経済の見通し

先行きのブラジル経済は、緩慢な成長が続くだろう。年金改革については、当初は難航すると見られた下院審議を通過し(2)、年内に法案成立の目処が立ったことは、中長期的に好材料である。しかし、短期的に、民間消費が緩やかに拡大していく一方で、公的部門や企業部門にはあまり期待できないため、内需は力強さを欠くだろう。また、外需も世界経済の減速によって輸出が振るわないと予想され、期待できないであろう。ブラジル経済の19年の成長率は0.8%、20年は1.6%と予想する(図表8)。

ブラジル経済の見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(2)年金改革には憲法の改正が必要であり、下院上院それぞれで2回の審議が行われ、5分の3以上の賛成が必要とされる。ボルソナロ大統領は十分な議会工作を行ってこなかったため、5分の3以上の賛成を得られるのは難しいと予想されたが、下院での1回目の審議(7月10日)では73.9%の賛成を、同2回目の審議(8月7日)では72.1%の賛成を獲得した。9月から上院の審議が開始される予定で、年内の法案成立の見込みが高まっている。また、年金改革による財政改善効果についても法案当初は10年間で1兆レアル(約30兆円)を上回っており、審議の過程で骨抜きにされることが懸念されていたが、下院で可決されたベースでは9355億レアルを保持している。

民間消費は、実質賃金の伸び悩みが続くが、FGTS(勤続期間補償基金)(3)の引出しや金融緩和に伴う家計向け貸出金利の低下が実質可処分所得を押上げ、緩やかに拡大していくと予想する。

ブラジル経済の見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

7月の雇用統計では失業率こそ低下したが、就業者数、特に民間正規雇用者数の前年比増加幅は鈍化しており、実質賃金の伸び悩みにも歯止めがかかっていない。一方で、政府は景気刺激策として19年9月から20年3月にかけてFGTSの引出しを認めた。同様の政策は17年のテメル前政権時にも実施され、民間消費の底上げに寄与した。政府によると、今回の引き出し総額は約400億レアル(17年当時の約9割)と試算されており、今回も一定の効果が期待される(4)。また、ブラジルの家計は借入依存度が高く、貸出金利の変動が消費に与える影響が大きい。16年末から継続的に利下げが行われた結果、各種家計向け貸出金利も大きく低下したが、政策金利が据え置きされて以降は下げ止まっている(図表9)。しかし、19年7月に約1年半ぶりに利下げが行われ、さらなる利下げが見込まれるため、家計向け貸出金利の低下を通じて民間消費には好材料となるだろう。

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(3)FGTS(勤続期間補償基金)とは、雇用主が雇用者のために給与月額の8%を積み立て、雇用者が退職した際に引き出すことができる退職金制度。本来は退職時や解雇された時に引き出すことができるが、政策として在職中の引き出しを認めた。
(4)総額の400億レアルは2018年名目GDPの約0.6%に相当する。総額の内訳は2019年が280億レアル、2020年が120億レアルで、2017年実施時の総額は440億レアル。17年は引出し期間(3月から7月)後の、民間消費の伸びは4-6月期・7-9月期とも1%台に達した(1-3月期は0.5%、10-12月期は0.3%)

なお、年金改革法案が成立した場合、実質可処分所得の減少を通じて消費の押下げ要因となるが、受給年齢の引上げは段階的に行われるため、当初は年金給付の削減額が小さいため、短期的な消費への悪影響は限定的であろう(図表10)。

ブラジル経済の見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

政府消費は、緊縮的な財政政策によって引き続き拡大は期待できない。19年(1月から6月)の一般政府の基礎的財政収支は改善しているが、依然として社会保障院の赤字が大きな負担となっている(図表11)。年金改革による財政改善効果も当初は限定的であるため、20年以降も緊縮的な財政政策が継続されるだろう。実際に、8月末に示された20年度の予算案では、公共投資などの裁量的支出が19年度からさらに削減され、過去10年で最低水準となるなど、より緊縮的な内容となっている。

ブラジル経済の見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

総固定資本形成は、企業・政府部門が期待できないうえ、比較的堅調と推測される住宅投資も弱含んでいくと予想される。ただし、20年に向けて国営企業の民営化が本格化していく見込みで(5)、徐々に投資も拡大していくだろう。

