売れ行きが思わしくない商品を、飛ぶように売れさせる魔法の一手。そんなものは存在しないと、世間ではよく言われる。地道な努力を続けるしかないのだ、と。
たしかに営業において努力は不可欠だ。しかし一つのアイデア、一人のキーパーソンによって営業成績が大きく改善することも起こりうるのだ。
今回は経済学発祥の「スノッブ効果」と「バンドワゴン効果」を活用した営業戦略の立て方を解説する。
営業ケーススタディ(15)――及川の名案
「及川、お前の力を貸してほしい!」
人材コンサルタント会社で働く・及川圭佑(37)が、先輩・遠山悠人(38)から泣きつかれたのは昨日の夕方のことだった。
遠山は及川の1つ上の年次で、1年前から採用管理ソフトの開発プロジェクトをリーダーとして率いてきた。3カ月前にやっとソフトをリリースしたものの、当初の予測を大きく下回る件数しか契約に至らず、プロジェクトに対する社内の視線は険しい。
遠山の目の下にはうっすらとクマがあり、相当に参っている様子がうかがえた。断ることもできず、及川は翌日、いつもより早く出社することにした。最初はどうしようかと思った及川だったが、遠山の話に耳を傾けるうちに、及川には一つのアイデアが浮かんできた。
「先輩、よかったら俺もプロジェクトに参加させてもらえませんか」
気が付くとそんな言葉が口をついて出た。及川は及川で自分が率いるプロジェクトがあり、それをおろそかにはできない。しかし、困った時はお互い様だとも思う。遠山は華々しく成果をあげるタイプではないが、細やかな気配りに長けている。今ここで遠山を突き放すことは、及川にはどうしてもできなかった。
「本当か!及川が入ってくれるなら百人力だ。お前も忙しいだろうから、他のメンバーには営業アドバイザーとして紹介するよ。ミーティングへの参加も強制しない」
及川がまとめた「営業戦略」とは?
幸い、翌日の午前中は時間があった。及川は机に向かい、遠山にもらったプロジェクトの資料にざっと目を通す。遠山が嘆いていた通り、売れ行きは悲惨だ。目標数値との乖離が大きく、この調子では10年経っても開発予算を回収できないだろう。
しかし、遠山のプロジェクトが主導して自社開発した採用管理ソフトは、うまく活用すれば顧客の採用活動を大きく効率化できる可能性があると及川は感じた。
おそらく、営業のネックとなっているのは価格が高いことだ。採用管理ソフトには、無料で公開されているものも多く、それらのソフトとの違いを強調することが営業を成功させる秘けつだろう。
及川は自分なりに営業戦略をまとめ、簡単な資料を作り始めた。
(1) 採用管理ソフトは他社との差別化になると顧客に伝え、顧客限定で販売しているとアピールする。
(2) 採用管理ソフトは他社も導入していると顧客に伝え、これまでの導入実績をアピールする。