漆塗りは日本文化の象徴。和漆器や仏壇をはじめ、仏閣などにも使われてきました。最近では新しい分野と漆塗りのコラボも広がっています。漆塗りの歴史と現状を学びつつ、これまでになかった漆塗りの世界を覗いてみませんか。
日本文化の発展と共に歩んできた漆塗り技術と工芸品
漆は、古来よりある優れた天然素材です。漆を塗ることで素材表面が丈夫になると共に、防虫効果もあると言い伝えられてきました。現在ではその美しさに魅了される方も多いようです。
漆の歴史は古く、今からおよそ9000年前の縄文時代には器や耳飾り・首飾りなどの装飾品にすでに使われていたことが、遺跡の発掘出土品から判明しています。
古墳時代以降、仏教伝来とともに中国から漆工技術が伝えられ、漆塗りの技術は発展し、多様な文物や建造物に使われるようになります。飛鳥時代の法隆寺玉虫厨子をはじめとする献納物、正倉院宝物などの他、時代を経て金閣寺や日光東照宮といった歴史的建造物にも漆が使われてきました。安土桃山時代になると当時日本を訪れていたイエズス会宣教師たちによって、国内にとどまらず、南蛮漆器と呼ばれる漆工芸品がヨーロッパに輸出されるようになりました。繊細な漆の技法を駆使した工芸品の数々は海外でも人気があり、日本の伝統文化としての評価が確立しています。とくに世界遺産に登録された和食は、漆の器なしには語れないといってもよいくらいです。
(参照:NPO法人ウルシネクスト「ウルシネクストが取り組む社会課題」)
伝統的な漆の器づくりは手間ひまがかかることで知られます。例えば、平安時代から続く漆塗りの技術「浄法寺塗」の器ができあがるまでには、木固め→下塗り→研磨→中塗り(6回繰り返して漆の層を作る)→上塗りの5つの工程を要します。朱色で上塗りされ仕上がった器は、木固めの段階とは見違えるような美しさに変わるといいます。
国産漆は流通量のわずか3% その約70%が岩手産
漆はウルシ科の落葉高木です。一般的には樹木表皮に傷を付けて浸出したものを採取した、乳状の樹液(生漆)のことをいいます。漆の木の樹液は石器時代からすでに使われており、当時は接着剤として重宝されていたようです。
漆は希少な素材で、国産漆は国内で流通している漆のわずか3%しかありません。2015年度の林野庁の調査によれば、国産漆の約70%が岩手県二戸市で生産されています。全国合わせた総重量にしてわずか821kgしか生産できないので、国内産の漆がいかに貴重かわかるでしょう。
漆の難点は、採取できるまでに20年という長い時間を要することです。1本の木からわずかな量しか採れないことも流通量の少なさにつながっています。文化庁では、国宝・重要文化財建造物の保存修理用資材として国産漆が確保できない状況を深刻な課題としています。
では、不足分をどう補うかですが、漆に近い塗料を使うという方法もあります。カシューナッツから抽出され、漆に近い品質と使いやすさから幅広い分野で使用されている「カシュー塗料」や、木工用の化学塗料として知られる「ウレタン塗料」などが代替品として考えられます。
職人不足で国内漆はさらに希少価値上昇 若手育成の努力が続く
素材と同様、漆職人も希少な存在です。主要産地である二戸市の中でも代表的な素材である「浄法寺漆」を採取する「漆掻き職人」の人数は、2012~2016年の統計では平均20人前後で推移しています。
この状況に危機感を持った二戸市は、かねてより人材育成に乗り出しています。地域おこし協力隊制度活用による人材育成を実施しているほか、「日本うるし掻き技術保存会」と連携しての人材育成では、1997~2016年度に42名が研修を終えました。そのうちの15名が浄法寺漆生産組合で漆掻き職人として従事しています。
また、全国には漆技術を学べる教育機関があります。以下はその一例です。
京都伝統工芸大学校(京都府)
日本の伝統工芸に関する11の専攻コースがあり、その中に漆工芸専攻があります。下地づくりから研ぎ、上塗りなど30以上ある工程の指導を受け、京漆器の最高技法を学べます。卒業後は、漆芸家、塗師、蒔絵師などに就くことができます。
