(本記事は、タイラー・コーエン氏(著)、池村千秋(訳)の著書『大分断──格差と停滞を生んだ「現状満足階級」の実像』NTT出版の中から一部を抜粋・編集しています)

ネットがもたらす完璧な出会い

マッチングサービス
(画像=takasu/Shutterstock.com)

マッチングは、音楽だけでなく、生活のさまざまな側面に大きな影響を及ぼしている。ある研究によれば、1930年代のアメリカでは、都市住民の3人に1人以上が5ブロック以内のご近所同士で結婚していた。

それに対し、2005〜12年に結婚したカップルの3分の1以上はオンラインで知り合っている。同性カップルの場合、その割合は70%近い。

オンライン上のマッチングサービスを利用したカップルのほうが幸せになれると判断すべき材料はない。しかし少なくとも、そのような新しい出会いのあり方を否定することは難しくなっている。

一部の宗教を信仰している人以外は、お見合い結婚の時代に戻ることや、パートナーとのコミュニケーションにインターネットを利用しないことは想像しづらい。

同性カップルにとっては、インターネットの恩恵がひときわ大きいように見える。同性愛者は概して、パートナー探しが異性愛者より難しいからだ。

昔は、異性と結婚したり、生涯独身を通したりする同性愛者も多かった。自由な選択が許されなかったり、自分に適した相手と出会えなかったりしたためだ。

しかし、社会の寛容性が高まり、オンライン上のマッチングサービスも充実したことで、状況はすっかり変わった。どのような性的指向の持ち主も、恋人探しサイトやアプリを利用すれば、宗教、支持政党、年齢、居住地などを基準に、パートナー候補を手軽に絞り込める。

ユダヤ教徒やイスラム教徒やシーク教徒、リベラル派や保守派、特定の年齢層や居住地の人、あるいはつかの間の相手を探している人など、どんな相手でも見つかる。

最近は、実にくだらないことにまでマッチングサービスが用いられている。それは、このテクノロジーが普及した証拠にほかならない。私たちはあらゆる機会をとらえて、マッチング技術を活用するようになった。

たとえば、食品メーカーのオスカー・マイヤーは、「シズル」という恋人探しアプリを提供しているが、これは、好みのベーコンの種類が一致する人同士が知り合うためのものだ。メープルシロップ味のベーコンが好みの人は、わざわざ低脂肪ベーコンが好みの人とデートする必要なんてない、ということらしい。

同社のマーケティング責任者は、端的にこう説明している。「恋愛もベーコンと同じです。最良の相手を探し、妥協しないことが大切です」。このアプリには、スマートフォンの画面を押す時間の長さにより、相手のことをどの程度気に入っているかを採点する機能(「シズル・メーター」)まで備わっている。

これは冗談半分でつくられたものだが、もっと広く用いられているアプリも多い。星座や音楽の趣味、どのようなペットが好きか、どのような人をセクシーだと思うか、マリファナを好むかなどを基準に相手を探せるアプリもある。

私が最近知った「ワンス」というアプリは、スマートウォッチと接続して、誰かのプロフィールを読んでいるときのユーザーの心拍数を計測し、そのデータをもとにユーザーにアドバイスを送るというものだ。

将来的には、(本人が希望すれば)そのデータを相手に伝える機能も搭載されることになっている。2人が互いのプロフィールを見ているときに心拍数が上がっていれば、アプリが双方に通知する。

心拍数は、相性を判断するうえでどのくらい信憑性があるのだろうか? 本書執筆時点で、このアプリはヨーロッパで60万人のユーザーを擁しており、遠からずアメリカにも進出する予定だ。

この種のサービスは、人々のマッチング志向をいっそう強める。実験によると、お見合いパーティーの参加者が「理想の相手」を探そうとせず、誰に対してもにこやかに接すると、ほかの人たちから相手にされず、お見合いパーティーで満足な成果を挙げられない。

このような場では、「本当の自分」のいずれかの側面を見せ、それを気に入ってくれる人を探す、つまりマッチングを志向するほうがうまくいくのだ。

特定の職種の相手を探したい場合は、ロイヤーフラーツ・ドット・コム(弁護士)、ジャスト・ティーチャーズデーティング・ドット・コム(教師)、ファーマーズオンリー・ドット・コム(農家)などのサービスがある。

