要旨
上場企業による2019年度の自社株買いが過去最高を更新した。自社株買いは当該企業の株価やROE(自己資本利益率)にプラスに作用し、株式市場全体の下支え効果も期待される。高水準の自社株買いは今後も続くか。
自社株買いが過去最高を更新
日本企業の自社株買いが増加している。2019年度4月~12月(9ヶ月間)の自社株買い設定額は約6.3兆円で、過去最高だった18年度(1年間)の実績を既に上回った。
自社株買いが増えた主な背景には、グローバル経済の先行き不透明感とコーポレートガバナンス強化の2つが挙げられる。まず、米中貿易摩擦や地政学リスクなど経済情勢の先行きが見通しづらい状況が続いており、企業は設備投資やM&Aなどの意思決定に慎重にならざるを得ない。
一方、2018年6月に改訂された日本版コーポレートガバナンス・コードは上場企業に「資本コストを意識した経営」を強く求めている。ところが、日本企業が保有する現預金は増え続けており(図表2)、今後も高水準の自社株買いを実施する余力は十分に残っているとみられる。
また、アセットマネジメント会社や保険会社など多くの機関投資家は日本版スチュワードシップ・コードの受け入れを表明しており、上場企業に対して手元資金の有効活用を求める株主の圧力も強まりつつある。こうした中、現預金の有効活用が避けられないと考える上場企業は多いはずだ。
設備投資などのリスクを取りづらい中で、現預金の有効活用策として自社株買いを実施する企業が増えたのだろう。中には、年間の設備投資額を上回る規模の自社株買いを発表した企業もあるほどだ。
ROEも意識、自社株買いはさらに増える見込み
自社株買いには自己資本が増えすぎてROEが悪化するのを避ける狙いもあるだろう。19年度は米中貿易摩擦の影響などで業績が厳しいこともあり、利益水準が低迷するため市場全体のROEは2年連続で悪化する見通しだ(図表3)。
個別企業でみると集計対象1598社のうち885社(約55%)は現預金が1年前より増えた。この885社の約64%にあたる565社は19年度のROEが悪化する見通しだ。
日本では近年、株主総会でROEが低い企業の社長選任に反対する株主が増えている。海外投資家だけでなく国内投資家も“実力行使”に出た格好だが、今後もこうした流れが強まる可能性は高い。
特に、手持ちの現預金が多すぎるためにROEが低い企業、中でも海外投資家の株式保有比率が高い企業は自社株買いに動きやすいとみられる。
実は、日本企業の自社株買いには季節性があり、本決算および中間決算を発表する5月と10月~11月のほかに、2月も増える傾向がある。これは年度末が近づいて今期業績の着地点が見えてくるので、第3四半期の決算発表と同時に自社株買いを設定する企業が多いからだ。
前述のように日本企業はガバナンス改革や現預金の有効活用を強化しており、これを後押しする株主の要求も強まっている。こうした中、今後も高水準の自社株買いが1年間を通じて株価を下支えていくほか、ROEや資金効率の改善自体も企業価値評価を引き上げ、株価上昇をもたらすと期待される。
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井出真吾(いで しんご)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 チーフ株式ストラテジスト・年金総合リサーチセンター兼任
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