(本記事は、久慈直登の著書『ビジネスで使えるのは「友達の友達」』株式会社CCCメディアハウス2018年12月15日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
「優先的選択」を活用する
または、顔の広い人はなぜずっと顔が広いままなのか
スーパーコネクターとその広大なネットワークを見れば、自分にはとても無理だとため息をつきたくなるかもしれない。これだけのコネクションを築いて、しかも維持するにはおそろしく労力がかかりそうだ、と。
だがリサーチは驚くべき事実を浮き彫りにする。人脈が広がれば広がるほど、新しいコネクション作りは楽になるというのだ。今は価値あるネットワークを築くのが大変な苦労に思えても、いずれは苦もなく人脈を広げられるようになる。
お話があります――。起業家ジェイソン・ゲイナールの元に、ある日銀行から電話があった。「お話」というのは融資の回収の件で、直ちに全額を返済しろという。乗り越えられない問題ではなかった。会社の資金繰りは上手くいっていたから、全額返済は可能だ。
だが次の電話にはさすがに青ざめた。
ゲイナールがオンタリオ州トロントで最初に立ち上げたのは、地域の富裕層をターゲットとしたコンシェルジュ・サービス会社だった。
「法的・道義的に問題がなく、顧客にとって時間の節約になることならば、何でも引き受けた」と、ゲイナールは振り返る。
ときには違法すれすれの要望にも応え、そうこうするうちに、コンサートチケットの手配の依頼が特に多くなった。レストランの予約やコンサートチケットの確保はホテルのコンシェルジュの通常業務で、無理な頼みではない。チケット手配の需要は伸び続け、会社がカナダで第2位のプレイガイドに成長したところで、ゲイナールは「チケット・カナダ」と社名を変更した。
チケット・カナダは年に約600万ドルの収益を上げ、商売は順調だったが、ゲイナールの心は満たされなかった。世界を変えているという手応えが欲しかった。そこでチケット・カナダを売ることにしたのだが、自分がいなくても会社が回るようなシステムを構築するには1年の準備期間が必要だった。銀行に融資の返済を求められたのも、うれしい話ではなかった。
そこへ次の電話が来た。今度の相手はクレジットカードの決済代行サービス会社だった。支払いはクレジットカード決済が主なので、支払拒否や無効手続きのリスクは常にある。ゲイナールの会社はプレイガイドにしては支払拒否の記録が少なかったが、決済代行サービス会社はそれでもリスクが高いと判断し、支払拒否に備えてクレジットカードによる収益を向こう6カ月間全額預かると通達してきたのだ。たった1本の電話でキャッシュフローは止まったも同然だった。どうにか事業を続けようとゲイナールは25万ドルの融資を受けたが、収益が決済代行サービス会社から戻ってくるのを待つ間に、会社は事実上倒産した。
いちから出直すしかなかった。友人知人はゲイナールを疫病神扱いし、やがて留守電にメッセージを残しても、電話を返してくれなくなった。もはや「人脈」など存在しなかった。
友人知人の全員がゲイナールを見限った。ビジネスのみならずネットワークも、ゼロから建て直さなければならなくなった。
そんなある日「ニューヨークでマーケティングの第一人者セス・ゴーディンのセミナーに出た」と、ゲイナールは回想する。余っていたチケットを人にもらったのだ。
「ゴーディンはソーントン・メイという男の話をした。かいつまんで話せば、こんな感じだ。IT企業のビジネス開発部にいたメイは、CIO(最高情報責任者)同士のつながりが薄いことに気づいた。そこであちこちの都市を訪ねてCIOの交流会を催した。最初は何のメリットもなかったが、やがてメイがイベント主催者として知られるようになると、CIOたちから仕事が舞い込んだ」
ふたたび人脈を築きビジネスのアイデアを得る上で、この戦略は使えるかもしれない。そうひらめいたゲイナールは、夕食会を企画した。単純な思いつきだった。起業家はビジネス界で最も孤独な生き物だと、つねづねゲイナールは考えていた。友達がいないわけではないが、同業者と交流する機会には滅多に恵まれない。食事会を開くことで、そんな現状を変えられるかもしれない。
ただし、問題が1つあった。ゲイナール自身に起業家とのつき合いがなかったのだ。それまでのゲイナールはプレイガイド会社を築き上げるのに忙しく、同業者との交流はそっちのけだった。さいわい参考になりそうなリストがあった。毎年カナダでは、国内で最も成長著しい500社をカナディアン・ビジネス誌が「プロフィット500」として選出する。ゲイナールはリストの中から家が近い起業家に片っ端から電話をかけて、食事会を売り込んだ。
「プロフィット500の起業家を集めて食事会をします。興味があったらご連絡ください」
何人に声をかけたかは覚えていないが、最初の食事会には8人が参加した。こうしてゲイナールの企画は勢いに乗ったのだが、実をいえばもう少しでチャンスをふいにするところだった。
「開始の2時間前に、本気でドタキャンを考えた。誰も出席した甲斐があったと満足してくれなかったらどうしよう、時間の無駄だと後悔されたらどうしようと思うと、こわくてたまらなかった」
ここで失敗したら、一度ならず二度までも負け犬のらく印を押されることになる。だが杞憂だった。ゲストが顔を揃えた瞬間から会話は一度も途切れず、食事会は大成功に終わった。
こうしてゲイナールはクラスタをいちから作り、食事会に出た起業家たちは苦労話やアドバイスを共有できる小さなサークルの意義をすぐに理解した。
