(本記事は、久慈直登の著書『ビジネスで使えるのは「友達の友達」』株式会社CCCメディアハウス2018年12月15日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

ネットワークを総動員してチームを作る

または、最強のチームはなぜ短期間で解散するのか

友情
(画像=Jacob Lund/Shutterstock.com)

クラスタやコラボレーションの重要性はわかった。となれば、長年力を合わせて何度も結果を出してきたチームこそが最強のチームだと思いたくなるが、リサーチから浮かび上がるのは異なる教訓だ。チームは一定期間だけ共に仕事に取り組んで解散するからこそ、大きな成功を収められる。広いネットワークのなかで1つの緊密なチームにずっと所属するよりも、広く浅いネットワークで臨時のチームをいくつも作るほうが、成功には結びつくという。

2005年のある夏の日、シリコンバレーのとある家の裏庭で数人がバーベキューを楽しんだ。あの日、そうしたバーベキューパーティーは、アメリカ全土でそれこそごまんと開かれていたことだろう。しかしながら、このバーベキューがやがて歴史を変える。テクノロジー史を塗り替え、人々がオンラインで交流する方法を一変させることになる。

パーティーで、当時10歳年上のキース・ラボイスに見せた。ラボイスはその出来映えに感心し、友人でベンチ26歳だったプログラマーのジョード・カリムは作成中のウェブサイトを10歳年上のキース・ラボイスに見せた。ラボイスはその出来映えに感心し、友人でベンチャーキャピタル会社セコイア・キャピタルの共同経営者だったローロフ・ボタにサイトの話をした。

ボタもウェブサイトに感心し、カリムらサイトの関係者と会うことにした。数カ月してセコイアは、この新しいウェブサイトに350万ドルを投資。既に1日800万人が訪れていたサイトは数週間後、公式にサービスを開始した。

サイトは飛躍的に成長した。セコイアから投資を受けて1年後には検索エンジン最大手のグーグルが飛びつき、165億ドルで買収した。その後もくだんのサイト――YouTube――の躍進はとどまるところを知らず、世界で2番目に訪問者数の多いサイトにまで成長した。裏庭のバーベキューからたった8カ月で、カリムとその仲間たちは、YouTubeをデモ版のサイトからグーグルに165億ドルで買収される企業へと導いたのだ。

言うまでもなくセコイアのバックアップがあってこその成功だが、セコイアもまた投資で大いに潤った。現実離れしたおとぎ話に聞こえるが、小さなアイデアが巨額の投資を受けたケース、単なる思いつきが2年もしないで評価額数億ドルの企業に化けた例はこれだけではない。少人数のバーベキューパーティーが予想もしない飛躍のチャンスとなった会社は、YouTube以外にもある。

というよりマフィアの集うところ、こうした展開は珍しくもない。マフィアといってもその手のマフィアではなく――ペイパル・マフィアだ。

キース・ラボイスとローロフ・ボタ、そしてYouTubeを共同設立したカリム、スティーブ・チェン、チャド・ハーリーには共通点がある。みな02年に15億ドルでeBayに買収される以前のペイパルで働いていたのだ。だがペイパル・マフィアはこれで全員どころか、半数ですらない。

ピーター・ティール、イーロン・マスク、リード・ホフマン、アンドリュー・マコーマック、デービッド・サックス、ケン・ハウリー、マックス・レブチンにラッセル・シモンズのほか、メンバーは100人以上いる(正確なメンバー数に関しては議論が分かれるが、元ペイパルCEOのピーター・ティールは約220名と推定している) 。 「マフィア」のニックネームは07年にフォーブス誌の記事で使われ定着したが、その前からシリコンバレーではささやかれていた。

リンクトイン、Yelp!、Kiva、パランティア・テクノロジーズ、スライド、フリッカー、ディグ、Mozilla、テスラ、スペースXにあのフェイスブックまで、マフィアの面々が起業あるいは出資した多くの会社が有名企業に成長した。ペイパル・マフィアの驚くべきサクセスストーリーはネットワークがいかに個人のキャリアのみならず業界全体を劇的に変えうるかを、浮き彫りにしている。

その名の通り、彼らの出発点はペイパルだ。マックス・レブチン、ルーク・ノゼック、ピーター・ティールの3人はペイパル(最初は「コンフィニティ」を名乗っていた)を立ち上げ、パーム・パイロットなどのPDA端末を使って個人間の電子決済を行うサービスを始めた。創業時より3人は自分のネットワークからスタッフを採用し、みなが絆を感じられる会社作りを目指した。スタンフォード大学(ティールの母校)とイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(レブチンの母校)の出身者が多いのはそのためだ。

「友達だけでなく、いい友達になれそうだと思える人材を雇った」とティールは振り返っている。

数年後、ペイパルは電子メールを使った電子決済サービスに舵を切り、決済パートナーとしてオークションサイトのeBayと提携し、大成功を収めた。だがピアツーピアの電子決済サービスへの進出を急いでいるのはペイパルだけではなかった。

2001年、ペイパルはイーロン・マスクのX.comと統合した。X.comはイーロン・マスクが預貯金だけでなく老後の資金や投資までを一元管理できる包括的金融ポータルを構想し、最初に立ち上げた会社Zip2を売却した金で興したスタートアップだった。ポータルには電子送金サービスも含まれていたから、ほどなくしてX.comとペイパルは競合するより協力したほうが利口だと気づいて統合に踏み切った。合併前の一時期、両社が同じ施設内にオフィスを借りており、ペイパルが引っ越した後、X.comがその物件に入居したのは運命のいたずらだろう。

