文化も言語もビジネスの環境も「白と黒」くらい全然違う!

日本と欧米の違い,アルナ イェンソン
(画像=THE21オンライン)

アイスランド出身のアルナ イェンソン氏が起業した〔株〕コーリジャパンは、独自に開発したAI「3O(スリーオー)」を使った法人向けの英語学習プログラム「cooori(コーリ)」を提供しているベンチャー企業だ。3Oは、7万時間以上の日本人の英語学習データをもとに、学習者一人ひとりにパーソナライズした効率の良い英語学習法を提案してくれる。なぜ、アイスランド人が、日本で、英語学習プログラムの企業を立ち上げたのか? また、イェンソン氏には、日本のビジネス環境がどのように見えているのか?


――起業する前、東京工業大学大学院で博士号を取得されています。なぜ日本に留学したのですか?

イェンソン 私は米国やデンマーク、オーストリア、イングランドで暮らしたことはありましたが、日本に住んだことはありませんでした。米国やドイツで博士号を取るという選択肢もありましたが、欧米とは違う環境の日本で暮らすというチャレンジをしたかったのが、理由の一つです。

もう一つの理由は、東工大にいた古井貞煕(さだおき)先生(現・コーリジャパン取締役、豊田工業大学シカゴ校前学長)とeメールでやり取りをして、古井先生のもとで研究することに興味を持ったからです。東工大では、古井先生のもとで、文科省から奨学金をいただきながら、6年間、研究をしました。

――どんなことを学んだのでしょう?

イェンソン コンピュータサイエンスについて深く学びましたし、そもそも研究とはどのようにするものなのかも学びました。博士論文のテーマは、AIと自然言語処理に関するものです。

――日本の印象はどうでしたか?

イェンソン もともと日本についてほとんど知らずに来たのですが、それまでに住んだことがある欧米の国々とまったく違いました。白と黒が違う色なくらいに違う。マインドも違いますし、行動も違います。

例えば、結婚式でのスピーチでジョークを入れるにしても、欧米だと使える皮肉が、日本では場に相応しくないとされます。欧米だと自分の考え方でダイレクトにコミュニケーションを取れるのですが、日本では言い方を工夫しなければなりません。

――日本語の習得に苦労して、それが今の事業を始めるきっかけになったとか。

イェンソン 日本は、言語も欧米とまったく違います。私は11~12歳から英語を勉強して身につけましたが、日本語は英語よりもはるかに難しい。私の母語のアイスランド語も、英語と似た文法や語彙はあるものの、英語との違いは日本語と韓国語くらいあります。しかし、日本語との違いは、英語とは比較にならないくらい大きいです。

――博士号を取得したあと、日本で起業したのはなぜですか?

イェンソン 私にとって言語習得は課題の一つで、英語の他、ドイツ語やデンマーク語も学びました。そして、日本語に出合って、その習得の難しさも経験しました。ですから、大学院でテクノロジーを学んだことで、テクノロジーを使って言語習得の効率を上げたいと思うようになりました。

そして、日本がこれから世界で生き残っていくためには、日本人の英語力を高めなければならないとも思いました。

言語習得の経験とテクノロジーを活かして、日本人の英語力を高めることは、他の人にはできない自分のミッションだと考えて、日本で起業したのです。

――日本は欧米よりも起業のための環境が未熟だと言われています。その違いは感じましたか?

イェンソン 私が起業した10年前は、確かに日本での起業はとても難しかったです。ちょうどリーマンショック後だったこともありますが。当時に比べると、今は環境がよくなっています。とはいえ、政府のサポートや税の優遇などの面で、欧米のほうが、より環境が整っています。

また、日本では、個人がイノベーションを起こすという意識が、欧米よりも希薄だと感じます。イノベーションについて語られるのも、イノベーションが起こるのも、大企業の中であることが多い。

日本に限らず、起業して成功する人を生み出すためには、外国からの移住者を受け入れる環境を整えることが大切だと思います。移住者は、次々に課題に直面し、それらを乗り越えなければならないので、タフです。起業家に必要な精神を鍛えるトレーニングができているわけです。例えばイーロン・マスク氏は南アフリカの出身ですし、スティーブ・ジョブズ氏はシリアに、孫正義氏は韓国にルーツがあります。

――リーマンショック後の厳しい環境の中で、どのように起業したのでしょう?

