(本記事は、松原英多氏の著書『もの忘れをこれ以上増やしたくない人が読む本 脳のゴミをためない習慣』講談社の中から一部を抜粋・編集しています)
「これは怪しい!」日常動作
認知症の見分け方は非常に難しいです。
なぜなら、とくにアルツハイマー型認知症の初期には、ほとんど症状がありません。
基本的生活機能は初期から中期まで、さほど支障がないのです。ただ、だんだんと次のような変化に気づくかもしれません。
〈ちょっと複雑な道具の使い方が下手になる〉
代表的なのが食事のときのお箸の持ち方や使い方です。
お箸は毎日の生活に、必ずといってよいほど使われるものですから、お箸の持ち方や使い方の変化は発見しやすいでしょう。
お作法の先生によると、正式なお箸の持ち方は非常に難しいそうです。最近のお母さまの家庭教育では、正しい箸の持ち方を知らない学童が多いとも言います。また先割れスプーンでの食事も箸の持ち方を損ないます。
子どものころから、正しい箸の持ち方を教えることが、将来の認知症予防の大きな力になるのです。たとえ正式でなくても、下手な持ち方なりに食べ物をこぼしたりつかみ損ねたりも少ないでしょう。
さて、認知症になり、道具の使い方が下手になると、お箸の持ち方や使い方も変わります。こぼしたりつかみ損ねも増えます。
中期になると、道具の使い方がますます下手になります。食事でも前掛けが必要になるくらいこぼします。
よく見られる例ではパントマイムが不能になります。毎日歯を磨いているにもかかわらず、歯みがきのマネができなくなります。
案外発見の遅れるのが見当識の低下です。発見のきっかけは車庫入れが多いようです。車庫入れが下手になり、自動車のあちらこちらにこすり傷が増えるようならば要注意です。
〈ふたつの行為が並行してできなくなる〉
朝のお台所は戦場のような忙しさです。片方で魚を焼き、他方で汁ものを調理する。いわゆる「2行為同時進行」です。
アルツハイマー型認知症の初期では、この2行為同時進行が非常にむつかしい。片方の失敗が増えてきます。
調理ばかりではありません。散歩中の会話に、簡単なナゾナゾを加えます。その正解率が下がれば、「疑い濃厚」です。
散歩という行為とナゾナゾ問答という、「2行為の同時進行での失敗」を調べるのです。ナゾナゾ問答は簡単なものがよろしい。妙にひねると、ナゾナゾを解くのが主役になって、せっかくの2行為が1行為になってしまいます。
「2行為の同時進行での片方の失敗」がたびたび起こるならば、厳重警戒です。
〈簡単な質問への回答も苦手になる〉
「生年月日、現住所、電話番号」は、病状が中程度でもはっきり言える認知症患者さんは少なくありません。
はっきり言える。これで家族は大安心します。
「こんなにはっきり言えるから大丈夫だ」
いやいや、その安心は身びいきだし、まだ早い。次のチェックをしてください。
「今日は、何年何月何日何曜日ですか」
突然に聞かれると、健常者でも口ごもる人がいます。
何年は西暦で答えても年号で答えてもOKです。
西暦で答えたときは、年号も答えてもらいます。
年号で答えたときも、西暦を答えてもらいます。
さらにもう一歩踏み込んで、
「3月では、何を思い出しますか」
「おひな様」とか「桃の節句・女の節句」などが出れば合格です。
認知症では、「月」が絡む思い出はなかなか出てきません。2〜3のヒントを与えても答えられなければ不合格です。
「最近でいちばん気になるニュースを教えてください」も重要な質問です。
認知症は「おひとり社会」の住人です。一般社会のニュースや出来事を気にしません。
「記憶にありません。わかりません」がいちばん多い答えでしょう。とくに軽症のアルツハイマー型認知症でも「わからない」は23%に及ぶといいます。
「最近のニュースに無関心」は社会性の欠落であり、病状進行とともに無関心度が高まっていることの表れです。
また、「最近忙しくてあまり新聞も読まないので」のような取り繕い的な答えはアルツハイマー型認知症の特徴であり、初期から現れます。もちろん病状の進行とともに顕著にもなります。
アルツハイマー型認知症の取り繕い的な答えは特徴的なもので、作り話でありウソです。その巧みさは想像以上。慣れた医師でも騙される(?)ことがあります。
