転職
(画像=PIXTA)

経営者の転職事情は、一般的なサラリーマンとは大きく異なる。「元経営者」であることが障害になるケースもあるので、早い段階で実情を押さえて準備に取り組むことが重要だ。自身の生活を守るためにも、経営者の方は転職の実情を早めにチェックしておこう。

経営者が「転職」を意識しておきたい理由とは?

経営者は自分の会社が倒産すると、その企業での役職や仕事を一気に失ってしまう。もちろん収入もなくなるため、生活を維持するには新たに起業をするか、もしくは転職活動に取り組むしかない。

実際に中小企業が倒産をするケースは、日本全国で数多く存在している。たとえば、東京商工リサーチが2019年10月に発表した調査によると、2019年度の企業倒産件数は4,000件を超えている。

特にベンチャー企業に関しては、さらに高い倒産リスクを抱えているだろう。ベンチャー企業の生存率は創業から5年後で15.0%、20年後には0.3%とも言われている。

このように企業倒産件数や生存率などの数字を見れば、転職活動の必要性を理解できるはずだ。新たに起業をする道も考えられるが、倒産をした直後に使える資金には限りがあるため、多くのケースでは「転職」が現実的な選択肢となる。

仮に現時点で経営がスムーズに進んでいたとしても、中小企業はいつ存続の危機に直面するかわからないので、万が一に備えて準備を整えておくことが重要だ。

倒産・失業だけではない!経営者が転職活動に取り組む3つの目的

経営者が転職活動に取り組む目的は、実は倒産や失業だけではない。経営者自身の将来性を考えたときに、場合によってはそのまま同じ会社で経営を続けるよりも、転職のほうが望ましい選択肢になるケースも存在する。

では、世の中の経営者がどのような目的で転職活動に取り組むのか、以下でいくつか例を見てみよう。

1. 自分のキャリアを広げたい

資金にあまり余裕がない中小企業の場合、経営者が自社で取り組める事業には限りがある。特に同じ業務を繰り返しこなすような状況下では、利益にはつながってもキャリアアップにはつながらない。

将来性を強く意識している経営者であれば、このような状況に対して「物足りなさ」を感じることもあるだろう。新たな事業を始めようにも、資金に限りがある状態ではそれも難しい。 そこでスピーディーにキャリアを拡大するための手段が、今回解説している転職だ。転職先さえスムーズに見つかれば、好きな業界や業種で手っ取り早く経験を積める。

2. 高収入よりも安定した生活を選びたい

一般的なサラリーマンに比べると、経営者はより多くの収入を得られる可能性がある。しかし、役員報酬の金額は経営状況に大きく左右されるため、決して安定性が高いとは言えない。

高収入を期待できる点は魅力的だが、場合によっては負債を背負うリスクが常に潜んでいる状況は、精神的に大きなプレッシャーがかかるだろう。本記事の読者の中にも、「高収入より安定を選びたい」と感じている経営者はいるはずだ。

3. プロ経営者を目指したい

プロ経営者とは、さまざまな会社から招へいされる形で社長に就任する経営者のこと。在任年数はケースによって異なるが、数年単位で退職と就任を繰り返し、多くの企業を渡り歩くようなプロ経営者も存在する。

プロ経営者に求められるのは、招へいする企業が抱える課題を解決することだ。つまり、早い段階で経営的な結果を出すことが、そのままプロ経営者の評価につながっていく。

課題解決能力などさまざまな知識・スキルが求められるので、自分の腕を試したい経営者にぴったりな選択肢だろう。

元経営者の転職活動は難しい?事前に知っておきたい実情

「元経営者」の肩書きは武器になるケースもあるが、経営者の転職活動はそれほど簡単な話ではない。一般的なサラリーマンの転職とは評価基準が変わってくるため、経営者の方は実情をしっかりとつかんでおくことが重要だ。

では、元経営者の転職活動において、特に押さえておきたい実情を以下で確認していこう。

書類選考の時点で落とされるケースが多い

書類選考において「元経営者」の肩書きは、ときにマイナスに働いてしまうこともある。経営的な知識・スキルは魅力的なポイントだが、どうしても「事業に失敗した」というイメージが拭い去れないためだ。

また、多くの企業は長期間戦力になる人材を探し求めている。その一方で、元経営者は「一時的に収入を確保するためではないか?」「将来的に独立を目指すのではないか?」などの印象を持たれやすいので、書類選考の段階で落とされてしまうケースが非常に多い。

もちろん、今後経営に携わる意思がない元経営者も存在するが、アピールする機会が限られている書類選考では、その想いをすべて伝えることは難しいだろう。ただし、元経営者の肩書きを評価する企業も存在するため、書類選考が大きなハードルになる点はしっかりと覚悟した上で、転職活動に根気強く臨むことが大切だ。

