要旨

● 「筋力トレーニング(筋トレ)ブーム」が続いている。働き方改革で仕事以外に使える時間が増えていることに加え、パーソナルや24時間営業のフィットネスジムが急増していること等により、会社員が利用しやすくなっていることがある。

● 最近の傾向では、40-50代の会社員の間で筋トレが人気を集めている。人生100年時代の高齢化社会を生き抜く中で、できるだけ長く仕事ができるように、自らの健康管理の重要性が高まっていることがあると推察される。

● 筋トレは、トレーニング直後でも筋肉が膨張することから成果が見えやすいことに加え、壊れた筋肉の修復に時間を要すること等から 週に1~2回程度でも適度な食事制限をすると成果が表れやすく、日々忙しい会社員が取り組みやすい。

● 40-50代の会社員というと、ある程度会社内での昇進等のポジションも見え始め、プライベートの生活も含めてどんなに努力しても思い通りにいかないことも増えてくる。こうした中で、筋トレは正しいやり方をすれば必ず目に見える成果があるため、自己達成感にもつながりやすい。

● 適度な糖質制限は肥満や動脈硬化等の生活習慣病予防にも効果があることに加え、ダイエットでカギを握るのが筋肉を維持して基礎代謝を上げることという認識が高まり、筋トレとともに低糖質・高たんぱく食品ブームとなっている。特に、糖質制限ブームで蒸留酒の糖質が低いことが認識されて以降、酒類全体の課税数量が縮小傾向にある中でも蒸留酒の市場は拡大を続けている。

● 今後も筋トレにはまる中年ビジネスマンが増加し、団塊ジュニアも含めて健康な中高年が増えれば、医療費や社会保障費の抑制にもつながる。筋トレ自体が認知症の予防につながる側面も踏まえれば、筋トレブームは日本の経済や社会保障財政にプラスの効果をもたらす可能性がある。

(※)週刊エコノミスト(10月15日号)への寄稿をもとに作成。

筋トレ
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筋トレブームについて

「筋力トレーニング(筋トレ)ブーム」が続いている。こうした流れは、経済産業省「特定サービス産業動態統計調査」にも現れており、 2018年度のフィットネスクラブ利用者数合計は前年比+ 1.7増の 2.57億人となっている。ただ、それ以上に増えているのがフィットネスクラブの事業所数であり、同調査によれば、 2018年度は同+ 5.9%の 1,443 事業所に至っている。背景には、働き方改革で仕事以外に使える時間が増えていることに加え、パーソナルや 24時間営業のフィットネスジムが急増していること等により、会社員が利用しやすくなっていることがある。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

こうした流れもあり、最近の傾向では、40-50代の会社員の間で筋トレが人気を集めているようだ。実際に、総務省の家計調査( 2018年)を用いて、世帯主の世代別に見たスポーツクラブ使用料を比較すると、平均では前年から若干減少しているものの、30代後半から50代前半といったまさに働き盛りの世代に限れ ば、同支出が明確に増加していることが確認できる。

恐らく背景には、人生100年時代の高齢化社会を生き抜く中で、できるだけ長く仕事ができるように、自らの健康管理の重要性が高まっていることがあると推察される。

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筋肉は裏切らない

ただし 、健康管理という意味では、ランニングなど他のトレーニングも考えられる。それなのに、なぜ筋トレがブームとなっているのだろうか。

その理由の一つとしては、成果が目に見えやすいということがあろう。というのも、ランニング等では、ある程度の期間継続しないとなかなか体型的な変化は表 れにくい。これに対して筋トレは、トレーニング直後でも筋肉が膨張することから成果が見えやすいということがあろう。更に、ランニング等は頻繁に実施しないと成果が表れにくいが、筋トレは壊れた筋肉の修復に時間を要すること等から、週に1~2回程度でも適度な食事制限をすると成果が表れやすいということもあるだろう。こうした点が、日々忙しい会社員が取り組みやすい理由と考えられる。

特に40-50代というと、年齢的な身体の衰えを実感し始める時期である。しかし、筋トレは年齢を問わずに始めることが出来る。更に40-50代の会社員と いうと、ある程度会社内での昇進等のポジションも見え始め、プライベートの生活も含めてどんなに努力しても思い通りにいかないことも増えてこよう。こうした中で筋トレは、正しいやり方をすれば必ず目に見える成果をもたらすため、自己達成感にもつながりやすいということも大きな要因の一つであろう。

筋トレブームがもたらす経済活動

こうした筋トレブームは、トレーニングジム以外の経済活動にも影響を及ぼしている。特に広がりを見せているのが、低糖質・高たんぱく食品ブームである。

元々、糖質制限食は糖尿病治療食として始まり、合併 症を予防できるなどの効果があ ったが、米飯やパン、麺類等の炭水化物を減らし、代わりに肉類など他の食品を摂取するだけで手軽に痩せられるダイエットとして流行した。しかしその後、適度な糖質制限は肥満や動脈硬化等の生活習慣病予防にも効果があることに加え、ダイエットでカギを握るのが筋肉を維持して基礎代謝を上げることという認識が高まり、筋トレとともに低糖質・高たんぱく食品ブームとなっている。

実際、外食産業でも低糖質メニューが提供されるようになり、以前はネット通販やスポーツクラブ等でしか入手できなかった低糖質・高たんぱ く食品や飲料等の販売コーナーもコンビニやスーパー等で設けられる等、市場が拡大している。

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こうした糖質制限ブームの影響は、酒類市場にも表れている。酒類は製造過程の違いで、①穀物や果実を酵母によってアルコール発酵させて造る醸造酒(ビール、ワイン、日本酒等)、②醸造酒を蒸留して造る蒸留酒(ウィスキー、ブランデー、焼酎等)、③醸造酒や蒸留酒に果実や香料・糖分等を加えた混成酒(梅酒、リキュール等)に分類される。しかし、糖質制限ブームで蒸留酒の糖質が低いことが認識されて以降、 酒類 全体 の課税数量 が縮小傾向にある中でも蒸留酒の市場は拡大を続けている。

こうした動きも、アルコール消費量が多い中年ビジネスマンの筋トレブームの表れといえるのではないだろうか。

社会保障財政へのプラス効果も?

先日、政府から公表された5年に一度の公的年金の財政検証によれば、メインシナリオの最終的な所得代替率(=年金額/現役世代の賃金)は 50.8%と 2019年度時点の 61.7%から、前回同様に約2割低下することが示された。しかし詳細を見ると、経済前提が前回より慎重化しているにもかかわらず、ここ5年間の女性や高齢者の就労増等により最終的な所得代替率は前回対比上昇しており、年金財政は改善した形となっている。

こうした中、将来の社会保障財政を考えたときに大きな山場となる のが、現在 40代の団塊ジュニア世代が 65歳以上の高齢者になる 2040年代にかけてと言われている。このため、社会保障の担い手を増やすため、高齢者の就労長期化を中心とした施策を前に進めることが求められている。

従って、今後も筋トレにはまる中年ビジネスマンが増加し、団塊ジュニアも含めて健康な中高年が増えていけば、医療費や社会保障費の抑制にもつながるほか、筋トレ自体が認知症の予防につながるとの指摘もある。こうした側面も踏まえれば、筋トレブームは、ひいては日本の経済や社会保障財政にプラスの効果をもたらすかもしれない。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