(本記事は、松原英多氏の著書『もの忘れをこれ以上増やしたくない人が読む本 脳のゴミをためない習慣』講談社の中から一部を抜粋・編集しています)
糖尿病性認知症は予防も治療も可能
学説というより、経験則として、まったく新しい認知症が現れました。提唱者は、東京医科大学病院の羽生春夫副院長です。
同教授によると、こんな具合です。
「認知機能の低下を生じた患者さんの中には、血糖管理を適切にするだけで、注意力や遂行機能といった症状が改善する症例がある。既存の認知症とは異なる、新たに『糖尿病性認知症』として、認識すべきだと考えている。
糖尿病性認知症の患者さんは、糖尿病の罹患歴が長く、やや高齢で、大脳萎縮は認められるが、記憶の海馬の萎縮が軽度という特徴がある。また注意力の障害が高度だが、症状の進行が緩やかな印象もある。
認知機能の低下を来すものの、諸検査で確認すると、アミロイドβの蓄積といった、明確なアルツハイマー型認知症の病変や脳血管性病変は認められない。既存の認知症疾患で生じる病変を認められないことから、アルツハイマー型認知症や脳血管性病変の影響より、糖代謝異常に伴う神経障害が、認知機能低下に深く関連しているのではないかと、考えられる。
当院(東京医科大学病院)で、糖尿病を合併した認知症患者約240人を連続的に調査した結果では、半数がアルツハイマー型認知症であり、約15%が脳血管性認知症、そして約10%がこの糖尿病性認知症だった。
これまで、糖尿病性認知症の患者さんは、その多くがアルツハイマー型認知症と診断され、その治療が行われてきた。糖尿病性認知症は、アルツハイマー型認知症ではない。そうした患者さんに、アルツハイマー型認知症の治療を行ったとしても、治療効果が得られにくいのは当然だ。
糖尿病性認知症の発症には、糖尿病に伴い、脳のシミであるアミロイドβの仲間のタウタンパクが、大きく影響していると考えられている。タウの悪影響が、糖尿病により加速されると、脳内にアミロイドβがさほど蓄積していなくても、タウの沈着が増加し、認知症の発症につながるのではないかと思われる。
要するに、タウの沈着が増加する前から、血糖コントロールを適切に行うことで、糖尿病性認知症の発症を防げる可能性が高いということである。
したがって、糖尿病性認知症こそ、中年期からの徹底した血糖コントロールにより予防できる認知症、とも言えるだろう。
認知機能障害が生じてからの機能回復は、非常に困難だ。だが、まだ機能を回復できる見込みのある軽度認知障害の状態や、脳の神経細胞に傷害が起こる前(「その前」筆者注)であれば、適切な血糖コントロールによって発症を遅らせたり、予防することができるはずだ。
不幸にして発症後だとしても、血糖コントロールを適切にすれば、注意力や遂行機能といった、一部の認知機能が改善する見込みもある。既存の認知症と混同するのではなく、明確な診断基準を確立し、コントロール可能な認知症として、治療法を見いだす必要があるのではないか」
少々内容が難しいので要約してありますが、要するに血糖値が高く糖尿病と思われる場合に「糖尿病性認知症」という、新しい認知症が生まれたことになるのです。
何より嬉しいのは、適切な血糖値管理で、「糖尿病性認知症」は予防も可能だし、治療も可能だという点です。
糖尿病は、高血圧に負けないくらい多くの人が罹患しています。まさか糖尿病が認知症につながるとは、考えにくいかもしれません。
だが、糖尿病は甘くありません。甘くないどころか、全身に、万病の悪影響を及ぼす、恐ろしい病気です。糖尿病という最悪病が認知症という極悪病につながる。考えただけでも鳥肌の立つ思いです。
「その前」の時点で、高血糖がわかれば、認知症も十分に予防可能です。「血糖値が高い」は糖尿病の赤信号と同じく、認知症の警告でもあります。
不幸にして糖尿病と診断されたら、血糖値の管理には、十分すぎるほどの用心を心掛けるべきです。
認知症予防の強力助っ人は腸の免疫力
免疫とは病気と戦う力です。認知症とも戦います。
免疫が弱まれば、ガンにもなるし認知症にもなります。それほどの大物でなくても、風邪の引きまくりも、免疫力の低下が原因です。
問題は免疫力の向上法です。免疫の研究とは、ノーベル賞をいただけるほどの大きなテーマです。その向上法は当然、難物であることを覚悟しましょう。
