エム・アンド・エー(M&A)の失敗事例は、枚挙に暇がない。しかし、M&Aの件数は年々増加傾向にある。株式会社レコフデータの調べによれば、日本企業のM&Aの件数は、2011年度は1,678件だったが、2017年度は3,050件と飛躍的に増加している。

昨今エコノミストたちが指摘する国内市場の限界を考えれば、資金に余裕のある企業が事業拡大の手段として会社買収を検討するのは当然だろう。

しかし会社買収は、失敗すれば取り返しのつかない大損失を生み出す可能性がある。事業を拡大するために買収した企業に問題が見つかれば、本体の事業にも悪影響を及ぼすおそれがある。

それを防止するためには、会社を買収する前に失敗事例を学ぶべきだ。この記事では、M&Aの失敗事例から得られる5つの教訓をもとに、会社買収における注意点について解説する。

【教訓1】仲介業者の意図を見抜け!

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(画像=PIXTA)

第1の教訓は、仲介業者の意図を見抜くことである。仲介会社・アドバイザリー会社の選定ミスによって、M&Aが失敗に終わるケースは多い。

M&Aの成約には高度な専門知識が必要で、複雑な業務が伴うため、売り手と買い手だけで売買が完結するケースは少ない。仲介会社・アドバイザリー会社のビジネスが成立するのは、そのためだ。

仲介会社・アドバイザリー会社の多くは、「成果主義」だ。担当者はM&Aを成約させない限り、高給取りにはなれない。営業成績が上がらなければ社内競争で生き残れないため、必死に結果を出そうとする。

もちろん、双方の利益を見出してM&Aの交渉を進める実力者もいる。しかし、M&Aの成約を目的とする担当者は少なくない。そのような担当者は、情報の非対称性を利用して契約に支障をきたすようなリスクを買い手に共有しないことがある。そんな時は、仲介会社・アドバイザリー会社を思い切って変えたほうがいい。

そのためには、アドバイザリー契約を結ぶ際に、仲介会社・アドバイザリー会社との契約を解除しやすい内容に定めておく必要がある。M&Aの交渉過程において、仲介業者の担当者がどこに優先順位を置いているのか、その意図を見抜くことが失敗を未然に防ぐリスクマネジメントの基本だ。

【教訓2】デュー・デリジェンスの裏付けを確認する

第2の教訓は、デュー・デリジェンス(Due Diligence)の裏付けを確認することである。デュー・デリジェンスとは、会社買収を行うにあたって、売り手の価値やリスクなどを調査することをいう。税務、財務、法務、人事、事業など、会社組織を構成する要素が調査の対象となる。

言うまでもなく、売り手は買い手にネガティブな情報を提供することはない。売却理由として、後継者の不在や事業の再編など、言い方はいくらでもある。

デュー・デリジェンスの結果を見て危険な案件を避ければいいのだが、評価基準は仲介会社・アドバイザリー会社の担当者によって恣意的に選択されるため、実態が見えないことも少なくない。

たとえば、会社の売買価格を査定する方法はいくつかある。コスト・アプローチのような帳簿を基準とするものを除けば、計算式に代入する項目には、担当者による選択の余地が残っている。

したがって、売り手側や仲介会社・アドバイザリー会社から提示された情報を鵜呑みにするのではなく、「見えない情報」に関する仮説を立て、徹底的に検証しなければならない。

また、買い手側の仲介会社・アドバイザリー会社から提示された情報でも、安易に信用すべきではない。M&Aの成約によって報酬を得る以上、パートナーの間にも利害関係はある。すべてを任せるのではなく、情報の根拠を一つずつ丁寧に確認することが大切だ。

【教訓3】売り手が第三者と結んでいる契約書をチェックする

第3の教訓は、売り手が第三者と結んでいる契約書を事前にチェックすることである。

買い手は会社を買収した後、売り手が第三者と結んでいる契約を引き継ぐことになる。具体的に言えば、取引先や顧客などと交わした契約だ。これらの内容次第では、交渉段階で試算した収益が大幅に減少する可能性がある。

特に注意すべきものに、商取引契約書などで定められる「チェンジ・オブ・コントロール条項」がある。チェンジ・オブ・コントロール条項とは、M&Aによる経営権の移動があった場合、取引先や顧客が契約内容を変更できるものだ。

敵対的TOBの防衛策としても使われるが、取引先や顧客が自分たちの利益を守るためにM&Aの通知義務や契約解除の文言を記載していることがあるので、事前に確認しておきたい。

チェンジ・オブ・コントロール条項の内容は、以下のとおりだ。

(通知義務及び契約解除)
甲が合併、株式交換、株式移転または甲の株主が変動した場合など、甲の支配権に変動が生じた場合、乙に対してその旨を書面で事前に通知するものとし、乙は本契約を解除できる。

【教訓4】隠された簿外債務に注意!

