近年、世界の投資家の間で、投資判断の際に「ESG」(環境・社会・ガバナンス)要因を重視する動きが広がり、企業にとってもESG視点での取り組みは、積極的に取り組むべき課題となりつつある。

そんな中、環境経営トップランナーとして頭角を現しているのが、製薬大手の第一三共株式会社である。同社は、環境保全団体「WWFジャパン」が2018年に発表したレポート「企業の温暖化対策ランキング『医薬品』編」で1位を獲得。2030年までの長期的な目標として掲げた「CO2排出量の2015年度比27%削減」の達成に向けて、予定を大きく上回るペースで着実な成果を上げ、国内外のESGインデックスにも選定されている。

第一三共の環境経営とはいったいどういったものなのか。そして、ESG投資の専門家は第一三共の取り組みをどのように評価しているのだろうか。ESG投資専門家と同社役員、社員による鼎談から紐解いてみたい。

「環境経営」トップランナー 第一三共の挑戦に迫る
(画像=森口新太郎撮影)
座談会出席者紹介
岸上有沙氏(ESG投資・サステナビリティスペシャリスト、写真左)
古田弘信氏(第一三共執行役員・総務本部長、写真中央)
中村達也氏(第一三共CSR部主幹・環境マネジメントチーム長、写真右)

いま、ESGが注目されている背景

──国内外で「ESG投資」が注目されています。なぜいまESGが注目されるようになったのでしょうか。

岸上:国内でのきっかけは日本版スチュワードシップコードとコーポレートガバナンスコードが策定された2014年頃と振り返ることができます。投資の際、企業の環境や人権への配慮といった点を見ることは長く行われてきましたが、2014年以降、そうした視点が日本国内で「ESG」という言葉として明確になり、企業と投資家の両者がより長期的な目線で投資を行うようになりました。

──投資家は企業のどのような部分を見て判断していますか。

岸上:一言で投資家と言っても多様なアプローチを取られると思いますが、傾向の一つとしては、最も潜在的なリスクにどれだけ真剣に取り組んでいるかという点でしょうか。例えば、化石燃料を扱う企業であれば、低炭素社会への移行に向けてビジネスモデルを策定できているか、自動車産業ならエンジンの改良や電気自動車への移行に取り組んでいるか、など。同じESGテーマであっても、業界によって取り組むべき課題の違いを意識することも多いでしょう。

今年実施された各国のアセットオーナー調査によると、日本は世界の各地域と比較して「社会や環境によいからESG投資をする」という傾向が強い集計結果となりました。これは、「ESG投資は利益が出ないのでは」という先入観がもたらす傾向かもしれません。一方、グローバル全体の傾向としては「ESG要素を考慮しないことによるリスク」をESGに取り組む理由として挙げられるのが一般的。長期的な投資戦略に欠かせないという考えの元に、ESG視点を経営に組み込んでいる傾向があります。

「環境経営」トップランナー 第一三共の挑戦に迫る
(画像=森口新太郎撮影)

「環境経営」トップランナー、第一三共の実績

──第一三共は「WWFジャパン」が2018年に発表したレポート「企業の温暖化対策ランキング『医薬品』編」で1位を獲得しました。その理由となった実績を教えてください。

古田:大きなアピールポイントは、いち早い「Science Based Targets(SBT)」の承認です。気候変動に対する責任ある企業活動として、パリ協定の「2℃目標」と整合した「SBT」の考え方に基づき、2030年までの長期的な目標である「CO2排出量の2015年度比27%削減」を設定しました。この目標は、2016年、科学的根拠と整合した目標として、SBTから日本企業で2番目となる承認を受けました。

「環境経営」トップランナー 第一三共の挑戦に迫る
(画像=森口新太郎撮影)

——第一三共は2016年に国内で2番目にSBTの承認を受けたとのことですが、いち早く、国際的な基準に沿う二酸化炭素削減目標を設定したきっかけは何だったのでしょうか。

古田:当社は2005年に第一製薬と三共が統合して発足しましたが、生命関連企業である両社に共通する思いとして、「環境の保全」がありました。それに加えて、環境にまつわる社会的関心がどんどん高まってきたことでしょうか。我々は長く環境経営に取り組んできましたが、2015年が第4期中期経営計画策定のタイミングであったことは幸運でした。

──第一三共はSBTのほかにも、「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」についても業界の先陣を切り、いち早く賛同しています。気候変動による財務インパクトを情報開示するということはある意味、企業にとってリスクになる可能性もあると思いますが、そのあたりはいかがでしょうか。

古田:当社は、情報開示はリスクではなくオポチュニティ(機会)だと考えています。最初に取り組めば、後からスタートする企業よりも早く課題を発見し、解決策を見つけられます。情報を持っているのに出さないというのが最も大きなリスクではないでしょうか。

