連載『中華圏富裕層の実態』では、香港で50年ぶりとなる金融機関「Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB)」を創設し、富裕層向けに資産運用をサポートしている長谷川建一氏が、中華圏富裕層の特徴について紹介していく。4回目のテーマは「トラスト」である。

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2016年、約30兆円もの資金が中国国外に流れたとも言われている。

中国本土に資産を置いたままでは、事業の状況変化や、場合によっては国家レベルでルールが変更されて、資産を没収されるなどの不安があるためだ。

近年、中国では、こうした資金流出への監視の目が厳しくなってきている。背景には一帯一路構想という国家的なプロジェクトには膨大な資本が必要とされること、また、人民元の価格防衛の観点などが絡んでいる。さらに腐敗撲滅キャンペーンに注力する政府の熱意が一段と上昇してきていることにも呼応し、富裕層や政治家の資産移転を許さない規制がより厳しく適用されるようになってきている。

富裕層にとっては中国本土に資産を置いておくと、事業の状況変化や場合によっては国家レベルのルール変更によって、資産を失うという懸念が残る。中国経済が急拡大する中で事業で成功を収め、巨額の資産を築いた富裕層が、自身の資産を中国本土から国外に移動させ、保全を図りたいと考えるのは想像に難くない。

中華圏富裕層のニーズは、香港やシンガポールなど、法律や税制が明確で安定的に運営されている国で、資産を長期にわたり管理・運用し続け、承継していくことである。そのためには資産に関連する法令が整備され、金融関連制度の継続性・永続性があり、資産の保全・保護が担保されていることが望ましい。そんな中、注目されるようになってきたのが「トラスト」の利用である。

中華圏富裕層が注目する「トラスト」とは?

中華圏富裕層#4
(画像=leungchopan/shutterstock.com,ZUU online)

トラストとは、委託者から所有分離された資産を、受託者が管理・運用して、その利益を受益者に渡す仕組みである。トラストには、資産の所有権がもともとの資産の所有者から分離されることで、資産の保全がより確実になるという特徴がある。

仕組みはこうだ。トラストの関係者としては、委託者、受託者、受益者の三者が挙げられる。

委託者とは、もともとの資産の所有者である。委託者は資産をトラストすることにより、資産を自己の所有から切り離し、外部化・独立化させる。

受託者は、トラストされた財産の管理者となる。受託者には厳格な義務(フィディーシャルデューティー)が課され、しかも、委託者の影響からも独立した立場となる。その点では、委託や委任された代理人や管理人としての契約関係以上に、厳しい義務を追うという独特の特徴がある。

そして受益者とは、資産から生じる利益と、最終的にはトラストされた元本(もともとの財産)そのものの権利を有する者(人または法人)である。

トラストは中世の英国に起源をもち、単純な契約関係とも異なるものである。トラストは、資産が委託者から所有分離されることにより、倒産隔離を図るために使われるという側面もあった。その点に注目し、香港やシンガポールではトラストを設定するケースが増加している。

英米法でトラストとは、所有者から委託・分離された財産を入れる器のようなものと言ったほうが的を得ている。トラストという器を媒介として、委託者と受益者とを結びつけるものである。

ちなみに日本では、トラストは信託という概念で、契約として定義されている。その点では、英米法に言うトラストとは少し異なる独特の概念というべきだろう。しかし、いわゆる契約責任として、受託者に厳しい義務を追わせるという点では、英米法のトラストが積み上げてきた歴史的な経緯や意味合いを受け継いでいるといえるだろう。

中華圏富裕層が「トラスト」を利用する目的とは?