ちなみに、農家は同業者と結婚する割合がとりわけ高い。理由の1つは、早朝に働くなど、過酷な職だからという点にある。また、農業地帯にはほかの職業の人が比較的少ないという事情もある。

毎朝4時に起きなければならない人にとって、起床する時間帯が同じ人を結婚相手に選ぶことのメリットは大きい。

前述したように、教育水準や社会的・経済的地位が同様の人同士が結婚する「同類婚」が昔より増えている。とくに、高所得・高教育層の男女が夫婦になるケースが多い。たとえば、弁護士は秘書よりも弁護士や投資銀行員と結婚する。

そのような傾向が強まると、不平等が世代間で継承されやすくなる。高い所得とスキルをもったカップルが結婚して共働き夫婦になり、子どもたちの未来のために手を尽くそうとするからだ。エリート夫婦は、子どもに幸せな未来を与える能力も高いのだ。

ある研究によれば、1960〜2005年に拡大した所得格差の約3分の1は、結婚、配偶者選び、女性の就労、離婚(離婚率は富裕層カップルのほうが低い)など、家族に関わる選択が原因で生まれている。所得の不平等について、ひいてはアメリカ経済全般について知りたければ、新聞のビジネス欄だけでなく、結婚欄も見たほうがいいのかもしれない。

マッチングの「狩人」と「獲物」

マッチングの充実により、多くの人のセックスライフも向上した。昔に比べて、好みの相手を見つけることが簡単になっている。特殊な性的趣味をもっていたり、宗教的・文化的な理由で相手を厳選したかったりする人にとって、身近な場所にいる人以外からも相手を選べるようになったことの意義はことのほか大きい。

恋人探しサイトでは、(少なくとも最初の段階では)部分的もしくは全面的に匿名性が確保されるので、自分の本当の性的趣味を公表しやすい。カクテルパーティーやバーで誰かに話すより、よほどハードルが低い。

もしあなたにSM趣味があれば、同じ嗜好の持ち主と交流するのは昔より簡単だ(SM愛好家専用サイトを利用しないまでも、誰かの目の前で自分の性的趣味を告白するより電子メールで打ち明けるほうが気楽だろう)。国籍、宗教、年齢、セックスの嗜好、バストサイズ、ウエストサイズ(極端にお腹が大きな相手を好む人もいる)を基準に相手を探せるオンラインサービスも登場している。

それに、フェイスブックは、昔の恋人や中学時代の憧れの相手と連絡を取る道具としても機能する。もっとも、知ってのとおり、それが好ましい結果をもたらす場合ばかりではない。

選り好みがしやすくなったことで、視野が狭まる場合もあるだろう。選択肢が増えると、決断しづらくなったり、選択の結果に不満をいだきやすくなったりする場合もあるかもしれない。なかには、マッチングサービスが普及したことで(何をそう呼ぶかはともかく)「変態行為」が助長されていると考える人もいそうだ。

一方、恋人探しサイトのプロフィールを書いた経験がある人なら知っているように、自分がどのような相手を望むかを明記するのも意外に難しい。「知的な人」だの「ユーモアがある人」だのというだけでは、相手を絞り込む際にあまり役に立たない(具体的に何を求めるかを正確に認識できれば、これらの要素が重要な判断材料になる場合もあるのだが)。

しかし、いいことずくめとは言えないにせよ、マッチングサービスのおかげで、私たちの暮らしと恋愛のあり方は数十年前に比べて概して改善している。自分の望んでいるものがより早く、より手軽に手に入るようになった。

データはまだ不十分だが、恋人探しサイトを用いることにはいくつかの利点があるようだ。たとえば、恋人に求める資質の優先順位を示し、その条件に合う相手をオンライン上で探すとしよう。

ルックスより頭脳を重んじる人が、その基準に照らして学業成績良好な人物を探す、という具合だ。少なくともこれまでの研究によれば、このようにして結びついたカップルは長い目で見てうまくいく確率が高い。