短期的には業績に直結しない「環境経営」。実現するための苦労とは?~CSR担当者の奮闘~

──短期的には業績に直結しないESG経営の取り組みは、社内の理解を得るのが難しいこともあるかと思います。第一三共の環境チームは、どのような組織で、どのような活動を行っているのでしょうか。

中村:担当となる「環境マネジメントチーム」は本社のCSR部に属しており、メンバーは4人です。様々な経歴やスキルを持つメンバーが集まり、おのおのの知見を活かしながら活動しています。

SBT目標の設定について社内で議論を始めた当初は、その必要性がなかなか理解されませんでした。しかし、当時から環境に関する経営課題を議論できる仕組みとして、CSR部が事務局を務める環境経営委員会(現 EHS委員会)を設けていたことが大きな後押しになったと感じています。新たな取り組みや挑戦を推奨する当社の風土もあいまって、先陣を切ってSBT目標の設定に取り組むことができました。

古田:最初から必ずしも社内全体で環境経営に対する意識が高かったわけではありませんでしたが、CSR部が主体となって努力をして結果を積み重ねていくことで、その他の社員の目も変わっていきました。ESGやSDGsに関しては、役員、社員を巻き込んで進めることが大切だと感じていますし、当社ではそれができているのではないでしょうか。

中村:また、環境マネジメントチームから各社員への啓発方法は、地道なコミュニケーションが主です。例えばメンバーは常にSDGsバッジを身に着けておく。

「環境経営」トップランナー 第一三共の挑戦に迫る
(画像=森口新太郎撮影)

すると、「これは何ですか?」「どういう意味があるの?」と興味をもってもらえます。そういった細かなところから関心を高めてもらうようにしています。

「環境経営」トップランナー 第一三共の挑戦に迫る
(画像=森口新太郎撮影)

──二酸化炭素の削減について高い目標を掲げていますが、目標達成のために社内ではどのような取り組みをされているのですか?

中村:環境問題を「自分ごと」として捉え、当事者意識をもって考えてもらうために、社員への教育に力を入れています。環境に関するeラーニングのプログラムを作り、国内の全社員に受講してもらっています。社員からの反響も多く、問題意識の高さを感じることができています。

岸上:2018年のデータブックを見ていて、環境に関するeラーニング受講率が97.5%と非常に高いことを拝見しました。国外での環境活動や課題はどのように把握されていますか?

中村:国外の各工場における二酸化炭素排出量などを把握し、環境に関する活動内容などの報告を受けています。また、海外子会社への環境内部監査、環境課題の認知度を上げるためのポスター作成や標語の募集といったコンテストなども実施しています。環境経営の考え方を、国外にもさらに広げていく必要性を感じています。

さらなる高みを目指し、再生可能エネルギーへの切り替えに着手

──第一三共が掲げる今後の目標について教えてください。

中村:SBTの目標値の見直しを検討しています。2030年までの長期的な目標として「CO2排出量の2015年度比27%減」を掲げていますが、2018年には12.7%減をすでに達成しており、このペースであれば目標を大きくクリアできる見込みです。このため、当初の27%減からもっと挑戦的な目標へと変えることを検討しています。

第一三共提供
(画像=第一三共提供)

──今後の課題は何かありますか?

中村:2018年のWWFジャパンのレポートでは「企業の温暖化対策ランキング『医薬品』編」で1位の評価を得ることができましたが、重要指標である「再生可能エネルギー」への取り組みの弱さを指摘されました。それを受け、今後は2030年に向けて、再生可能エネルギーの利用を増やしていきたいと考えています。具体的には、第一三共ケミカルファーマ小名浜工場(福島県いわき市)で、太陽光発電を導入することにしました。この工場で年間に排出される二酸化炭素排出量の20%を削減できる見込みです。

「環境経営」トップランナー 第一三共の挑戦に迫る
(画像=小名浜工場太陽光発電設備完成予想図、提供=第一三共)

──岸上さんは、第一三共の今後の取り組みに対してどのような期待をされていますか。

岸上:統合レポートなど、開示されている情報を拝見していると、事業戦略の根幹としてがん治療薬の研究開発にとても注力されている印象を受けました。例えば、気候変動に伴う自然災害発生時におけるがん患者さんへのサポートなど、ESG観点をもってこの分野へどのようなアプローチができるかを具体的に示すことができれば理想的だと思います。

また、業界のトップランナーとして期待するのは、他社の取り組みを促す情報開示という役割です。二酸化炭素排出量を減らす施策や成功事例をオープンにすれば、後を追う企業の参考になりますし、投資家がその取組みの意義やイノベーションを理解する材料にもなるでしょう。