「免疫は総合体力の結果」という言葉があります。当然ですが、きわめて重要な一句です。
免疫という言葉は知っているが、正体はなかなか実感できません。
気持ちや心の動きは、免疫より近い存在と言えます。気持ちの原点である喜怒哀楽を実感できるからです。
われわれは、笑いを中心にして喜怒哀楽を上手に使い分けられます。しかも、さほど難しくない。
大いに笑いましょう、楽しみましょう。笑っても楽しんでも、気分が晴れなかったら、大いに泣きましょう。こうして気分がすっきり晴れます。その時点で、免疫は亢進しているのです。
かなり以前より、笑いと免疫力の関係は、多くの学者たちが取り組んでいます。そして、ガンなどの難病治療に効果を上げています。ならば、認知症も蹴散らせるはずです。
人間は感情の動物と言われます。感情に押し流されず、上手に使い分けてこそ、免疫を取り込めるのです。
喜怒哀楽を生かして、認知症に打ち勝ちましょう。
しかし、免疫力の真の活躍の場は腸です。
腸には食物と同時にいろいろな食材や異物も入ってきます。入ってくる食材の中には、よいものもあれば悪いものもある。
さらに腸内は発酵の場でもあります。腸内には約1000種類、100兆個から1000兆個以上の常在菌が住みついているという説もあります。
最近、「ゴミ屋敷」で町内が騒々しいようですが、腸内も心配です。
国立長寿医療研究センターは、久留米大学などと協力した研究で、「腸内細菌は認知症と強く関連する」と発表しました。
認知症の人は腸内の細菌バランスが悪く、健常者は腸内環境がよかったとも報告しています。
腸内環境では、多くの人が、常在菌を善玉菌と悪玉菌に分けて、善玉菌が多いほど健康と考えたがります。
正解はノーです。善玉菌は悪玉菌のためにあり、悪玉菌は善玉菌のためにある。よくわかりませんね。つまり、両者のバランスが重要なのです。
善玉菌と悪玉菌がほどよいバランスを維持している状態とは、下痢もなく、便秘もなく、腹痛や腹部違和感もなく、といった状態を指します。
お腹に苦痛や症状がなければ、それでOKです。
では、こうしたグッドなお腹の状態を作れば、免疫力は向上し、気力も充実し、健康でいられるのか。
いられます。
漢方薬に補中益気湯という薬があります。漢方薬特有の考え方ですが、簡単に言えば、補中益気湯は元気回復剤です。しかも、その方法がお腹経由で心身の健康を作るというのです。
補中益気湯の「補」は「補う」の意味です。「中」は腹部(消化機能)を指します。つまりお腹を元気にして、全身の健康を作ろうというお薬なのです。
「本当に、そんなことができるのか」。できますとも。
「腸内環境を整える」ことには不思議な力がひそんでいます。精神・神経不安定性、自閉症、多発性硬化症、気管支喘息、非アルコール性肝炎、肥満、糖尿病、炎症性腸炎、動脈硬化など、広い範囲の病気にも有効とされています。
「お腹を整える」は、ガンにも有効です。
ガン治療では、ガンそのものの悪影響や、抗ガン剤の影響で、心身共に疲れ果てます。こうした状態のときの第一選択剤が補中益気湯です。
心身が元気になれば、抗ガン剤の副作用にも耐えられます。
またお腹を整えると、免疫力も上がります。補中益気湯の免疫力アップは有名です。どうしてもインフルエンザにかかりたくないときに服用すると、予防効果が認められます。
腸内環境と認知症の関係は、かなり以前から、その声はありました。
ある医師は「将来の認知症予防のために、今から腸内細菌調整剤の服用を始めた」と言います。また若き研究者は「私の将来を見てください」と、食物繊維やヨーグルト類の食材の多食を始めています。
ご腸内やすかれ、と祈るばかりです。
要するに、快食・快眠・快便が総合体力の向上をはかり、免疫力アップにつながるのです。
しっかり食べてしっかり寝て、出すものを出せば健康になれる。こうなれば、自然に健康不安も消える。心地よい老後はすぐそばです。
念のために、こんな方法もあります。
腸内環境の整った他人の大便を、わが腸内に注入する方法です。
オランダで発表された方法で、不成功もありますが、平均的にはかなりの効果を上げています。他人の便をわが体内に入れるなんて、と抵抗もありますね。
善玉菌と悪玉菌のバランス調整には、納得できる方法です。
逆に考えれば、腸内環境を整えることはそれほど重要なことなのです。
お腹を整えて免疫力アップ。ついでに気力もアップ。