会津漆器技術後継者訓練校(福島県)
会津漆器の後継者を育成するための訓練校で、蒔絵コースと塗コースがあり、指導は会津漆器のベテラン職人が行います。定員がわずか4名の少数精鋭で密度の高いカリキュラムを2年間受講します。
塩尻市木曽高等漆芸学院(長野県)
漆器科とデザイン科がある、訓練期間2年の夜間学校です。おもに素材の知識、加工技術、デザイン研究を学ぶことができます。授業は週2日なので、働きながら余裕を持って通えそうな学校といえるでしょう。
いま、若い感性で漆を考える職人やクリエーターも増えており、次に紹介するようなさまざまなアイテムを産み出しています。
漆塗りの注目アイテム:文字盤に会津の漆工芸を採用した高級腕時計「カンパノラ」
漆を使ったアイテムで特に注目されているのが高級時計「カンパノラ」です。デザインコンセプトは「宙空の美」。ガラスに閉じ込めた文字盤の空間に無限の宇宙を表現しています。いくつものパーツを組み合わせた多層構造が特徴で、心臓部のムーブメントにはスイスにあるラ・ジュー・ペレ社製の機械式ムーブメントが使用されています。時計職人がひとつひとつ丹念に組み上げた装飾模様はシースルーバックからも鑑賞が可能です。
「カンパノラ」は文字板に漆を施しています。会津の伝統工芸士、儀同哲夫氏をはじめとする職人の手によって何層にも漆を塗り重ねられた、きめ細かく研ぎ澄まされた美しい文字板は、高い芸術性を感じさせます。
価格帯はモデルによって水準が分かれており、最上級モデルの「メカニカルコレクション」は50万~120万円(税抜、以下同)と高価格ですが、それ以外のモデルは22万~43万円程度の価格で購入することができます。
その他の漆塗りのアイテム例:マグカップ、楽器、名刺入れなど
アウトドア用品に使われる漆
漆製品は家の中で大事に使うイメージがありますが、実はアウトドア用品にも漆を使用したアイテムがあります。中でも「NODATEmug(ノダテマグ)」というブランド名で発売された会津塗のマグカップが、丈夫で軽くアウトドアにもってこいの素材だと注目されました。ノダテマグの価格は4,500〜7,500円とマグカップとしては高価ですが、本格漆の食器としてはそれほど高くないといわれています。
漆塗りサックス
柳沢管楽器が手がける「漆塗りサックス」は、洋楽器と漆の和洋取り合わせたテイストが新鮮な逸品。手間のかかる作業ゆえに限られた点数しか制作できない、貴重な品です。黒いボディーに金粉などで花模様を描いており、美術品のような趣があります。パート別にソプラノからバリトンまで揃った4種のサックスは、プロの四重奏グループが使用しているということです。
漆塗りギター
漆の塗りと拭き取りを繰り返して仕上げる「拭きうるし」という特別な技法で制作されたのが、ヘッドウェイギターズ社の「漆塗りギター」です。「拭きうるし」は塗膜が薄いためギターの鳴りがオープンになり、サウンドをより引き立たせます。価格は2019年8月発売のモデル(限定12本)で28万円と高級ギターの部類です。
漆塗り名刺入れ
小物の中で漆塗りとよくマッチするのが名刺入れです。形状はカード入れ型やシガレットケース型、保存用の箱型までさまざまなラインアップがあります。価格は土産店で買えるものでは2,000円台からと手ごろですが、中には牛革に浄法寺産の漆100%で仕上げた9万2,000円の超高級品もあります。漆塗りの名刺入れから差し出せば、相手への印象もアップしそうです。
ここに紹介した漆塗りアイテムは、美術品ではなく実用品です。性能が良いことが大事なのはもちろんですが、繊細で優美な漆の技法で描かれた意匠の数々は至高の芸術とも呼べるもので、商品の価値を一段と引き上げています。
性能の良さと芸術性を兼ね備えた漆塗りアイテム。日本文化を象徴する商品として日本人はもとより、訪日旅行客などを中心に今後愛好家が増えそうです。
※記事内の価格はすべて2019年10月現在のものです。
(提供:Wealth Lounge)
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