ものごとに対する姿勢や価値観が似ている者同士はうまくいく場合が多いという研究もある。恋人探しサイトは、そのようなパートナーを見つける手助けができるのかもしれない。

ただし、恋人に望む資質を前もって自分で認識するのが難しいことに加えて、ある大規模な研究が指摘しているように、オンラインを介した恋人探しにおいて「2人が知り合うより前に、交際した場合の相性を予測することには、おのずと限界がある」。

オンラインマッチングは恋人探しの役に立つかもしれないが、情報は操作されやすい。私たちがマッチングに満足し、魅了されている大きな理由は、安全、安定、コントロール(これらの要素が重んじられる風潮は、本書を貫くテーマだ)をもたらすと期待しているからだが、その期待は幻想なのかもしれない。

情報テクノロジーとマッチングに関して見落としてはならないのは、私たちが自分好みのものを探す「狩人」であるだけでなく、狩人に狙われる「獲物」でもあるという点だ。しかも、私たちを標的にするのは、恋人を探している人たちだけではない。

あなたは、スマートフォンを使っているときも、パソコンやタブレット型端末を使っているときも、いつも同じインターネット広告につきまとわれているように感じることがあるだろう。これは、マッチングテクノロジーの進歩がもたらした結果だ。広告とユーザーのマッチングが昔より緻密になっている。

徹底したマッチングは、超能力のように感じられることもある。あるアーティストのCDをアマゾンで購入すると、次にユーチューブにアクセスしたとき、そのアーティストの動画が表示されたりする。

好むと好まざるとにかかわらず、スマートフォンとパソコンとタブレットの使い方をもとに、3つの端末を同じ人物が所有していることが推測できてしまう時代なのだ。断定的なことまでは言えなくても、少なくとも確率論的な推測は導き出せる。

ドローブリッジという企業は、ある端末を誰が使っているかを把握して、その情報を広告会社などに販売している。情報を買った会社は、その情報に基づいて個々のユーザーに合わせた広告や宣伝をウェブサイトに表示する。本書執筆時点で、同社は10億人以上のユーザーと36億台以上の端末を結びつけている。

このようなマーケティング攻勢がユーザーにもたらす利点は、テレビCMよりも興味をもてる広告が表示されやすいことだ。テレビを見ていると、興味がなくても延々と洗濯洗剤や炭酸飲料のCMを見せられる。インターネットでは、そのようなケースが少ない。

しかし、好材料ばかりではない。近頃のインターネット広告には、不気味な側面もあり、アルゴリズムは、ときに本人もまだ気づいていないニーズを把握しているように見える。

最近は、音声を利用してユーザーをウェブ上で追跡することも可能になっている。そのようなやり方は、法律で禁じられるか、せめて誰も採用しないでほしいものだ。具体的には、次のような手法が用いられている。

テレビCMやインターネット広告に超音波の音を組み込む。人間の耳には聞き取れない音だが、近くにあるスマートフォンやタブレット型端末には検知される。

その情報をもとに、ブラウザのクッキーが特定のユーザーとその人物の複数の端末を結びつけ、その人がどのCMや広告を見たか、どれくらいの時間見ていたか、見たあとにインターネットで検索したり、オンラインショッピングで商品を購入したりしたかを明らかにする。

大分断──格差と停滞を生んだ「現状満足階級」の実像
タイラー・コーエン(Tyler Cowen)
米国ジョージ・メイソン大学経済学教授・同大学マルカタスセンター所長。ハーバード大学にて経済学博士号取得。「世界に最も影響を与える経済学者の一人」(英エコノミスト誌)。人気経済学ブログ「Marginal Revolution」、オンライン教育プロジェクト「MRUniversity」を運営するなど、最も発信力のある経済学者として知られる。
池村千秋(いけむら・ちあき)
翻訳家。訳書にコーエン『大停滞』『大格差』、ボネット『WORKDESIGN』(以上、NTT出版)、モレッティ『年収は「住むところ」で決まる』(プレジデント社)、グラットン+スコット『LIFE SHIFT』(東洋経済新報社)他多数。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます