学歴が重視された時代が終わり、コミュニケーション能力にスポットが当たるようになってきた。このように、時代の流れに応じてビジネスパーソンに求められるものは変遷していく。
新時代を生き抜く術としてここ数年、注目されているのが「レジリエンス」だ。レジリエンスとは「逆境力」「心の自然治癒力」ともいわれ、さまざまな困難にたち立ち向かうための精神力を身につけるために役立つとされる。
AIが人間を超えるともいわれている今、必要とされるのは特定の能力が高い人材ではなく、逆境を味方につけて成長するタフな人材なのかもしれない。今回は、レジリエンスの概念を説明するとともに、レジリエンスを鍛えるための価値観の見直し方を紹介する。一年の節目であるこの時期に実践し、強く、しなやかな心で新年を向かえてほしい。
営業ケーススタディ(19)――新たな出会い
人材コンサルティング会社で働く及川圭佑(37)は、目的のビルに着き、傘を閉じた。
昨日、「採用コンサルを頼みたい」との問い合わせが会社に入った。電話をしてきたのはとあるIT企業の若手経営者の相澤実(36)で、及川を指名してきた。ちょうどスケジュールが空いていたこともあり、翌日となるきょう、早速訪問することにした。
指定された場所は都内のコワーキングスペースの会議室だった。及川がノックして入ると、先に来て仕事をしていたらしい相澤は、笑顔で出迎えてくれる。
「昨日の今日で予定を調整してもらってすみません。場所、わかりにくくなかったですか?」
30代と思われる若手経営者は、服装こそTシャツにジャケットとカジュアルだが、立ち居振る舞いも言葉遣いも丁寧だ。
「こちらこそ、わざわざ名指しでご連絡いただき、恐縮です」
「相澤実です。今日はよろしくお願いします」
及川と相澤は名刺交換をすませる。相澤はとある異業種交流会で知り合った経営者に、採用戦略に関する相談をしたところ、及川を紹介されたらしい。相澤はまず、現在の事業について端的に説明し、採用戦略の構想を語ってくれた。
「うちは今事業が急成長していて、3年後に売上倍増をかかげているんです。そのために、優秀な人材をどんどん採用したい。幸い、うちを希望してくれる学生は多いんですが、さらにすそ野を広げるために及川さんの手を借りたいと思いました」
及川は提案資料やパンフレットも当然用意してきていたが、相澤はすでに及川の会社のことやサービス内容は入念に調べ上げてきていると感じた。そのため、初訪時によく行っている営業トークは省略し、SNSを活用した学生への企業イメージ戦略について、具体例をまじえて説明する。
30代の若き経営者が持つ「強さ」の秘密
流れで、相澤のこれまでの経歴をあらためて聞いてみた。
相澤は新卒で入った会社を5年で辞め、一念発起して今の事業を立ち上げたという。現在、起業から9年目で売上は1億円を突破、リモートワーカーを含めたスタッフ数は50人という成功ぶりだ。
年代が近いこともあって話が弾み、打ち合わせ開始から既に2時間が経過していた。話は相澤の学生時代に及ぶ。
相澤は怪我によってスポーツ選手をあきらめたが、その経験をばねに、スポーツをする学生向けサービスを開発し、学生時代に一度起業した。しかし、保護者とのトラブルで1年半ほどで挫折してしまう。その時の失敗が今につながっていると、相澤は感慨深そうに語った。
スマートで軽やかなオーラの相澤には、そんな過去があるようには見えない。しかし、実際は失敗の連続だったと聞き、及川は相澤が持つばねのようにしなやかな強さに惹かれるのを感じた。
「転んでも立ち上がる相澤さんの強さが、今の事業を作り上げたんですね」
及川の言葉に、相澤は少し間をおいて続けた。
「僕は意識して強さを身に着けたんです。及川さん、レジリエンスって知ってます?」
そう言いながら、相澤は2つの文章をパソコンに打ち、及川に見せた。
「及川さんは、直感的にどちらが自分に当てはまると思いますか?」
(1) 困難な出来事が起きても、どうにか切り抜けることができると思う。
(2) 嫌な出来事があったとき、今の経験から得られるものを探す。
「資質的レジリエンス」と「獲得的レジリエンス」
及川は、(2)の「嫌な出来事があったとき、今の経験から得られるものを探す」を選んだ。
及川はトップコンサルタントとして華々しい成果を残している。しかし、周りに言われるほど自分に自信があるわけではない。むしろ、自信のなさが努力の糧であり、足りない部分を分析力や負けず嫌いで補ってきたというのが正直な実感だ。
相澤は及川の答えを聞き、「及川さんは、僕と似たタイプですね」と笑顔を浮かべた。相澤はレジリエンスについてわかりやすく説明してくれる。