(本記事は、久慈直登の著書『ビジネスで使えるのは「友達の友達」』株式会社CCCメディアハウス2018年12月15日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
古いつながりから新しいアイデアが生まれる
新しい人間関係を築く難しさと、古い人間関係を復活させる気安さ。スコット・ハリソンは途上国に清潔な水を届けるNPO(非営利団体)を立ち上げる際に、その両方を経験した。そして、NPOの運営に革命を起こすきっかけになった斬新なアイデアは、休眠状態のつながりからもたらされた。
ハリソンはニュージャージーの敬虔なキリスト教徒の家庭で育ち、大都市に憧れてニューヨーク大学に進学。本人も認めるとおり理想的な大学生ではなく、派手なパーティーを仕切る勉強にいそしんだ。
卒業後はニューヨークのナイトクラブ業界でプロモーターとして働き、クラブやファッション誌、アルコール飲料メーカーのためにパーティーを企画した。仕事の評判は高く、パーティーだけでなくハリソン自身のスポンサーになる企業も出てきた。人の目につくところで特定のブランドの酒を飲み、特定のブランドの服を着てカネをもらう。近くにカメラがあれば、さりげなく商品のロゴやラベルを映り込ませた。次々に契約が舞い込み、一時はアドレス帳に1万5000人の名前が並んでいた。顔の広さとパーティーを仕切る才能でたっぷり儲けたが、一方でひどく惨めな思いを抱えていた。
「腕にロレックスをはめて、グランドピアノとアパートメントとラブラドール・レトリバーを手に入れた。そして、自分はなんてくだらないヤツなのかと気がついた」
人間として変わりたいと心から思ったハリソンは、奉仕の人生を追求しようと決めた。しかし、手当たり次第に慈善団体を訪ねたが、1カ所を除いてことごとく断られた。パーティー三昧だった経歴が敬遠されたのだろう。
彼は唯一受け入れてくれた「マーシー・シップ」の一員としてリベリアに向かった。マーシー・シップは世界でもとりわけ貧しい地域に医療船を派遣しているNPOで、ボランティアとして参加する医療の専門家が無料で治療や手術を行う。
「医療部門の責任者はロサンゼルスの外科医で、2週間のボランティアとして参加してから――23年がすぎていた」
ハリソンはフォトジャーナリストという肩書きで、現地の貧困と医療船がもたらす劇的な変化をカメラで記録した。生まれて初めて、貧困の深刻さを目の当たりにしたのだ。自分が売っていたウオッカのボトルより安い金額で、1年間暮らす家族もいた。8カ月の約束で船に乗り込んだが、結局2年間、マーシー・シップで活動した。
「私が目撃したあらゆる貧困は、根本的な原因は水だと思った。病気の8割は水のせいだ。地球上のあらゆる病気の80%は水と下水処理に問題があり、地球上で10億人は清潔な水が手に入らない」
ハリソンはこの状況を変えようと決意した――清潔な水を、必要としているすべての人に届けるのだ。ただでさえ壮大な目標なうえに、水問題に取り組む人々とのコネはまったくなかった。しかし彼は、慈善団体に片っ端からアプローチしては断られた教訓から、無理に新しい人脈を作ろうとするのではなく、休眠状態のつながりを復活させようと考えた。
「昔の人脈をうまくつなげることができれば、大きな機会が生まれると気がついた」
そこで、まずナイトクラブやファッション業界の知り合いに連絡を取った。大半の人とは、2年前にリベリアへ向かう船に乗って以来だった。ハリソンの休眠状態のつながりの種類から想像がつくとおり、彼が立ち上げたNPO「チャリティ・ウォーター」が最初に企画したプロジェクトはパーティーだった。自分の31歳の誕生パーティーだ。昔の仲間のツテで話題のナイトクラブを開業前に使えることになり、アドレス帳に載っていたほぼ全員を招待した。
「ナイトクラブに到着したゲストは、人々が汚れた水を飲んでいる画像の前を通って店内に入る。すると画像が掘削ドリルに切り替わり、さらにきれいな水を飲んでいる人々が映し出された」と、ハリソンは言う。「全員に入場料を払ってもらい、集まったお金は全額、ウガンダの(井戸掘削の)プロジェクトに使うと説明した」
パーティーには700人が集まり、物事が一気に進み始めた。ただし、彼らは寄付とはいえ、自分の払ったお金の使われ方を気にする人々だ。
「彼らは慈善活動に寄付をしているつもりはなかったから、その心に響くビジネスモデルが必要だった」
そこで、ウガンダで掘った井戸の写真をパーティーの参加者全員にメールで送信した。「半分の人はパーティーに行った記憶さえなかったが、写真に衝撃を受け、自分たちがもたらした変化に感動した」と、ハリソンは言う。
ハリソンの活動に興味を持ち、喜んで寄付してくれる人々の新しいコミュニティが生まれたが、彼らに従来の慈善活動のモデルは通用しない。そこでチャリティ・ウォーターは、個人からの寄付金は全額、途上国に清潔な水を届けるプロジェクトに使うことと、活動の進捗と寄付金がもたらした結果に関する情報をすべての寄付者に提供し続けるという原則を決めて、そのために銀行口座を2つ用意した。
