業界2位でもヒット連発~大人が買いたくなる人気菓子
いま、スーパーのお菓子売り場でちょっとした異変が起きている。東京・練馬区の「いなげや」下石神井店。商品の入れ替えで棚に出しているのはポテトチップス「ゆず塩レモン味」。キットカットの秋の新作「秋芋」に、チップスターの「安曇野 本わさび味」……。長年愛されてきた定番商品の味を季節に合わせて変える「味替え」が、拡大中なのだ。
「いつも来ていただくお客様は新しい商品に目が行きますので、『あ、これ何だ』と買っていただくことが多い」と言う。
この「味替え」で業界をリードするのが、スナック菓子で5割のシェアを持つカルビー。かっぱえびせん「九州しょうゆ」(84円)やポテトチップスの「極旨辛肉みそ担々麺味」(159円)など、続々と「味替え商品」を投入している。
そんな中、まったく違う路線の商品作りでブームを起しているメーカーがある。埼玉県朝霞市の「マルエツ」朝霞店で行われていた試食会で、お客を魅了していたのが「ポテトの素顔」(149円)。ジャガイモの旨味をダイレクトに味わえるよう、塩を一切使っていない斬新なポテトチップスだ。
「味替え」全盛の業界にあって独立独歩。素材の味で勝負を挑むのが業界2位の湖池屋だ。
湖池屋は数年前にそれまでの方針を大転換した。以来、発売後に売り切れが続出した「プライドポテト」(159円)や、芋の味を濃厚に感じる「じゃがいも心地」(116円)など、ちょっと高めの大人向け商品でヒットを連発。その戦略で業績も回復した。
湖池屋の本社は東京・板橋区。1953年創業のスナック菓子業界の老舗だ。
その歴史を示すものが社内に残されていた。「社員が誇りに思っている商品です」という、1967年に発売したポテトチップス第1号のパッケージ。ポテトチップスを日本で初めて量産化したのは、カルビーではなく湖池屋なのだ。
当時、今より高い100円で販売。だが、新しいお菓子としてたちまち大ヒット。以来、湖池屋は新しいことに取り組み、世間をあっと言わせる商品を続々と生み出していった。
例えば1984年に発売したのが、唐辛子を思いきりきかせた「カラムーチョ」。「子どものお菓子は甘いもの」という常識を破り、辛いスナック菓子を日本で初めて作った。さらに1994年、日本人に馴染みのなかったメキシコのトルティーヤをスナック菓子「ドンタコス」として売り出す。世の中になかったものを生み出す菓子業界のパイオニアだった。
そんな湖池屋のパイオニア精神はいまも受け継がれている。入社5年目のマーケティング部・野村紗希が去年開発したのは、働く女性をターゲットにしたスナック。
「手につきにくいコーティングがされているので、仕事中にピッタリかなと思っています」
大きさも女性にうれしい一口サイズ。しかも、パッケージはチャック付き。机においても目立たないデザインだ。
一方、社内のテストキッチンでは新商品の最終確認が行われていた。見た目は唐揚げみたいだが、原料はヘルシーな大豆。名前は「罪なきからあげ」に決まった。
キリンから湖池屋へ~伝説のヒットメーカーの手法
ユニークな商品を続々と生み続けている湖池屋の新たな挑戦は、北の大地でも始まっていた。ジャガイモの収穫真っ盛りの北海道。今年の出来具合を確認した湖池屋の一行の中に社長・佐藤章(60)の姿もあった。
今回の視察には目的があった。「きたかむい」という特別なジャガイモだ。
「きたかむい」は10年ほど前に開発された品種。収穫後、糖度が急激に増えるため、ポテトチップスには不向きとされていた。しかし佐藤は、その難題を克服して、商品化することを決めた。
「新しいポテトチップスの市場を作る可能性を持っている品種です。やりがいを感じます」(佐藤)
他にはない独自の商品を作りたいと、佐藤は常に考えてきた。それを象徴するのが、社長室に飾られている他社のドリンク製品だ。
「苦労の連続で世に出したものですから、やっぱり愛おしい子供たちですよね」
実は湖池屋に来る前、佐藤はキリンビバレッジで缶コーヒーの「ファイア」や「生茶」など、数々のヒット商品を生み出した。業界では名の知れた伝説のヒットメーカーなのだ。