企業の設備投資については、新政権への期待剥落や世界経済の不透明感の高まりによって、企業景況感(製造業PMI)が悪化し、7月には景気判断目安の50を下回った(図表12)。また、鉱工業生産は18年半ばから縮小に歯止めがかかっておらず、企業は設備投資を控えていると推測される。住宅投資については好調な住宅販売を受けて、先行指標である着工戸数は緩やかに増加してきたが、19年に入って2四半期連続で低水準に留まっており、住宅投資も弱含んでいくと予想される(図表13)。

ブラジル経済の見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

外需については、輸出は世界経済の減速を通じて弱含んでいくだろう。通関ベースでは、6月から8月にかけて3ヵ月連続で輸出総額が前年比減少となるなど、輸出の減速が明確となりつつある。一方で、輸入は内需の回復を背景に緩やかな拡大が続くことから、純輸出の成長率寄与度は悪化するだろう。

先行きの懸念材料として、ボルソナロ政権が掲げる自由貿易が頓挫することが考えられる。ブラジルが属するメルコスール(南米南部共同市場)(6)は、7月にEU、8月にEFTA(欧州自由貿易連合)と、立て続けにFTA(自由貿易協定)の合意に至った(7)。特にEUとは20年越しの合意であり、この背景として、メルコスール2大国であるブラジルとアルゼンチンで、近年左派政権から右派政権に交代したことがある。しかし、アルゼンチンでは10月に予定されている大統領選挙の予備選挙が8月中旬に行われた結果、中道右派のマクリ現大統領が中道左派のフェルナンデス元首相に大差で敗れ、本選挙の行方が危惧されている。フェルナンデス氏は、FTAに否定的な考えを示しており、同氏が大統領となった場合、先の合意が白紙となる懸念が生じている(8)。

また、ブラジル自身もアマゾンの大規模火災を巡って、EU諸国との関係が悪化しており、FTAの停滞やブラジル産製品の禁輸や不買運動が本格化する懸念が生じている。現在、世界最大の熱帯雨林アマゾンで発生している大規模な火災に対するブラジル政府の対応を巡り、国際的な批判が高まっている。ボルソナロ大統領の支持基盤の一つが農業団体であることや、自身が地球温暖化に懐疑的であることから、アマゾンの開発を奨励しており、森林の伐採や焼き畑農業が増加した結果、大規模な火災に繋がったと考えられている(9)。国際的な批判を受けた当初、ブラジル政府は消火活動に消極的な姿勢を示していたが、欧州諸国が対抗措置を示唆した結果(10)、同大統領は態度を軟化させ、消火活動に軍を派遣し、焼き畑農業を60日間禁止とした。今回の一件を巡って、ブラジルのアマゾン開発に対して国際的な批判が高まっており、仮に火災が沈静化しても、FTAの停滞やブラジル産製品の禁輸や不買運動が本格化し、経済へ悪影響を与える懸念は燻り続けるだろう。

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(5)連邦政府は、8月中旬に、今後民営化する9つの国営企業を発表し、PPI(官民投資計画)の対象に含めた。この結果、大手電力会社エレトロブラスなど、既にPPIの対象であった8企業と合わせて17企業の民営化が見込まれる。
(6)メルコスールはブラジルやアルゼンチンなど南米の国で構成される関税同盟(1991年創設)。
(7)メルコスールはさらにカナダ、韓国、シンガポールとのFTA交渉を進行している。
(8)ボルソナロ大統領は、元来多国間関係より二国間関係を重視していると見られ、10月のアルゼンチンの大統領選挙で左派政権が誕生した場合、ブラジルがメルコスールを脱退する可能性も否定できない。
(9)INPE(ブラジル国立宇宙研究所)によると、19年1月-8月の合計森林火災件数は前年同期比76%増となっている。
(10)フィンランドがブラジル産牛肉の禁輸をEUに提起した他、フランスがメルコスールとEUのFTAに批准しないことを表明した。また、欧米の衣料・靴業界がブラジル産素材の不買運動を開始するなど個別業界や企業でも動きが見られる。

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神戸雄堂(かんべ ゆうどう)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究員

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