(本記事は、松原英多氏の著書『もの忘れをこれ以上増やしたくない人が読む本 脳のゴミをためない習慣』講談社の中から一部を抜粋・編集しています)

認知症はどの段階なら治せるか

認知症
(画像=pathdoc/Shutterstock.com)

2025年には、日本で65歳以上の5人にひとりが認知症と言われます。なぜ予防が認知症への最大の対処法なのか、より理解していただくため、認知症とはどういう病気かについて説明します。

医者から言わせると、認知症は非常に変わった疾患です。一般の疾患は、

軽症→中症→重症

の3段階に分けられます。

しかし認知症は難病中の難病です。一般の疾患のような3段階では、とても捌ききれません。

そこでアメリカでは「超軽症」という考えを始めました。

1990年ごろから提唱された考えに「軽度認知障害(MCI、Mild Cognitive Impairmentの略)」があります。

「軽度認知障害(MCI)」とは、正常と非正常の中間で、認知症が治りにくいので、軽度ならば治る可能性も高まるだろうと思いついたのです。もっとわかりやすく言えば、「老化による生理的なもの忘れの少し進んだ程度のもの」です。

そこでまず、「軽症→中症→重症」の3段階をグレードアップして、

超軽症→軽症→中症→重症

の4段階に分けたのです。

日本医師会も負けていません。以前から「軽度認知障害(MCI)」について一言あります。1995年(平成7年)発刊の日本医師会雑誌『老年期痴呆診療マニュアル』には次のように記載されています。

「痴呆とまではいえない程度の知的機能低下は老年者では非常に多く、これが痴呆の裾野を形成している。この中には将来アルツハイマー型痴呆や脳血管性痴呆になる途中の段階のものとか、正常老化に頭を使わないことによる廃用症候群が加わったものなど、いろいろなものが含まれている。

痴呆になってからではなく、この段階でできるだけ痴呆化を防ぐことが大切であり、特に廃用症候群が加わったものでは、頭を使う訓練により知的機能の回復が期待できる」(原文のまま)とあります。

わかりやすく言えば、将来アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症になる途中の段階のものも、つまり「軽度認知障害(MCI)」ならば、頭を使う訓練により知的機能の回復が期待できるということです。

「不治の病の認知症」も適切なタイミングで、適切な脳の知的訓練があれば、病状改善の可能性がある。非常に嬉しい情報です。

非常に嬉しい情報は続きます。

軽度認知障害は、いわば認知症の前駆状態です。従って、認知機能が正常な高齢者に比べて、認知症になる危険性もはらんでいる。

しかし、その後の訓練・治療次第では、正常へ回復する例も少なくない。

豪州シドニーでの縦断研究では、健忘型軽度認知障害の高齢者で、2年後に認知障害がない状態に改善する率は、

多重領域に問題がある場合は10.9%

単一領域の場合は44.4%

と報告しています。

まずは、多重領域と単一領域の説明です。

認知症の症状は、中核症状として、記憶力の低下、見当識の低下、意欲の低下と並びます。中核症状とは中心になる症状のことです。

認知症の病勢は多種多様でいろいろあります。その「いろいろ」があればあるほど、「脳内のより広い面積をおかしている」という意味になります。こうした状態を、多重領域と考えてください。

さらに認知症の暴言、不潔行為、徘徊などの周辺症状が加われば多重領域はより広がります。

単一領域とは、ただひとつの症状を意味します。そして多重領域は重症、単一領域は軽症とも考えます。重症の改善率は10.9%、軽症の改善率は44.4%と理解することもできるでしょう。

さらに愛知県大府市の65歳以上の住民約4200人を4年間追跡した調査でも、軽度認知障害と判定された約740人のうち、

14%は認知症に進み

46%は正常に復帰したとあります。

以上の報告は、重要なことを示唆しています。

認知症を治療するには、いち早く軽度認知障害を発見し、いやもっと早期に治療を開始することが最重要である、と解釈されます。

これらの報告は、「認知症もタイミングさえキャッチすれば回復する」という、嬉しい事実でもあります。

しかし、手放しで喜んではいられません。嬉しい話には難点もあります。

前出の調査結果をよく見てください。

豪州シドニーでは、「多重領域に問題がある場合は10.9%の症状改善率」とありますが、裏を返せば89.1%は治らなかったとなります。

単一領域の場合は44.4%ですから、55.6%の人が治っていないのです。

つまりは、タイミングをさらに早期にキャッチすることが重要ということです。最も重要なタイミングこそ、「その前」です。

「その前」とは「軽度認知障害(MCI)」以前の状態です。

わかりやすく言えば、「その前」つまり何もない正常な時期から予防を始めるとの意味です。

認知症「その前」なら難しいもの一切なし

ほとんどの人は、認知症の症状はもの忘れと信じ込んでいます。ちょっと物知りさんならば見当識という言葉を加えるかもしれません。

超軽症のもの忘れは、正常老化のそれとすれすれの状態です。「またオジーチャンのもの忘れが始まった」程度で見逃す例が非常に多いでしょう。こうして認知症治癒のせっかくのチャンスを失います。

仮にうまくチャンスをつかめたとしても、適切な脳の知的訓練も難しい。

訓練参加には、本人と家族の承諾が必要になります。また訓練してくれる施設を探すのもひと苦労です。

説得やら施設探しやらで苦労が重なると、つい「まだ大丈夫だろう。もう少し様子を見よう」になり、またまた、せっかくのチャンスも空振りに終わります。

そもそも超軽症と言っても、相手は超難治の認知症です。認知症の診断があれば、軽くても重くても、いや「軽度認知障害(MCI)」でも難治を覚悟する必要があります。

ここに、「予防に勝る治療なし」の一句があります。

治療が難しければ予防でゆきましょう。つまり予防重視で認知症を退治するのです。

そこで超軽症→軽症→中症→重症の4段階に、さらにもう一歩進めて「その前」→超軽症→軽症→中症→重症の5段階に分けます。

もっとも、「その前」は認知症でなく正常範囲です。当然のように、「その前」ならば認知症のゴミの被害のかけらも見えない。見えない相手に知的訓練を始める。これは難しいを越えて、不可能かもしれない。

でも、ここが最重要なポイントなのです。ゴミの被害のかけらも見えないとは、相手が最弱の状態です。最弱のときに攻め立てれば、お味方の大勝利間違いなし。かくて認知症は姿も見せず、霧散あるのみになります。

「その前」は認知症ではありません。「その前」の時期に必要なものは治療ではなくて予防です。

予防法も難しく考えないでください。たんに「気をつける」だけでも、ある程度の効果があります。その他の方法は後述しますが、難しいものは一切なし。

そして、あとは「ローマは一日にして成らず」の精神で実行と継続です。

もの忘れをこれ以上増やしたくない人が読む本 脳のゴミをためない習慣
松原英多(まつばら・えいた)
医学博士・内科医・日本東洋医学会専門医・エビス診療所院長。東京生まれ。東邦大学医学部卒業後、アメリカ・カナダの医学教育調査の助手として4年間各地を視察。帰国後、母校で大脳生理学の研究・東洋医学・医学心理・催眠療法を学ぶ。臨床医として現在、認知症予防に専念。日本テレビ系列「午後は○○おもいッきりテレビ」のホームドクターとして23年間レギュラー出演。著書には、『使い捨てカイロで体をあたためるすごい! 健康法』『健康長寿の医者が教える 人の名前が出てこなくなったときに読む本』(ともにロング新書)他がある。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます