(本記事は、久慈直登の著書『ビジネスで使えるのは「友達の友達」』株式会社CCCメディアハウス2018年12月15日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
平均を(はるかに)超えたネットワーク作り
人はみな同じ規模のネットワークを持っていると、私たちのほとんどは思い込んでいる。頭の中に留めておける人間関係は知れているから、ツテの数は誰しも同じくらいだろう。有力者とコネのある「幸運な人たち」もごく一部にいるが、彼らにしても友人知人の数はみなと変わらないはずだ……。
規格外に巨大なネットワークを持つスーパーコネクターを思い浮かべれば、今度はそういう連中の人づき合いは浅いに違いないと考えて、私たちの多くは溜飲を下げる。そして実際、そうした考え方には科学的根拠がある。
根拠を示したのは、オックスフォード大学の進化心理学者ロビン・ダンバー。90年代前半、ダンバーは霊長類の社会的つながりを研究していた。そして観察の結果、動物の群れの大きさは脳の大きさに左右されるという仮説を立てた。動物が社会化して別の個体と交流し、絆を育て、過去の交流を記憶するには知力がいる。その延長線上で考えるなら、動物がどれだけの交流関係を識別できるかは知力と相関するに違いない。そうであるならば、動物に識別できる交流関係は脳の大きさ、特に大脳新皮質に比例するのではないか。
ここからダンバーは、さらに別の結論を導き出した。大脳新皮質の大きさが霊長類の社会サークルの大きさを制限するならば、人間の場合も類推できるに違いない。
「人間の大脳新皮質の大きさはわかっているから、霊長類のグループの大きさと大脳新皮質の大きさの相関関係から人間に認知できるグループの大きさを推し量ることができる」と、ダンバーと共同研究者のラッセル・ヒルは書いた。
ダンバーは大脳新皮質の平均的なサイズを元に人間の情報処理能力と知力を計算し、ネットワーク内で関係を維持し、交流できる人の上限を150と割り出した。これが「ダンバー数」として知られるようになった。続いてダンバーはこの数字の根拠を社会グループの中に見出そうとした。部族社会に関する人類学の論文を読み、果ては1人の人間が毎年出すクリスマスカードの平均数まで研究した。
いずれの研究でも、平均はだいたい150前後だった。150というのはローマ帝国における軍隊の平均的な人員数であり、第1次大戦時の歩兵部隊に所属した兵士の平均的な数でもあった。平均値から大きく逸脱するケースも多いものの、現代のビジネス社会や軍隊でも1ユニットを150人前後とする傾向が強いこともわかった。
だがダンバー数には問題が2つある。第一に、ダンバーは主に人間ではないグループ(霊長類)を研究対象とした。また「150」はどう考えても正しい数字ではなく、これはさらに重大な問題だ。
2010年、コロンビア大学の博士課程で統計学を研究していたタイラー・マコーミックが率いる3人組は、脳の大きさの代わりにアンケートと統計的計算を使って、個人のネットワークの平均サイズを割り出そうとした。個人のネットワークの規模を測るのは難しい。あなたのネットワークの大きさはどれくらいですか、と聞くわけにはいかない。回答者のスマホを借りて、アドレス帳をスクロールすればいいというものでもない。
マコーミックの研究チームは被験者に具体的な内容の質問を投げかけることで、友人知人の数を正確に把握しようとした。1370人のアメリカ人を対象に、「マイケル」や「ジェニファー」といった特定の名前の知り合いが何人いるかを尋ねた。そんなふうに尋ねれば、被験者は特定の「マイケル」や「ジェニファー」を思い出す。得られた結果は、一般公開されている名前のデータと照らし合わせることができる(アメリカでは社会保障庁が、毎年新生児の名前を記録している)。そして統計的計算を行い、回答者それぞれのネットワークの大きさを推算する。
調査の結果、回答者のネットワークの平均値は611人と出た。数字だけを見ても、ダンバーの推算よりはるかに多い。だがデータにはさらに劇的な発見が隠れていた。ネットワークの構成者の「平均値」は611人だったが、「中央値」は472人だったのだ。
これは、統計学者にとっては見過ごせないギャップだ。ダンバーはネットワークの平均サイズを150人前後と推測し、データをグラフにすれば、正規分布になると予想した。正規分布のグラフでは、数値が上がっていって中央でピークに達し、そこからまた緩やかに下がっていく。
またデータが正規分布ならば、中央値は平均値に重なる。611人が平均値でデータが正規分布の曲線を描くなら、中央値も611人になるはずだ。だがマコーミックたちの導き出した結果はそうではなく、グラフの形は正規分布よりも、べき乗則に近かった。
べき乗則も分布の1つの形だ。だが描く線は釣鐘型ではなく、切り立った壁に似ている。高い数値から始まってすぐ、線は軸すれすれまですとんと落ちる。マコーミックのチームが導き出したのも、そんな分布図だった。大勢が600人前後のネットワークを持つ一方で、ごくひとにぎりの個人が桁外れに大きなネットワークを築いており、その超巨大ネットワークが、データの分布をべき乗則型に傾斜させているのだ。
べき乗則がネットワークを司ることを発見したのは、アルバート=ラズロ・バラバシとレカ・アルバートのコンビだった。90年代半ばから、2人は個人対個人とワールド・ワイド・ウェブ(WWW)のようなコンピューターネットワークの両面からネットワークを研究していた。するとわりと初期の段階で、WWW内のノードであるウェブサイトの一部に、ほかのウェブサイトに比べずば抜けて多くのリンクが張られていることに気づいた。
WWWが発達するにつれて一部のサイトはユーザーが好んで使うスタート地点となり、やがてそうしたサイトは平均よりもかなり高い頻度でアクセスされるようになった。さらにそうしたサイトの多くには、他のサイトへのリンクが豊富に貼られていた(初期のインターネットにおいてはYahoo.comやExcite.comが玄関口の役割を果たそうとし、他の多彩な情報提供型サイトとリンクしていた)。研究者にとって、リンクのパターンが正規分布ではなくべき乗則に従うことを予想するのは難しいことではなかった。
ならば同じ現象が、人間関係にも見られるのではないか。バラバシとアルバートは「ケビン・ベーコン数」のデータを使うことにした。ハリウッド俳優のネットワークを調べて彼らのつながりをグラフ化すると、ここにもべき乗則が出現した。平均的なサイズの人脈が存在する一方で、ごく少数の俳優は平均よりもはるかに大勢の同業者とつながっていた。またこの突出して顔の広い俳優たちは、スモールワールド現象を引き起こしていた。彼らは顔が広いだけでなく、ネットワーク内の同業者同士をより緊密に結びつけていたのだ。
桁外れに広い人脈を持ちつつ、その中にいる友人知人の橋渡しにも積極的なネットワーク内のキーパーソン(コンピューターネットワークの話ならば、ノード)が、やがてスーパーコネクターとして名を馳せる。
ブライアン・グレイザーを例にスーパーコネクターについて考えてみよう。プロデューサーの仕事には人脈がものを言う。最近のグレイザーは業界外でも多様な人々と交流しているが、ハリウッドきってのスーパーコネクターになることができたのは、駆け出しの頃、手当たり次第に業界人に声をかけたおかげだ。さまざまな集団の橋渡しをしてプロジェクトを束ねるのがプロデューサーの仕事だから、スーパーコネクターのグレイザーが〝スーパープロデューサー〞に成長したのは当然の流れだった。
だが顔の広さは、単にネットワークから利益を引き出すための手段ではない。既存のネットワーク内で新たに有益なコネクションを作り出すこともまた、スーパーコネクターへの道だ。
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