取材中、佐藤のヒットメーカーたるゆえんを垣間見ることができた。行われていたのは新商品についてのヒアリング。来年の正月に向けて「伊勢海老」と「和牛」をテーマにしたスコーンを発売する予定だという。
「スコーンにはジャンクとかそういうイメージがあるので、そこの脱ジャンクを図る」と言う担当者の発言を、佐藤は細かくメモしていく。ターゲットは40代~50代の男性。すると、佐藤の手がとまった。
「伊勢海老とか和牛とか それだけで大丈夫か?」
佐藤が気にしたのは商品名のインパクト。単に「和牛」や「伊勢海老」を謳うだけでは、ありきたりでターゲットに届かないと感じたのだ。
「40、50代が反応するワードとして、僕だったら、『伊勢海老鬼焼き』とか、『和牛鉄板焼き・わさび』という方が興味がある。いや、僕だったらだよ」
会議終了後、ひとり部屋に残って考えを深めていく。ノートには、「伊勢海老」の横に 「鬼ガラ焼き」という文字が。「鬼殻焼き」とは殻付きのまま焼いた料理。「鬼殻焼き」と聞いただけで人は匂いまで連想し食べたくなると考えたのだ。
「海老味噌と焼いたときの香ばしい香りと、それをスナックで食べられる喜び。ジャンクじゃないと担当者は言っていたので、鬼殻だと」
考え抜いてコンセプトの一歩先を極める。これがヒットメーカー佐藤の原動力だ。
社長に就任してまる3年。佐藤は、大人向け高級路線の「プライドポテト」を大ヒットさせ、素材にこだわる商品を続々と投入。存在感を失っていた湖池屋を見事、再ブレークさせた。
「業界2位だから思い切ってできることがある。2位が市場を変えてもいいじゃないかと思っています」
ライバルの後追いはやめた~社員を変えた改革の秘密
少子化や健康志向もあって、この10年間、ポテトチップスの販売価格は下がり続けている。湖池屋も値下げ競争に巻き込まれ、苦戦していた。その再生を託されたのが佐藤だった。だが、そこで待ち受けていたのは、本物の味を忘れて迷走する湖池屋の現実だった。
社長に就任した佐藤は早速、問題点の洗い出しに動き出す。忙しい合間を縫って現場に足を運び、湖池屋でいま何が起こっているのか、徹底的に見て、聞いて回った。
そんな中で、停滞する湖池屋を象徴するような光景を目の当たりにしたという。それはポテトチップスの新商品会議に出席したときのこと。出てくる案に、佐藤は「みんな、カルビーのことばかり気にして、湖池屋らしさを見失っている」と、頭を抱えた。
「あまり思い出したくないシーンです。寂しいというか、がっかりするというか」(佐藤)
実際、売り出した新商品といえば、「もも味」や「バナナ味」のポテトチップス。案の定、評判は散々だった。当時、開発部門にいたマーケティング部・野間和香奈はこう振り返る。
「無理をしてでもトップについていきたいとやっていたのですが、ずっと万年2番手で、他社さんの脛をちょっとでもかじれないかなと……」
トップの後追いばかりで結果が出せない。世の中にないものを作ってきた湖池屋はその輝きを失っていた。
「何をやってもダメだと自信をなくす社員が出ていたので、1回そこから決別しようよ、と」(佐藤)
新たな戦い方を模索する中で、佐藤は決定的なヒントを見つけ出す。それは「ただ作ればいいとか、ただ売ればいいとか、それではダメ。手がけた以上は完全にものにする。それをその業界で最高のものに持っていく」という、創業者の小池和夫が生前に残した言葉だった。
「ものづくりへのこだわりと、品質にこだわるんだという信念。ここに立ち返らないと何も始まらない」(佐藤)
佐藤は創業者が追い求めた「業界最高のものづくり」を旗印に改革に乗り出した。
どうすれば最高品質のポテトチップスが作れるのか。門外漢の佐藤は連日、工場に足を運び、製造部門の従業員と意見を交わしていく。そして、厳選した国産のジャガイモを、温度を変えて3回揚げるという手間のかかる製法を導入し、新商品を作り上げていった。
こうして2017年、湖池屋再生の思いと元祖の誇りをかけた「プライドポテト」が完成。価格は通常の1.5倍と、高級路線で勝負に打って出た。CMも女子高生を起用してフレッシュなイメージに。すると、年間20億円売ればヒットと言われる業界で、40億円を売る大ヒットとなったのだ。