イェンソン 初めは日本のVC(ベンチャーキャピタル)にアプローチしたのですが、相手にされませんでした。そこで、アイスランドのVCにアプローチしました。

 日本で英語の事業をするためにアイスランドのVCから資金調達をするというのは妙な話かもしれませんし、アイスランドもリーマンショックでとても厳しい経済状況に陥っていたのですが、諦めずに話をしたことで信用してもらうことができました。どんなに難しい状況でも、道を見つけて突破していくことが大切です。

――起業してから、事業は順調に伸びましたか?

イェンソン 初めはBtoCのビジネスをしていたのですが、収益を上げるのが難しかったので、BtoBに変えました。

幸運だったのは、2013年に「SF Japan Night」というスタートアップのコンテストで優勝できたことです。それをきっかけに、日本交通〔株〕や日本航空〔株〕と関係を築くことができました。

これは大きな転機でしたが、それだけで事業が伸びたわけではなく、プロダクトをずっと進化させ続けています。ですから、今のプロダクトは当時と大きく変わっています。

――欧米とは違う、日本の顧客の特徴は感じますか?

イェンソン とても感じます。まず、日本の顧客は100%のクオリティを求めます。期待値が高いので、スタートアップにとっては厳しい市場です。

一方、いったん顧客になると、長く関係を維持するのも特徴です。多少うまくいかないことがあっても、すぐに関係が切れることはありません。欧米では顧客との関係はそれほど強くなく、何かあるとすぐに切られてしまいます。

――今後の展開については、どんなことを考えていますか?

イェンソン coooriは今でも優れたプログラムだと自負しています。導入していただいた企業の人事部など、管理者の方が、学習者一人ひとりの学習状況をリアルタイムに把握できることも、英会話教室などでは実現できない特長です。しかし、”Great English Learning Product”になるべく、今後、さらにAIの性能を向上させて、より効率的に英語が習得できるようにしていきます。

今はリスニングとリーディングだけをサポートしていますが、ライティングや会話の練習もできるようにしたいと考えています。

さらにその先では、もう一度、BtoCのビジネスに挑戦したいという気持ちもありますし、言語だけでなく、他の分野の学習にも応用したいとも思っています。

――coooriを韓国や中国などでも展開することは考えていないのでしょうか?

イェンソン 技術的には可能ですが、まずはプロダクトの質を上げることが大切なので、マーケットは日本に絞っています。他の国に進出するためには、マーケティングや営業のチームを新たに作る必要もあるので、事業のフォーカスがブレてしまいます。もっとも、3~4年後にはどうするかわかりませんが。

アルナ イェンソン(Arnar Thor Jensson)
〔株〕コーリジャパン創立者兼CTO
アイスランド生まれ。工学博士。アイスランド大学卒業後、ソフトウェア・エンジニアとして働いたのち、東京工業大学大学院情報理工学系研究科にて博士号を取得。来日当初、日本語の習得に苦労したことから、語学の壁を取り払う方法を考えるようになり、人工知能を用いた言語学習ソフトウェアの開発を目的に、2010年にアイスランドを本拠地としてCooori ehf社を設立、日本語学習教材を開発する。その後、15年に、同社の日本法人・〔株〕コーリジャパンを設立。人工知能を用いた日本人向け英語学習プログラムcooori(コーリ)を開発する。18年には開発に約10年を費やしたニューラルネットワークベースのAI「3O(スリーオー)」を発表。現在もさらなる機能拡充、技術開発に邁進している。 文部科学省EDGEプログラムの一環として発足した、東京工業大学CBECプログラムのアドバイザリーボードメンバーも務める。(『THE21オンライン』2019年11月13日 公開)

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