だが急成長があだとなったのか、行く手には荒波が待ち受けていた。ペイパルは政府の取締官と戦い、クレジットカード業界と戦い、詐欺師や泥棒を撃退し、果ては最大の取引先であるeBayとも衝突した。内輪もめもあった。CEOの座をめぐり、争奪戦も起きた。合併直後にCEOに就任したビル・ハリスはマスクと戦略に関する意見が合わず、すぐに辞任した。ハリスに代わってCEOの座に着いたマスクは理事会とテクノロジーをめぐって対立し解任され、結局、ピーター・ティールが後任に決まった。

しかしやがて意外なところから敵が現れると、内輪もめどころではなくなった。eBayが送金会社を買収し、ペイパルをプラットフォームから追い出しにかかったのだ。ペイパルは商品のクオリティを上げ、eBayユーザーの支持を集めることで反撃に出た。02年6月のeBayのユーザー向けコンベンションでパーティーを開き、ペイパルのロゴが入った青いシャツを配った。コンベンション会場を覆いつくす青いシャツの海を見て、eBayの幹部も過ちに気づいたにちがいない。1カ月後、eBayはペイパルの買収を発表した。

買収でペイパル社員は経済的に潤ったものの、いかんせん社風が合わなかった。今日ほどスタートアップ神話が浸透していなかった90年代から00年代前半にかけて、ペイパルはシリコンバレーのはみ出し者だった。後年シリコンバレーは「素速く動いて、破壊せよ」的なイデオロギーで知られることになるのだが、それはまだ先の話。ペイパルはこうした企業文化の先駆けだった。片や当時のeBayはベテラン経営陣が采配を振るう大企業だ。ペイパル族の目にeBayの社風は息の詰まる官僚主義と映り、これは長居できそうにないとそわそわし始めた。

創業時からのスタッフが次々と抜け、やがて200名あまりいたスタッフの半数近くが会社を辞めた。創業時にいた50人のうち、買収の4年後までペイパルに残っていたのはわずか12人だった。

「誰もが希望を失っているときに新商品を爆発的にヒットさせられる人材、テクニックを身につけ起業家精神にあふれた革新的な人材が、ペイパルから大量に流出した」とペイパルの元COO、デービッド・サックスは振り返る。

サックスの言う〝爆発的なヒット〞を彼らは連発した。ピーター・ティールはペイパルの株を売却してヘッジファンド、クラリウム・キャピタルを設立し、ここに元ペイパルのアンドリュー・マコーマックとケン・ハウリーが合流した。ティールはまた発足間もないフェイスブックにとって初の外部投資家となり、ペイパルの同僚だったリード・ホフマンをフェイスブックの経営に巻き込んだ。

ホフマンが後にフェイスブックを辞めてビジネス特化型SNSのリンクトインを立ち上げたときは、ラボイスとティールが出資した。このリンクトインに事務所を提供したのも、ペイパル・マフィアのメンバーだった。ペイパルの持ち株を売却して電気自動車メーカーのテスラと宇宙開発企業スペースXを設立したイーロン・マスクも、マフィアの発想力と資金力を頼りにした。コスト効率のいい宇宙ロケットの開発を目指したマスクが3回続けて打ち上げに失敗し、資金が底をついたとき、研究費を援助したのもペイパルの元社員だ。

こうしたスタートアップ企業が固い絆で結ばれたのは、ペイパル時代の友情が残っていたせいもある。だが絆を劇的に強化した要因は経済だ。ペイパル・マフィアのメンバーがeBayを辞めてフリーになった2000年代初頭、テック系スタートアップにはほとんど金が流れなかった。

「誰も投資しなかった」と、ラボイスは言う。「金を出してくれたのはリード(・ホフマン)とピーター(・ティール)とあと数人だけ。セコイアもある程度、投資していた」

ペイパル・マフィアは金の流れをコントロールし、さらに概念を形作った。メンバーのそれぞれが新会社を立ち上げそこに新たなスタッフが加わることで、ペイパル・マフィアの哲学と文化が広まっていった。経営には手を出さず資金を提供しただけの会社にも、その影響は色濃く残った。関わるベンチャービジネスの1つひとつにペイパル・マフィアが残した足跡が、今日のシリコンバレーの文化と精神の土台の一部となった。数十億ドル規模の企業を次々誕生させたのだから、その足跡にはポジティブな力があったと見て差し支えないだろう。要はeBayからはじき出されたはみ出し者の群れがネットワーク内の中心的ノードとなり、驚異のイノベーションを引き起こしたのだ。

だが友情と財力だけで、ペイパル・マフィアの成功は説明できない。ネットワーク内の効果的な交流のあり方を調査した最近の研究によれば、ペイパル・マフィアの成功のカギはその独特なコラボレーションの形にあったようだ。

ビジネスで使えるのは「友達の友達」
David Burkus(デビッド・バーカス)
オーラル・ロバーツ大学経営学部准教授。専門はリーダーシップ、 イ ノ ベ ー シ ョ ン。2015年、経営思想家ランキング 「Thinkers50」で、ビジネスの未来を形作る可能性が最も大きい新進思想リーダーの1人に選出。「Fortune 500」などさまざまな企業からリーダー向け講演の依頼を受けている。「ハーバード・ビジネス・レビュー」に定期的に寄稿しているほか、TEDトークは190万回以上見られている人気スピーカー。ポッドキャストでも受賞している。著書に『どうしてあの人はクリエイティブなのか? ― 創造性と革新性のある未来を手に入れるための本』(ビー・エヌ・エヌ新社、2014年)、『Under New Management』などがある。

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