続く数回の食事会も成功に終わり、ゲイナールの「マスターマインド・ディナー」の評判は口コミで広まった。参加希望者が急増し、ネットワークも広がった。参加者が新しい参加者を紹介し、ゲイナールもこれはと思う起業家に飛びこみで電話をかけた。だがその一方でゲイナールは、自分のネットワークのみならず起業家のネットワークをよりスピーディーに拡大する方法を模索していた。
それに、食事会には金がかかった。食事代は主催者が負担することになっていたが、ゲイナールはいまだ借金を抱える身で、収入が入るめどは立っていなかった。
「妻と娘と3人、アメックスのギフトカードでどうにか食いつないだ」。だが我慢するだけの価値はあると、ゲイナールは確信していた。「銀行は車を差し押さえるかもしれない。資産を持っていくかもしれない。だが人脈を取り上げることはできない」
いずれネットワーク内の人間関係からビジネスチャンスが舞い込むだろうと、ゲイナールは考えた。ネットワーク自体がビジネスチャンスになろうとは、まだ知る由もなかった。
千載一遇のチャンスが降って湧いたのは2013年、マスターマインド・ディナーが一段落した頃のことだった。滅多に公の場で話をしないあるビジネス書のベストセラー作家が、新著を4000部まとめて買い取ってくれるイベントプランナーがいるなら、セミナーで講演してもいいと発言したのだ。だが作家は契約の成立を急いでおり、セミナーは早い者勝ちだった。
新たに築いたネットワークの中に、1人興味を持ちそうな起業家がいたが、彼に連絡を取っているうちに誰かに先を越されてしまうかもしれない。焦ったゲイナールはすぐに作家にメールを書いて、契約をものにした。あとは新著4000部の代金8万4000ドルをどう工面するかだ。
ネットワークの顔ぶれを思い浮かべると、本とセミナーへの投資に興味を持ちそうな起業家が3人いた。しかし、ゲイナールに具体的な数字や計画が提示できなかったため、1人目には断られた。2人目は興味を示したが、単発のセミナーでは先の展開が見こめないと言って断った。だが3人目で運が向いた。起業家はゲイナールのプレゼンテーションに真剣に耳を傾けた上で、こう応えた。
「明日オフィスに小切手を取りに来てくれ」
契約書も返済期限もなしに、起業家は口約束で資金を提供してくれた。おかげで資金が揃い、本も届いた。ゲイナールはセミナーをマスターマインド・ディナー改め「マスターマインド・トーク」と名づけた。アイデアはシンプルだ。10人規模食事会を発展させる形で、100人ほどの起業家を招待し、食事会と同じレベルの人脈作りと意見交換の場を提供する。マスターマインド・トークは大成功を収めた。起業家同士のネットワークが強化されただけでなく、セミナーを企画し実施したゲイナール自身のネットワークも飛躍的に広がった。
今では毎年恒例の人気イベントだ。参加者の上限は150名で、そのうち翌年も参加を許可されるのは、75〜80%のみ。残りの20〜25%は新しいメンバーに席を譲ることを求められる。この入れ替え制のおかげで、ゲイナールのネットワーク構築はさらに加速化した。
「新しいメンバーの大多数は、前の参加者に推薦されて参加する」と、ゲイナールは言う。参加者が次の参加者を連れてくるので、メンバーが1人増えるたびにネットワークは2倍3倍に広がった。
ジェイソン・ゲイナールは最初からスーパーコネクターだったわけではない。スーパーコネクターと呼ばれることも好きではない。それでも今はスーパーコネクターに相応しいネットワークを持ち、アドレス帳に登録された連絡先は数万件。誰も電話を返してくれなかった時期を思えば、隔世の感がある。
マスターマインド・トークが回を重ねるごとに、ネットワークは放っておいてもどんどん大きくなる。今のゲイナールは積極的に新しい知人を増やすより、ネットワークの整理と強化に力を入れ、交友関係のクオリティーを高めることに力を入れている。要は量より質だ。
「再出発して最初の2、3年は自分からガンガン攻めていった。いろいろなコミュニティに参加し、交流会に行き、できることは何でもやって人脈を作ろうとした。だが今はマスターマインド・トークへの需要が高まり参加者が次の参加者を推薦してくれるので、ネットワークはなにもしなくても急速に有機的に広がっていく。だから今はネットワークを刈り込み、一部の人との関係を深めて自分の周囲に最高のコミュニティを作ることに主眼を置いている」
ゲイナールがコミュニティ作りに専心するようになったのは、スーパーコネクターになる過程で人間関係の大切さを痛感したからだ。最初のセミナーが盛況のうちに終わって8万4000ドルを返済する際、ゲイナールは貸し主に尋ねた。
「あの頃の僕には25万ドルの借金がありました。僕ほど期待できない投資先はいなかった。なぜ資金を用立ててくれたんです?」
起業家の答えはシンプルだった。彼はビジネスチャンスではなく、ゲイナールに投資したのだ。
「その瞬間、2つのことがクリアになった。人はそれが必要になるまで自分のネットワークの価値を知らない、というのが1つ。そして2つ目は落ちるところまで落ちたとき、最後に残るのは信頼と人間関係だということ」
さらにゲイナールの体験は、人脈とコミュニティについて意外な真実を浮き彫りにする。すなわち、ネットワークの拡大と維持はネットワークが大きくなるにつれて楽になるということを。ネットワークが広がり、コネクションが増えるのと比例して、人との出会いはよりスムーズになる。場数を踏んだからというより、向こうから人が寄ってくるからだ。この現象を社会学では優先的選択と呼ぶ。顔が広い人がずっと顔が広いままでいる理由も、ネットワーク作りが次第に楽になる理由も、この優先的選択が説明してくれる。
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