(本記事は、タイラー・コーエン氏(著)、池村千秋(訳)の著書『大分断──格差と停滞を生んだ「現状満足階級」の実像』NTT出版社の中から一部を抜粋・編集しています)

所得による分断

分断
(画像=Andrii Yalanskyi/Shutterstock.com)

さまざまな側面での分断についてデータに基づいて検討する。具体的には、所得、教育、社会階層、そして人種による分断の現状について見ていく。個々の側面ごとの違いはあるが、基本的な状況は、どの側面もおおむね共通しているように見える。

アメリカの多くの地域では、所得、教育、社会階層、人種、そして全般的な雰囲気が異なる人たちの混ざり合いが昔より少なくなっている。1990年代以降、この点で多くの好ましくないトレンドが進行してきた。

経済的要因により新たな分断が生まれているように見えるかもしれないが、その根底にはマッチングの文化と停止状態の文化がある。マッチングの文化とは、金持ち同士、教育レベルの高い人同士が結びつく傾向のこと。停止状態の文化とは、1950年代や60年代はもとより、90年代よりも経済の変化が減速している状況のことだ。

人種や社会階層に基づく憎悪が完全に消えたとは言わないが、それは今日の社会的分断を生んでいる直接的な要因ではない。分断を生んだ要因は、富裕層が教育レベルや社会階層や所得水準の面で自分と似た人とだけ関わって生きる能力を高めていること、そして、そのような状況を幸せに感じ、少なくともそれに満足するようになったことだ。

まず、所得による分断から見ていこう。今日の社会的分断のなかでは、これが最も観察しやすい。低所得層の経済力が乏しく、環境の良好な地区に住めない状況は、ほかの側面で分断が生まれる原因になっている場合もある。

今日のアメリカでは、どれだけ金をもっているか、言い換えれば何を買うことができるかによって、人の意思決定が左右される面が大きいからだ。

所得による分断は、1970年頃から急激に拡大しはじめた。1990年代にはいくらか落ち着いたが、2000年から07年にかけてそのペースがいっそう加速した。1970年の時点で、明白に「貧困」もしくは「裕福」な地区で暮らす世帯は、全体の約15%にすぎなかった。2007年には、その割合が31%に達している。

公立学校で給食費を免除される子どもが特定の学区に集中する傾向も強まっている。中流層が縮小し、「金持ち」と「貧乏人」に二極化して両者が交わらない社会が出現した。住む場所が所得といっそう強く結びつく時代になったのである。この点は、大都市の賃貸住宅の広告を読めばすぐにわかる。

2000年から07年にかけて、アフリカ系と中南米系の間ではとくに、異なる所得階層の人たちと同じ地区に住んでいる人の割合が急激に減少した。さまざまな所得階層が混ざり合う地区で暮らす世帯の割合は、白人よりも極立って小さい。その結果、アフリカ系と中南米系の貧困層は、質の高い学校や治安の良好な環境など、高所得層への移行を後押ししてくれる要素との接点が減ってしまった。

アフリカ系と中南米系の人たちが環境の好ましい地区から締め出されたヴィーナとフェアファックスは、そのわかりやすい例だ。彼らは、異なる所得階層の人たちと接することの恩恵が誰よりも大きいはずなのに、その機会を奪われている。この場合も、それはあからさまな人種差別や偏見によるものではなく、おおむね社会の構造的な問題(とくに、再開発による家賃相場の高騰)が原因だ。

今日のアメリカで、所得による分断が甚だしい都市はどこか?最上位の4都市には、北東部の都市が名を連ねる。トップは、コネティカット州のブリッジポート・スタンフォード・ノーウォーク大都市圏。そのあとに、ニューヨーク、フィラデルフィア、ニューアークと続く。これらは、アムトラック(全米鉄道旅客公社)の同じ路線沿いの都市だ。

5位以下は特定の地域に集中していないが、上位14都市のなかにテキサス州の都市が4つ入っている(ちなみに、そのなかにオースティンは含まれているが、エルパソは含まれていない)。2000年から07年に分断が最も強まったのは、デトロイト大都市圏だ(中流層が大量に流出したことが原因だった可能性があるが、再開発による高級化がいくらか進んでいるため、ある程度は中流層が戻ってくるかもしれない)。

ここに挙げた都市では、異なる所得階層が混ざり合うことがきわめて少ない。

注目すべきなのは、所得レベルと教育レベルによる分断が最も際立っている10都市を見た場合、そのなかに、テキサス州の4つの大都市圏が含まれていることだ。そのテキサス州に人口が大量に流入しているという事実を考えると、多くのアメリカ人は、(どのくらい明確に自覚しているかはともかく)分断の進んだ都市に住むことを選択していると言えるだろう。