第4の教訓は、隠された「簿外債務」に注意することである。簿外債務とは、貸借対照表には記載されない債務のことだ。内容によっては莫大な支出が発生しかねないので、事前に売り手と簿外債務の取り扱いに関する契約を結んでおいたほうがいい。

簿外債務になりやすいものは、以下のとおりだ。

1.退職給付債務

退職給付債務とは、従業員が退職した際に支払われる退職一時金や年金のうち企業側が負担するものをいう。退職金を支払う際に計上する企業があるため、簿外債務になりやすい。

2.役員退職慰労引当金

役員退職慰労引当金とは、会社の役員(取締役・監査役・執行役員など)の将来における退職慰労金の支払いに備えて設定されるものをいう。役員退職慰労金の支給は、株主総会による承認決議を前提とするので、それ以前は計上する義務はない。したがって、簿外債務になりやすいのだ。

その他にも「未払い残業代」や「貸倒引当金」など、簿外債務になりやすいものがあるので注意してほしい。

簿外債務による損害を防止する有効な手段に「表明保証」がある。表明保証とは、買い手あるいは売り手が相手方に対して、一定時点の契約内容に関する事柄が真実かつ正確であることを表明した上で、その内容を保証することをいう。

この文脈で言えば、売り手が買い手に簿外債務が存在しないことを保証することになる。その場合、M&Aの最終段階で締結される契約書に、「表明保証条項」として記載されるケースが多い。表明保証した内容に悪質な虚偽が見つかれば、会社買収の契約が見送られる。表明保証条項の違反による損害は「損害賠償請求」の対象となるので、売り手のモラル・ハザードを防ぐことにもつながる。

【教訓5】従業員のアフターフォローを忘れずに

第5の教訓は、売り手側で働く従業員のアフターフォロー重要であるということだ。

会社買収は売り手と買い手の経営陣の間で交わされる取引であり、従業員が口を出すことはできない。しかしながら、従業員にはそれぞれのライフプランがあり、労働環境の急激な変化は大きな不安をもたらす。

会社から十分な説明を受けていない従業員は、以下のような不安や感情を抱きやすい。

・自己都合退職やリストラに追いやれるのではないか
・急な人事変更が行われるのではないか
・給与や待遇が悪くなるのではないか
・会社の雰囲気が変わって働きづらくなるのではないか
・会社の業績が不安定なのではないか
・新しい経営方針に適応できないのではないか など

会社買収後の従業員に関わるリスクについて、インターネット上にはさまざまな見解があふれている。「M&A 従業員リスク」と検索すれば、関連記事がたくさん出てくる。自分が働く企業が買収される際、従業員がこれらの情報にアクセスする可能性は高い。その結果、事実とはかけ離れた恐怖が芽生えて、転職活動を始める人が出てくるおそれがある。

このような問題を解決するためには、従業員に対する説明などの対応を買い手と売り手が事前に考えておく必要がある。

M&Aの成功事例では、買収側の従業員が売却側の従業員と意見交換する場を作って、M&Aの方針を説明し、質疑応答の時間を設けて従業員が持つ誤解を解くなどの地道な努力が行われている。

会社買収は経営陣のみならず、従業員とその家族の人生を巻き込む大きな決断である。従業員の心をないがしろにして、収益事業を支える有能な人材が競合企業に流出すれば、予定していた事業計画の遂行に支障をきたすことになるだろう。

会社を売る側の動機を考える

会社買収は、事業規模を拡大する有効な手段の1つである。しかし、法務、財務、税務など多くの領域に関わる経営判断であるためリスクヘッジの対象が多く、一歩間違えると大損失につながる危険がある。とりわけ「売り逃げ案件」と呼ばれるような会社を買収すれば、経営を悪化させることになるだろう。したがって、自社でリスク管理を徹底することが必要になる。

会社買収で失敗しないためには、「売り手が会社を売却する理由」を買い手が精査しなくてはならない。そうしなければ、主体的なM&Aは実現できない。

前述のとおり、売り手はネガティブな情報を公開することはないが、M&Aを決断した本当の理由は必ずある。それを見極めるためには、上記の教訓を念頭に置いて用心深くヒアリングを行う必要があるだろう。(提供:THE OWNER

文・THE OWNER編集部