1つは運営費用の口座で、少人数の寄付者からの資金を管理する。彼らは自分たちのお金が間接費に使われることに同意している。もう1つはプロジェクト用の口座で、大部分の個人寄付者からの資金を管理する。彼らは自分たちのお金がプロジェクトに直接、使われることを望んでいる。
似たような運営モデルを実践している慈善団体や財団はほかにもあるが、そのほぼすべてが、設立時に数人の大口寄付者からの贈与を受けていた。資産家ではない人がゼロから組織を立ち上げ、慈善信託のような仕組みでNPOを運営するという試みは、当時の慈善活動の世界ではほとんど例がなかった。
初めて飛び込んだ慈善活動の世界で真新しいネットワークを築こうとしていたら、そのようなモデルは思いつかなかっただろう。昔の弱いつながりが、新しい世界で独特のアイデアをもたらしたのだ。
ハリソンの古い人脈は、人々の関心を集める方法についても、従来の慈善活動とは違う視点をもたらした。チャリティ・ウォーターは設立当初から、広報活動においてストーリーテリングとデザインを重視している。いずれも、営利目的のファッションブランドの経営や、注目を集めるイベントの企画に必要な要素だ。
「次に仕掛けたのは、ニューヨーク市内の公園の乗っ取りだ」と、ハリソンは語る。
彼らは清潔な水へのアクセスを必要としている貧しい地域の窮状と奮闘をとらえた衝撃的な写真を選び、市内の公園で、汚れた池の水を詰めた大きなタンクに貼り付けた。通りがかった人々は、清潔な飲み水がない毎日がどのようなものか、自分の身に置き換えて想像せずにいられなかった。この展示を機に、ハリソンたちの活動は数万人の共感と数万ドルの寄付金を集めた。
さらに、チャリティ・ウォーターについてネットで調べる人も増えて、彼らの多くが「ファンドレイザー」として活動に参加するようになった。ハリソンの誕生パーティーから始まったチャリティ・ウォーターは、募金を考えている人々に、自分へのプレゼントの代わりに井戸採掘への寄付を呼びかけることを提案している。
参加者は募金集めのサイトを作成し、家族や友人、仕事仲間、そして――言うまでもなく――弱いつながりや休眠状態のつながりにも声をかける。誕生日キャンペーンは今も多くの資金を集めているが、金額以上に重要なのは、人々の関心を集めていることだ。友人から話を聞いた人が自分の友人に教えて、口コミが広まっていく。
著名な実業家やセレブも誕生日募金のサイトを開設し、ファンやSNSのフォロワーの間に一気に広まった。スケートボード界のレジェンド、トニー・ホークは44歳の誕生日に2万ドル以上を集め、ツイッターの共同創業者ジャック・ドーシーは33、34、35歳の誕生パーティーの代わりに併せて20万ドル近くを集めた。
チャリティ・ウォーターの知名度が高まるにつれて、誕生日キャンペーンも形を変えている。募金を機にチャリティ・ウォーターを知った人々が独自のアイデアを実行するようになった。
ある人は山に登り、ある人は英仏海峡を泳いで横断して、募金を呼びかけた。さらに、彼らに共感して寄付をした人々は、自分たちが選んだ取り組みの詳細を常に確認できる。サイトには集まった総額がリアルタイムで表示され、資金が使われたプロジェクトの説明や写真、位置情報が掲載される。
チャリティ・ウォーターが慈善活動に持ち込んだ革新と透明性は計り知れない。スコット・ハリソンが以前の経験をもとに休眠状態のつながりを復活させようとしなかったら、おそらく実現しなかっただろう。ナイトクラブ業界の友人のうち数人は、今もチャリティ・ウォーターに積極的に携わっている(最近はIT業界からの支持と彼らの影響力が最も大きいという) 。昔からの弱いつながりがなければ、かなり異なる道をたどっていただろう。
親密な近しいつながりだけで、新しい価値が生まれる可能性はあまりない。親密なつながりでアクセスできる情報の多くは、あなたが既に持っている情報と同じだからだ。
弱いつながりに関する研究や、ホワイトとフェティータ兄弟やスコット・ハリソンの経験が物語るように、私たちは自分の重要な財産を活用しそびれているのかもしれない。しばらく忘れていたつながりや、疎遠になっていたつながりは、予想外の機会に関する新しい情報や教訓をもたらす可能性が最も高い。さらに、個人のネットワークの中で、弱いつながりと休眠状態のつながりは、強いつながりよりはるかに多いだろう。
自分のネットワークの価値を最大限に高めたいなら、現在進行形の強いつながりだけに頼るのではなく、あらゆる種類のつながりを利用しなければならない。そして、新しい情報と機会をもたらすという意味では、弱いつながりと休眠状態のつながりのほうがはるかに強い。
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