行が財務省に財政政策についての公開書簡を送るとい興味ある提案がBall等(2018 )によってなされている。

・金融安定化政策

金融危機後、金融安定化政策についての中央銀行の役割の重要性が再認識された。金融安定化政策は、独立した中央銀行にとって最も注意を払わなくてはいけない政策である。潜在的な財政負担が伴うことを考えると金融安定化政策では基本的には政府の代理人として働くべきということになる。金融安定化政策は、金融政策に比べて、ルール的な政策運営は難しい。無論、中央銀行は金融市場の中にあって、よりよい知識を持つ。このため実際には政策において指導的な役割を果たす必要がある。

中央銀行の独立性:日本銀行の場合

●不幸な出自

前節までは、中央銀行の独立性について一般論を論じてきた。ここでは簡単に日本のケースを紹介しておきたい。

日本銀行は、1942年に戦時体制に作成された旧法の下で半世紀以上独立性のない状況にあった。日本では官僚組織が強く、日本銀行は政治家の影響というよりは、大蔵省のコントロールの下にあった。日本銀行は1997年に法改正され独立性を与えられたが、そのきっかけは政治家による反大蔵省の動きの副産物であり、英国ではブレア政権の強い政治的意思のもとでイングランド銀行が独立したが、日本の場合、政治の意思は弱かった。

これを反映して、日本銀行の独立性は制度的に不十分なものとして出発した。新しい日本銀行法自身は世界標準に近いものであった。しかし前述のように中央銀行の独立性にとって財政規律は必要条件であった。英国でも、同時に財政均衡ルールが制定され、欧州でもマーストリヒト条約で財政均衡が規定された。日本の場合は、1997年に財政均衡法案が可決されたが1年後に、金融危機によって法案は廃止された。以降財政規律はゆるみ現在では国債のGDP比率は200%を超えている。

●デフレの進行

その後のさらなる不幸は、日本銀行の独立直後からデフレが問題となったことである。日本のデフレは、当初、バブルの崩壊による銀行の危機によるなど金融的な要因が注目された。しかし時間が経つにつれて、自然成長率の低下による影響が大きいことが明らかになった。こうした状況では、金融政策の効果は限定的とならざるを得なかった。

一方、財政ポジションは、税収の低迷と社会保障費の増加で赤字が拡大した。こうした下で財政政策の効果も限定的にならざるを得なかった。経済の成熟化のもとで財政乗数も低下していた。このためマクロ政策としては、金融政策に期待が寄せられることになった。

1999年にゼロ金利政策を採用した日本銀行は非伝統的政策のフロントランナーと称されることもある。しかし実際は暗中模索の過程でもあったといえよう。当初は名実ともゼロ金利政策をとったが、金融市場の機能への悪影響を避けるためにリーマンショック以降の政策ではわずかなプラス金利を維持するなど試行錯誤を繰り返してきた。

インフレ目標の採用に後ろ向きで、2013年に政治的圧力のもとで、やむなくインフレ目標を採用するなど、強力で一貫的な政策の確立に失敗してきた。

デフレの継続は金融政策の失敗によると考えられ、日本銀行の独立性を弱める法改正が提案された。

●アベノミクス

2012年、自民党は大胆な金融政策をマニフェストにあげ政権を獲得した。金融政策への政治の直接介入は異例であった(12)。安倍首相によって任命された黒田総裁は、過去の常識を覆す規模の金融緩和を実施してきている。消費増税を延期するなど財政規律は一段と弛緩している。国債の残高はGDPの200%を超えるが、日銀はその半分を購入してベースマネーを拡大している。その結果、国債金利は低位を維持する一方、日本銀行のバランスシートもGDPの規模まで拡大している。

日本経済は、戦後2番目の長い景気拡大を続けている。これはアベノミクスの恩恵もあるが、世界経済の回復に支えられた面も大きい。しかしアベノミクスはインフレ率2%、GDP成長率2%を目標としているが、到底目標には達していない。

現在潜在成長率は1%を下回っている。こうした下では、アベノミクスの目標は長期的には矛盾としたものとなっているが、日本銀行から十分な批判は控えられている。

安倍政権のもとで日本銀行の個々の政策決定に際して政府からの介入は公表されていない。一方、政治側は審議委員を政治任用している。本来審議委員は多様性が期待されていたが、現在の審議委員の大半はアベノミクスを強く支持している。

政治学者によれば、現在の安倍政権は、人事権によって独立機関のコントロールを強めてきた(13)。具体的には、最高裁判所の判事、NHKの会長、法制局長官の人選が従来の慣行を破ってなされている。

アベノミクスの下で日本銀行の独立性は事実上弱まっている。これは、立憲的な権力分立の弱体化を背景としている。独立機関の独立性の弱体化は政府の政策の批判的な検討を弱めている。これは、新たにくる景気後退、危機への対応力を弱めてしまう。

日本の事例は、中央銀行の独立性は経済的状況と同時に政治的状況を反映していることを示している。

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(12)軽部(2018)
(13)上川(2014)等の指摘。

●アベノミクスの下での独立性と説明責任

現在日本銀行をはじめ独立行政機関は、政府とのコンフリクトを避けることで独立性を確保しようとしている(消極的な独立性)。政府は中央銀行へ圧力をかけているといわれるが、そうした圧力が公式なルートで行われることは少ない。例えば、金融政策決定会合では、政府の委員が出席しているが、その場で圧力がかけられるのはまれである。通常政治的な圧力がかかるのは、政府と日銀の非公式なやり取りであろう。

例えば、日銀が2%のインフレ目標を決定した2013年1月の決定については、政治家や日銀のインタビューに基づいて政治的圧力があったことが報じられている(14)。しかしこうしたやり取りは公式の記録では確認できない。

中央銀行の独立性にとって最も重要なのは政府との関係であろう。現時点で独立性を強めるための最も効果的な策は、政府とのやり取りを含めて記録し公開することである。これは日銀の説明責任を強化することである。

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(14)軽部(2018)など。