面接では厳しい質問が飛び交うことも

元経営者と元サラリーマンとでは、面接時に質問される内容も大きく変わってくる。特に以下で挙げる内容は、ほとんどの採用面接で質問されることになるだろう。

○元経営者の採用面接で質問される内容
・なぜ事業を失敗したのか?
・経営者ではなく、なぜ従業員としての道を選ぶのか?
・経営者として働くことで、どのような知識やスキルを身につけたのか? など

長期間戦力になる人材を求めている面接官からすれば、失敗した事業に関する質問を投げかけるのは当然の流れだ。面接官はこれまでの経歴から、従業員としての適性や志向性などを判断している。

上記の質問に対して回答をしたときに、仮に「従業員には向いていない」「近い将来、また会社を辞めるのでは?」などの印象を持たれた場合には、容赦なく不採用と判断されるだろう。したがって、面接対策では上記の質問に対して、面接官が納得できる回答をあらかじめ用意しておく必要がある。

転職エージェントを利用する傾向が強い

転職エージェントとは、プロの視点で企業と求職者をマッチングしたり、面接対策などのサポートを提供したりする人材紹介サービスだ。元経営者が転職活動をする場合、一般的な求人情報誌や求人サイトではなく、転職エージェントを介して転職先を探すケースが多い。

その大きな理由としては、「志望先とのコミュニケーションを直接取りやすい点」が挙げられる。すべての転職エージェントに該当するわけではないが、特に小規模の転職エージェントは企業経営者との関係性が密接であるため、元経営者から好まれる傾向にある。

前述の通り、一般的な採用フローでは元経営者のアピールできる機会は限られてくる。自身の魅力を存分に伝えたい場合には、転職活動の方法にも工夫をとり入れるべきだろう。

知識やスキルがあっても、「プライド」が大きな障害になる

元経営者の転職活動において、最大の障害となるのは「自身のプライド」と言っても過言ではない。十分な知識・スキルが備わっていても、プライドの高い人材は扱いにくいケースが多いため、面接官からはどうしても敬遠されてしまう。

元経営者のプライドは、基本的に「従業員をマネジメントしていた」「経営に関する責任を持っていた」などの部分にあるが、従業員として働く上でこれらのプライドは大きな意味を成さない。経営者と従業員とでは、根本的に求められる資質や能力が異なるためだ。

その点をしっかりと理解した上で採用試験に臨まなければ、スムーズに転職活動を進めることは難しいだろう。

経営者の転職活動には3つの選択肢がある

元経営者が転職活動をする場合、残された道はサラリーマンとしての就職だけではない。大きく分けると3つの選択肢があり、どの選択肢を選ぶのかによって今後取るべき行動は変わってくる。

そのため、以下で解説する各選択肢の特徴やメリット・デメリットを押さえた上で、今後の計画を慎重に立てていこう。

1.民間企業にサラリーマンとして転職

民間企業への就職は、多くの方が最初に思いつく選択肢だろう。サラリーマンとして転職できれば、一定の給与や福利厚生を得られるため、安定した生活を実現できる。

ただし、元経営者に対して「いきなり使われる立場になることは難しいのでは?」といったイメージを抱く企業は珍しくない。前述でも解説した通り、元経営者の肩書きだけで敬遠されてしまう恐れがあるのだ。

したがって、平社員などの一般的なサラリーマンとしてではなく、経営企画や総務のようにこれまでの知識・スキルを活かせる選択肢も考えておきたい。また、知識・スキルを証明するための資格を取得し、転職先の幅を広げるのも手段のひとつだ。

2.元経営者から「経営者」を目指す転職

求人情報の中には、経営者・役員クラスの人材を求めている企業も存在する。必要なスキル・経験にもよるが、最初から年収が1,000万円前後の求人情報も珍しくはない。

再び経営者になれるのであれば、元経営者としての肩書きやプライドも大きな障害にはならないだろう。ただし、一般的な求人情報に比べると数に限りがあり、基本的には高度な知識・スキルが求められる。

また、「経営者候補」や「役員候補」としての募集が多い点も、しっかりと把握しておきたいポイントだ。つまり、採用後にも能力を判断される可能性が高いため、転職後には存分に力を発揮する必要がある。

3.プロ経営者を目指す転職

中にはさまざまな企業で経験を積み、最終的に「プロ経営者」を目指す人も存在する。外部から招へいされる立場になれば、自分で会社を興すよりも多額の財産や社会的地位を築けるかもしれない。

しかし、世間からプロ経営者として認められるには、さまざまな角度からの努力が必要だ。たとえば、実際のプロ経営者にはMBA(経営学修士)の取得や留学経験など、特別な経歴を持っている人物が多いとされている。

ほかにも、現場で高レベルな仕事に取り組む、30代で大きなプロジェクトの責任者になるなど、プロ経営者にはさまざまな経験・資質が求められるだろう。つまり、プロ経営者を目指す場合には、長期間の努力や準備を覚悟しておく必要がある。

経営者の転職活動で求められる資質

転職活動で元経営者に求められる資質は、求職者本人が選ぶ道によって変わるだろう。たとえば、民間企業に転職をするのであればサラリーマンとしての資質が求められるし、再び経営者としての道を選ぶ場合は経営的な資質が必要になる。

