(本記事は、松原英多氏の著書『もの忘れをこれ以上増やしたくない人が読む本 脳のゴミをためない習慣』講談社の中から一部を抜粋・編集しています)
脳循環は30歳前後に低下し始める
脳が必要とする物質の補給のすべては、脳循環が受け持っています。
脳循環と記憶、さらには認知症との関係は実に深いのです。東北大学加齢医学研究所の報告にも、脳循環不良が認知症に深く絡むとあります。
度忘れくらいしか兆候のない「その前」の時点でも、症状が現れないだけで、脳循環は低下傾向にあると思われます。
「思われる」だけでは信用できないと言われる方は、岡山大学名誉教授の小川紀雄教授が書かれた『内科医のための臨床痴呆学』の「加齢により低下する3つのカーブ」をご覧ください。
脳血流、酸素代謝率、ブドウ糖代謝率の3つのカーブが20歳後半から30歳前半にかけて、見事に低下するのがわかります。
脳血流、酸素代謝率、ブドウ糖代謝率のいずれも、脳の知的活動に欠かせないものです。この3つのカーブが低下すれば、いかに優秀な脳でも衰えます。燃料なしで自動車を走らせるような具合なのですから。
ここでのポイントは、脳循環の重要性です。3つのカーブをまかなうものこそ脳循環です。脳循環が低下すれば、3つのカーブは年齢以上に老化して、認知症へ直行するのです。
脳循環の重要性については日本医師会も警告を発しています。
日本医師会雑誌の『老年期痴呆診療マニュアル』にも、認知症の基礎疾患の御三家は「高血圧」「脳血管障害」「心臓疾患」と記載されています。
最近では「糖尿病」も加わるため、御三家は四天王に昇格しましたが。
この四天王をよく見ると、すべてが血管系の疾患、もしくは血管・血流に悪影響をもたらす疾患です。
血管・血流に悪影響をもたらし、脳循環を低下させ、脳を栄養失調状態に追い込むのです。栄養失調状態に追い込まれた脳は哀れです。認知症へ直行する以外に道がなくなるからです。
四天王に数えられる糖尿病も、血液中のインスリン濃度が高くなり、アミロイドβがたまりやすくなります。また、糖尿病のもたらす動脈硬化も忘れてはなりません。
戦いの勝敗は、補給によって決まるといいます。補給が多ければ勝利の確率が高くなる。逆に補給が途絶えれば、兵士がいかに力戦奮闘しても、敗戦の色が濃くなる。「その前」戦争も認知症戦争も同じです。勝利のカギは脳循環にあります。
ノーベル賞を生み出す超優れものの脳細胞でも、腹が減っては戦ができないのです。
酸素の補給の面から見ても、脳細胞は酸欠に超弱い。わずか20秒の酸欠で参ってしまいます。参ってしまえば、もちろん記憶力をはじめとした知的機能は大幅にダウンです。
こうした窮状を救うものこそ、酸素や栄養分をたっぷりふくんだ血液の脳循環です。これにより、老いた脳細胞も奮起します。そして、「その前」ならば「賢脳」というご褒美つきで無事通過。認知症も近寄れません。
すべての臓器の循環の主役が毛細血管
血液循環は超重要ですが、問題は血液の通り道の血管が、健康な「管」としての性能をしっかりと維持していないと、酸素やブドウ糖、栄養分たっぷりの血液も必要としている目的地に届きません。
つまり循環の第二の問題は血管の確保と血管の機能維持です。
ところで、「1:2:600〜800」という数字をご存じでしょうか。
銀行やコンピューターの暗証番号ではありません。
意味は、血管の断面積の総和に関する数字です。
動脈の断面積の総和を1とすると、
静脈は2
毛細血管は600〜800
になります。
そもそも血管は、動脈、静脈、毛細血管の3種類に分けられます。
それぞれの血管の断面積の総和を調べてみると、「1:2:600〜800」となります。数字を比較してみれば一目瞭然、全身の血液循環のほとんどは、毛細血管がまかなっていることがよくわかります。
確かに動脈は太い。心臓近くの大動脈は直径が約3センチメートルもあります。でも数が少ない。少なければ循環に不足が生じます。つまり太い動脈だけでは、循環は無理なのです。
にもかかわらず、毛細血管の重要性を知る人は非常に少ない。
毛細血管の勉強を少ししておきましょう。
毛細血管は、その名のとおり、毛のように細い。実際には毛よりずっと細く、直径は8〜20ミクロン。1ミクロンは1マイクロメートルなので0.000001メートル。ミリにすると0.001ミリです。
と言われても、想像もできませんね。毛細血管を約100本並べてやっと1ミリ。
これならばイメージがわくでしょう。
約100本並べてやっと1ミリの太さとは、赤血球が1個か2個並んで、やっと通れるくらいの細さです。
さらに、直径が細ければ壁も薄い。毛細血管の壁は1ミクロン程度の1枚の膜状になっています。
ここでもう少しくわしく毛細血管を見ることにしましょう。
毛細血管の壁は、一般の血管のいちばん内側に位置する「内皮細胞」と呼ばれる細胞の膜です。1枚の膜状ですがこの内皮細胞がつぎはぎのようにつながって、毛細血管という超細い管を作っているのです。
その様子は、医学書の言葉を借りれば、こんな具合になります。
「1個の内皮細胞の端が長い舌のように伸びて、互いに絡み合うような格好で、隣の内皮細胞とくっついている」
くっついているといっても、つぎはぎです。つぎはぎには間がある。よくよく調べてみると、約150オングストロームくらいの間があいている。ちなみに、1オングストロームとは1億分の1センチです。つまり毛細血管は何から何まで超小型なのです。
話を戻します。約150オングストロームくらいの超細い隙間こそ、毛細血管の一大特徴なのです。この超細い隙間をかいくぐって、栄養分や酸素が運び込まれ、老廃物や炭酸ガスなどを取り出しているからです。
たとえば肝臓。肝臓は下大動脈から枝分かれした血管で血液補給されています。でも、枝分かれした血管と肝臓のあいだには蛇口もジャックもあるわけではありません。
下大動脈から枝分かれした血管がさらに分かれ、最終的には毛細血管となって、肝臓の組織内に入っています。つまり毛細血管が肝臓の血液循環を賄っているのです。
この毛細血管システムは他の臓器や器官でも同じ。脳も同じです。
しかし毛細血管の隙間説にも異論があります。「隙間でなく、内皮細胞本体を通り抜けているのだ」という説もありますが、現在のところでは、隙間説が主流です。