この大ヒットが、社員の意識を変えていった。広域営業部・高橋明宏は、スーパーの「マルエツ」を担当している営業マン。これまでは、カルビーに水をあけられ、価格交渉しかできなかったが、今ではライバル会社を含めたスナック菓子の棚全体のレイアウトまで任されるようになった。するとマルエツのスナック菓子の売り上げが増え、結果、湖池屋の売り上げも40%アップした。
「大量生産、大量販売ではない違う商売のしかたを湖池屋なりに見つけようというのが新生・湖池屋の本質です」(佐藤)
目指すはアイデア集団~挑戦する若手を育てる秘策
湖池屋の将来を担う若い人材を育てるため、佐藤はこの秋からある研修をスタートさせた。それは、「自分が食べたいスナック菓子」を社長に直接プレゼンするというものだ。
ある女性社員の提案は、癒しをテーマにしたはちみつ味のスナック菓子。別の女性社員は、好き嫌いが分かれるニッチな味を、あえてポテトチップスにしたいという。
入社3年目のマーケティング部・小林重文がプレゼンしたのは、襷がけにした小袋サイズのカラムーチョ。小林はその小袋の中央に、つなげたままハサミを入れ始めた。そして、小袋に入ったカラムーチョの上にチーズやイクラなどの具材をトッピングしていく。輪のままだと自立するから、お皿もいらない。そこに好きなものをのせて、大勢で楽しめるオードブルに変身させる提案だ。
「小林君は巻き込む力を持っている。そういう魅力があるんですよ」(佐藤)
そんな小林を、湖池屋はどう育てているのか。
この日、カラムーチョチームの会議が開かれていた。テーマは女性をターゲットにした 新商品のアイデア出し。小林は「ホットチリのパワーアップ版が一番売りが作れる」などと言い、スパイスはいろいろあるのに「辛さ」から離れられない様子だ。
そんな小林に、上司の野間(前出)が、「そのターゲットの女性はいつ食べてるの?」と質問した。ターゲットの女性のことは調べてなかった。
会議の後、野間が小林を呼び出した。
「こういうことをやってみたいと、目標を立てるのはすごくいい。その周辺がどうなっているのか調べて、ずれているんだったら修正したほうがいいし、合ってそうなら突き進んでいけるから、一回調べてみようか」
小林の発想を頭ごなしに否定せず、考える方向性をそれとなくアドバイスした。
その週末、町に繰り出す小林の姿が。訪ねたのは女性に人気の東京・杉並区のスパイスの専門店「東京スパイスミュージアム」。この店では、世界各地のスパイスをトッピングしたカクテルが楽しめるという。
野間のアドバイスで、小林は女性がどんなスパイスを好むのかを調べ始めていた。
「バラはこのまま食べても甘くて、すごく香りがして精神安定作用があるんです」というマネージャー・福本加月美さんの説明に耳を傾ける小林。少し視野を広げたようだ。
「辛いとか酸っぱいからスタートしてる場合じゃない。この気持ちを同じように他の人にカラムーチョで与えられたら、ヒットするんじゃないかと思います」
個性を伸ばし、やりたいことに挑戦させる。それが湖池屋の人材育成術だ。
~村上龍の編集後記~
どうすればヒット商品を生むことができるのか。たぶん、誰に聞いてもわからない。
「稀代のマーケター」とも言われる佐藤さんは、おそらく「誰もわからない」ということを、もっともよくわかっている人ではないかと思った。
湖池屋の若手に「スナックを100種類食べてきて感想とアイデアを」と指示した。すでにあるものからアイデアは生まれないことを教えたのだ。
値段でも新しさでもなく、魅力的かどうかを競う。魅力の構成要素はほぼ無限だ。その要素の組み合わせを限界まで考えることで、はじめてオリジナリティが生まれる。
<出演者略歴>
佐藤章(さとう・あきら)1959年、東京生まれ。1987年、早稲田大学卒業後、キリンビール入社。2012年、キリンビールマーケティング執行役員。2014年、キリンビバレッジ社長。2016年、湖池屋社長就任。
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