では、具体的にどのような資質が求められるのかについて、2パターンに分けて詳しく見ていこう。

サラリーマンを目指す元経営者に求められる資質

民間企業のサラリーマンを目指す元経営者には、主に以下のような資質が求められる。

○サラリーマンを目指す元経営者に求められる資質
・部下や同僚、上司とうまく付き合えるコミュニケーション能力
・規律やルールをしっかりと守れる能力
・多少の理不尽さを受け入れられる忍耐力
・人からの指示を聞き入れる素直さ
・与えられた仕事を期限までにしっかりとこなすタスク管理能力 など

サラリーマンは経営者とは違い、集団の中で仕事をこなす必要がある。同僚や部下と相談しつつ、時には上司の理不尽な指示に従いながら、人間関係も意識して仕事に取り組まなくてはならない。

そのため、特にコミュニケーションに関する資質はさまざまな場面で必要になるだろう。社内のコミュニケーションも重要だが、取引先や顧客に対して頭を下げてお願いをするなど、サラリーマンには対外的なコミュニケーション能力も求められる。

また、基本的にサラリーマンはこなすべき仕事を常に与えられる立場なので、時間を意識して業務にあたることも重要なポイント。これらの資質が求められることを考えれば、転職活動において「元経営者としてのプライド」が大きな障害になる点を理解できるはずだ。

経営者を目指す元経営者に求められる資質

別の企業での経営者・役員クラスやプロ経営者を目指す場合には、以下のような資質が求められる。

○経営者を目指す元経営者に求められる資質
・将来の明確なビジョンを掲げられる能力
・ビジョンを実現化する行動力
・自分のビジョンに周りの人間を巻き込む魅力
・想いや考えを周りに分かりやすく伝える能力
・自己変革力 など

経営者には高いレベルでの知識・スキルも当然求められるが、やはり結果を出さなくては意味がない。そのため、より良い企業を目指すための具体的なビジョンや、そのビジョンを実現するための計画力・行動力などは必須と言えるだろう。

また、魅力的なビジョンを思いついても、周りの協力なしにそれを実現することは困難だ。経営者が1人で取り組める業務は限られているので、周りの部下や人間を巻き込むリーダーシップが求められる。

周りがついていきたくなる人柄や性格など、経営者には業務的な知識・スキル以外の資質が求められる点はしっかりと理解しておきたい。そういった資質を身につけるには、やはり経験や実績を積むことが重要なポイントになるだろう。

廃業前なら「M&A」という選択肢も

自社の廃業前であれば、「M&A」も選択肢のひとつとして考えておきたい。M&Aとは、自分の会社や事業を他社に売却する手法だ。

M&Aには以下のようなメリットがあるため、目的次第では転職活動に代わる選択肢になるだろう。

○M&Aの主なメリット
・後継者をスムーズに見つけられる
・経営者の手元に売却益が残る
・銀行融資の経営者保証が解除される
・従業員が路頭に迷うことを防げる

自身のスキルアップやキャリアアップを目指しているものの、従業員などの周りに及ぼす影響から、「なかなか廃業する道を選べない…」と悩んでいる経営者も多いはずだ。その点、M&Aでは会社や事業を丸ごと売却する形になるため、従業員の生活が一気に脅かされることはない。 また、経営者の手元にまとまった利益が残る点も、M&Aならではの魅力と言えるだろう。その資金を使って新たな知識・スキルの習得を目指せるうえに、金額次第では新たな企業・事業を立ち上げられる。

さらに債務に対する不安が解消される点も、経営者にとっては大きなポイント。社会的信用性の高い買い手が見つかれば、銀行融資の経営者保証をすべて引き継げるので、経営から離れるハードルが一気に下がる。

近年では、自治体をはじめとした公的機関が事業承継としてのM&Aをサポートするなど、M&Aに取り組みやすい環境が整いつつある。マッチングサービスを提供する企業も多く存在しているため、スキルアップやキャリアアップを見据えた転職活動に取り組んでいる経営者は、選択肢のひとつとして検討してみてはいかがだろうか。

最終的な目的を明確にし、より効率的な選択肢を

経営者の転職活動には、さまざまな障害・ハードルが存在する。元経営者の肩書きが社会的に評価されにくい部分も大きいが、転職活動に取り組む経営者自身の心情も、場合によっては大きな障害になってしまう。

転職活動がスムーズに進まないケースも多々見受けられるので、転職を目指すのであれば早めに準備にとりかかることが重要だ。特に書類選考や採用面接については、早めに対策を万全にしておきたい。

また、スキルアップやキャリアアップを目指している場合は、転職以外にもM&Aなどの選択肢が存在する。ケースによって最適な選択肢は変わってくるため、自身の最終的な目的を明確にしたうえで、より効率的な道を慎重に選ぶようにしよう。(提供:THE OWNER