こうして質問しながらも、「振り返り行動」の有無を調べます。 認知症になると「記憶力の低下」を強く自覚します。答えながらも不安で仕方がない。記憶に自信がないので、家族または付き添いの人に確かめようとして振り返るのです。
「認知症診断には付き添いが必要」というのも、医師が振り返り行動の有無を知りたいからです。
〈お絵かきで判明〉
「時計の絵を描いて、長針と短針を入れて11時10分の時刻を示してください」
このお絵かきチェックは、高齢者の自動車運転免許講習でも行われます。「時の見当識チェック」と同時に、絵を描くことで、「実行障害」もチェックします。実行障害とは、頭に浮かんだ、または計画したことを実行に移せるか否かの障害です。
「今は何時ごろ」の質問で、時の見当識障害の有無がわかります。「何時何分」の正確さは必要ありませんが、正午の検査でこう尋ねて「午後6時です」と答えたら、やはりアウトです。1時間以上の差ではアウトです。
さらに進んで透視立方体の模写チェックもあります。
透視立方体の絵を見せて、「この絵のとおりに描いてください」のチェックです。見本を見ながらのお絵かきですから、簡単に描けると思いますね。
認知症では、その「簡単」ができないのです。見本を見ながらでも失敗します。
透視立方体の模写テストは、アルツハイマー型認知症の初期にも不合格が少なくなく、中期以後になると、不合格は急カーブで増えます。ついには「ただの四角がふたつだけ」にもなります。
このチェックで、初期から中程度での隠れ認知症をも発見できます。
〈手で影絵を作れるか〉
次はハトとキツネの影絵作りができるかのチェックです。「山口式キツネ・ハト模倣テスト」と呼ばれるもので、決してお遊びではありません。
キツネ作りは中程度まで可能ですが、ハト作りは超軽度の認知症でも不可能の人が多いようです。
〈四肢の麻痺が教えてくれる〉
「バレー徴候」と言われるもので、四肢の隠れた麻痺を見つけるテストがあります。アルツハイマー型認知症か脳血管性認知症の区別にも使われる検査です。
まず腰掛けて、肘を曲げたまま両腕を前方に伸ばし、床と水平なくらいに上げて維持。このとき掌は上向きです。目を閉じたままにして、数秒もすると、麻痺した側の手が下がり出します。
足のバレー徴候も調べます。
腹臥位(腹ばい姿勢)になって両下肢を45度くらいに持ち上げ、そのままの姿勢を保ってもらいます。麻痺があると、その足は下がってしまいます。
ここまでのチェックでひっかかれば、なるべく早くホームドクター(または、かかりつけ医)に、無駄でもよいから相談しましょう。大丈夫であれば、これ以上の喜びはありません。
患者さんはいやがるでしょうが、「念には念を入れて」です。ぜひとも受診をお勧めします。
〈「これは怪しいぞ」と感じる顔つき〉
患者さんが診察室に入ってきた途端に、経験を積んだ医師は「これは怪しいぞ」と感じます。
どこで感じるのか。顔の表情です。衣服の乱れも気になりますが、表情の乱れも重要です。
表情からわかることとして、愛知医科大学准教授の岩崎靖医師は、
「『表情を読む』ことは、社会的存在としての人間にとっても、重要課題だ。表情の観察は、情動反応の観察という面でも重要である。
脳神経疾患においては、情動反応に異常が起こることは稀ではなく、心因反応や内因性精神病を疑わせる表情が、神経疾患でみられることがある。例えば前頭葉の広範な障害により、軽い躁状態で多幸的な表情となったりする。
また、『感情失禁』では、『ちょっとしたことでひどく泣いたり、わずかなユーモラスなことでひどく笑う』ことも出現することがある」と言われます。
認知症では、病状が進むと「認知症顔貌」も現れます。緊張のまったくない、張りのない、気の抜けたような顔つきになります。
最近、町中で、口に手を当てるでもなく、ハンカチで覆うでもなく、何の恥じらいもなく、大あくびをする若者や中年男性をよく見かけます。
あくびは生理現象だから当たり前、で済むでしょうか。何の恥じらいもなくとは緊張感の欠落と社会性の欠落を意味します。このふたつの欠落は、遠くない日に認知症が到来する予告かもしれません。
「その前」症状としては、厳重警戒です。このまま進めば、間違いなく認知症地獄に落ち込みます。