分断が甚しい地域に人口が流入している場合が多く、その意味で「分断モデル」は多くの地域で市場テストに合格しているとみなせる。分断された地域が避けられていれば心強いのだが、人口移動の実態を見る限り、そのような傾向は見られない。ここでもやはり、誰かが意図しているわけではないのに、ある種の分断が進んでいる。

教育と文化による分断

所得以外の側面はどうか?ほかの側面でも、一人ひとりの選択が積み重なった結果として、異なる層の混ざり合いが減っているのか?アメリカの社会的分断は、所得の面だけで起きているわけではない(ただし、ほかの分断の背景に経済的要因があるケースは多い)。教育と社会階層の面でも、分断が目立つようになっている。

教育と社会階層、さらには人種など、さまざまな側面で分断が際立っている都市は、都市研究者のリチャード・フロリダとシャーロッタ・メランダーが言う「ハイテク・知識基盤大都市」である場合が多い。ここにも現状満足階級の台頭が影響している。

ある土地でどのくらい社会階層が混ざり合っているかは、たとえば勤労者階級と非勤労者階級の分断の度合いを見ればわかる。

この点で最も分断が小さい都市は、ハートフォード(コネティカット州)、プロビデンス(ロードアイランド州)、バッファロー(ニューヨーク州)、バージニアビーチ(バージニア州)、オーランド(フロリダ州)、ミルウォーキー(ウィスコンシン州)、ニューオーリンズ(ルイジアナ州)、ロチェスター(ニューヨーク州)、ラスベガス(ネバダ州)、シンシナティ(オハイオ州)という順になっている。

このリストには、「オールド・アメリカ」、すなわち製造業の中心地だった都市が多く含まれている。

続いて、勤労者階級と非勤労者階級の分断が最も激しい大都市がどこかを見てみよう。こちらのリストの上位は、ロサンゼルス(カリフォルニア州)、オースティン(テキサス州)、ダラス・フォートワース大都市圏(テキサス州)、ワシントンDCという順だ。

このあとに、ローリー(ノースカロライナ州)、サンフランシスコ(カリフォルニア州)、サンノゼ(カリフォルニア州)、ヒューストン(テキサス州)、シャーロット(ノースカロライナ州)、コロンバス(オハイオ州)と続く。これらの地域には未来がある。

いずれも、航空会社の機内誌で旅行先や移住先として絶賛されている都市だ。このような都市に住みたいと考える人は多く(懐事情に照らしてそれが可能ならば、の話だが)、住民の幸福感も高い。

大都市圏だけでなく、大きな都市すべてを含めると、勤労者階級と非勤労者階級の分断が激しい5都市に、ダーラム・チャペルヒル大都市圏(ノースカロライナ州)、ブルーミントン(インディアナ州)、アナーバー(ミシガン州)という3つの大学都市が入ってくる。これらの都市でも、現状満足階級が自分と似た人たちと寄り集まって生活している。

地元に大きな大学がある都市は、ITやバイオテクノロジーに精通した知識労働者、高技能労働者、創造性豊かな人たち、成功を目指して奮闘している人たちが多い。そのような人が大勢いる都市ほど、教育と社会階層による居住地の分断が生まれやすいことがわかっている。

前出のフロリダとメランダーの研究によれば、ハイテク産業が盛んで、創造性が求められる職に就く「クリエイティブ階級」と大学卒業者が多い都市ほど、人種による分断が際立っている。同性愛者や外国人が比較的多い都市(たとえばサンフランシスコ)、そして住民のほとんどが白人の都市でも、居住地の分断が見られる場合が多い。

サンフランシスコでは、2LDKの家賃の中央値が5000ドルを突破した。ほとんどの住民は、サンフランシスコに住み続けることの経済的負担が非常に重いと感じはじめている。中上流層の住民も例外ではない。このような状況の下、貧困層が住める地区は減る一方だ。

貧困層や中流層の間では、家賃相場の高騰を招いたテクノロジー企業に対する抗議活動まで発生している。近隣のシリコンバレーに目を転じると、イースト・パロアルトの一帯は1990年代までスラム地区のように思われていたが、いまは何百万ドルもするコテージやバンガローが売りに出されている。

人種的なマイノリティや教育レベルが低い層、そして勤労者階級が締め出されている都市は、社会的分断が進んでいることを別にすれば、「トレンディな都市」の条件を備えている場合が多い。ニューヨーク市ブルックリン区のパークスロープ地区やミシガン州アナーバーの住民は、階層による居住地の分断を道徳的に好ましくないと感じていて、自分たちの地元でそのような現象が起きていると言われればショックを受けるだろうが、それでも分断は進む。

しかも、そのペースは加速していく。この潮流に終止符を打ちたいと本気で思っている住民がほとんどいないからだ。少なくとも、環境のいい地区に(とくに子どもにとって好ましい地区に)住む経済力があるのに、あえて環境の悪い地区に住むほど、この問題の解決を重視する人はいない。

クリエイティブ階級がほかの層と混ざり合っている都市があるとしても、それは規模の大きな都市ではなく、比較的小さな都市の場合が多い。そのため、そのような都市が社会全体に及ぼす影響は限られている。

この側面で最も分断が小さい都市は、人口4万人に満たないミネソタ州マンケートだ。オンライン百科事典のウィキペディアによると、最大の雇用主は世界的な医療機関であるメイヨー・クリニックだという。生活の質が高いことで知られており、2004年にはグリーティングカード大手のホールマーク・カーズにより、全米で最も愉快な都市に選ばれている。

マンケートに次ぐのは、ルイストン・オーバーン大都市圏(メーン州)、そのあとは、セントクラウド(ミネソタ州)、ジョプリン(ミズーリ州)、ローム(ジョージア州)と続く。これらの都市は、アメリカ全体の社会的・文化的潮流に大きな影響を及ぼしていない。居住地の分断が進んでいる都市のほうが多いからだ。

マンケートのような都市をけなすつもりはない。しかし、このような都市がアメリカの未来を先取りしているとは思えないし、やがてアメリカ屈指のクリエイティブな都市になるとも思えない。

未来のアメリカというより、古いアメリカの一部という性格が強い。いくつかのサービス産業が成功しているおかげで経済的に繁栄し、質の高い公共サービスを維持できているにすぎない。

要するに、多様な集団が混ざり合って生活し、社会的・経済的な統合が進んでいる都市は、アメリカの未来を映し出しているようには見えないのだ。

次に、教育レベルによる分断を見てみよう。これも社会階層による分断の一側面と位置づけられる。高卒以上の人と非高卒者の居住地が分断されていない大都市圏のリストには、オールド・アメリカの都市がずらりと並ぶ。その多くは、製造業と古い交通・輸送システム(河川や運河、湖など)に依存してきた都市だ。

リストの1位はピッツバーグ(ペンシルベニア州)、そのあとにルイビル(ケンタッキー州)、バッファロー(ニューヨーク州)、セントルイス(ミズーリ州)、ニューオーリンズ(ミシシッピ州)、シンシナティ(オハイオ州)と続く。

これらの都市は分断が比較的小さいが、アメリカ全体の状況はもっと深刻と考えていいだろう。さまざまな集団が混ざり合って生活しているオールド・アメリカは、次第に縮小しているからだ。

このような分断を加速させているのは、誰なのか?データを見ると、富裕層と教育レベルの高い層は、自分と同じ層の人が多い土地で暮らしたがる場合が多い。また、民主党員は共和党員よりも、自分と同じ政治的志向の人と固まって生きている。

民主党員のほうが都会暮らしを好むこともその一因だろうし、都市での生活が人を民主党支持に傾かせている可能性もある。職種の面では、クリエイティブ階級は勤労者階級に比べて、同類の人と寄り集まって生活する傾向がある。

皮肉なのは、このようなタイプの人たちほど、社会の不平等を問題視し、社会の分断に不満を述べていることだ。この人たちは徹底した自己選択により、口で言っていることとはまったく異なる居住地選択をしている。

その結果、富裕層と教育レベルの高い層は、表面的には進歩主義の政治的志向をもっていても、自分たちと異なる層の現実が見えていない可能性がある。高所得層は、さまざまな所得階層が住む地区で暮らしていない人が多い。

そのため、社会の問題を直感的に理解できず、ほかの所得階層の人たちがどのような不満をいだいているか認識できないのかもしれない。

居住地の分断は、いまに始まったことではない。その傾向は、40年ほど前からデータにはっきりあらわれていた。しかし、今日はそれが極限に達し、政治にも影響が及びはじめている。ドナルド・トランプ大統領の誕生もその影響の1つだ。

エリート層の政治評論家のなかに、2016年のアメリカ大統領選でトランプが勝つと予見していた人はほとんどいなかった。共和党支持層の間でトランプが人気を集めていることは世論調査で明らかだったのに、評論家たちはそれを黙殺していた。

大分断──格差と停滞を生んだ「現状満足階級」の実像
タイラー・コーエン(Tyler Cowen)
米国ジョージ・メイソン大学経済学教授・同大学マルカタスセンター所長。ハーバード大学にて経済学博士号取得。「世界に最も影響を与える経済学者の一人」(英エコノミスト誌)。人気経済学ブログ「Marginal Revolution」、オンライン教育プロジェクト「MRUniversity」を運営するなど、最も発信力のある経済学者として知られる。
池村千秋(いけむら・ちあき)
翻訳家。訳書にコーエン『大停滞』『大格差』、ボネット『WORKDESIGN』(以上、NTT出版)、モレッティ『年収は「住むところ」で決まる』(プレジデント社)、グラットン+スコット『LIFE SHIFT』(東洋経済新報社)他多数。

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