「年間60日のスキー」を軸にする、星野リゾートトップの時間術
スケジュールを決めるとき、多くの人は仕事の予定から入れていき、空いた時間で遊ぼうとするだろう。しかし、国内外に39のリゾート施設を運営する星野リゾート代表・星野佳路氏は対極をいく。最初に年間スケジュールに組み込まれるのは趣味のスキーの予定、しかも、年間60日もだ。多忙を極める経営者でありながら、なぜこのような時間の使い方ができるのだろうか。
取材構成:杉山直隆
「今しかできないこと」が時間の軸を決める
9年前から、星野氏は仕事の予定より先に、趣味のスキーの予定を入れている。年間60日を目標にして、最優先で日程を調整。この大胆なやり方によって、星野氏の時間の使い方は劇的に向上したという。
「『雪あり月』になると、ほとんど東京にはおりません。冬は日本のどこかの雪山におり、夏は、季節が逆になる南半球のアルゼンチンやニュージーランドに行きます」
しかも、現地にいるときは、午後にテレビ会議に参加することはあるが、午前中はまったく仕事を入れないそうだ。
「いつ、スキー場が絶好のコンディションになるかわかりませんからね。夜に雪が降って、朝はフカフカのパウダースノーが積もっていて晴れている、という状態が最高なのですが、そんなときに仕事が入っていたら、せっかくの機会を逃してしまいます。
逆に吹雪いてしまうと滑ることができないので、『明日吹雪くから会議できるよ』と社員に伝えるのですが、あきれられています(笑)。
昨年は、『夜中でいいから、直接会って会議したい』と言われたので、スキー場に来てもらい、会議の後、一緒にスキーをしたこともありました」
星野リゾートは、トマムリゾートやアルツ磐梯リゾートなど、スキー場も運営している。星野氏がスキーをするのも、仕事の一環かと思いきや、まったくもって違うという。
「スキーをすると思考力が上がるのでは?などと言われますが、滑った後は疲れてしまって、思考の質は下がります。スキーに行くのは、単純に今一番やりたいことだから。今しかできないことだからです」
死から逆算して考える後悔しないためにすべきこと
星野氏が年間60日のスキーを優先するようになったのは、50歳のときからだ。
「弊社は、私で4代目。みんな高血圧と心筋梗塞の家系で、80歳までいかずに亡くなっているのですよ。そして、私も40歳を過ぎてからだんだんとコレステロールの数値が上がり始めて、同じパターンをたどっているのですね。
念のため、対策は打っていますが、限界はありますから、80歳ぐらいで死ぬ可能性が高い、と自分では思い始めました」
そう意識した時、星野氏は「人生最後の日に後悔がないようにしたい」と考えるようになったという。
「『何をしていなかったら、最期に後悔するのか』を考えたのです。そのとき思ったのが、仕事の面で後悔することはない、ということ。それよりも、今のままだと、『もっとスキーを滑っておけばよかった』と後悔する、と思ったのです。もう、そうなったら、最悪だなと。
寿命が80歳と仮定すると、あと30年ありますが、ガンガン滑ることができるのは前半の15年でしょう。それなら、この15年間は、とにかくスキーを最優先し、残った日だけで仕事をしよう。そう決めたのです」
年間60日と数値目標を決めたのは、漠然と「やりたい」だけでは実現できないからだ。
「60日入れることは、会社の業績目標よりもこだわっています(笑)。数値を設定したことで、今のところ目標を達成し続けられています。
結局、人は『いつかやろう』では、本気になれません。仕事も趣味も目標を立てて真剣にやるから面白いのです」
経営判断に必須なのが「7時間の良質な睡眠」
もっとも、ここまで大胆に趣味の時間を入れてしまうと、仕事をする時間は確実に減る。いくら経営者で、時間の融通がききやすいといっても、何もしなければ、仕事のパフォーマンスは下がるだろう。
そこで、少しでもパフォーマンスを高めるために、星野氏が意識しているのは、「睡眠の質を上げること」だという。
「経営者は経営判断をすることが仕事です。そのパフォーマンスに明らかに影響しているのが、『睡眠』です。私の場合、最低7時間は寝ないと、頭が働きません」
星野氏が実践しているのは、ベッドの下に特殊なマットを入れて、睡眠時間と眠りの質を計測することだ。深い眠りと浅い眠りのバイオリズムが測定でき、アプリでその結果を見られるという。
「計測するようになって、改めてわかったのは、長く寝れば良いというものではないこと。7時間寝ていても、浅い眠りばかりだと、翌日パフォーマンスが下がります」
深い眠りを確保するためには、星野氏は毎日、生活リズムを一定にすることを心がけている。
「夜ふかしすると確実に睡眠の質が下がるので、決まった時間に寝るようにしています。寝る前に良いアイデアが思いつくこともありますが、そんなときはスマホのメモに入力して、それ以上考えずに寝てしまいます。
また、私は海外出張が多いので、時差調整が難しいのですが、睡眠薬を使って緻密に調整しています。睡眠の質を確保することに、努力を惜しみません」
また、コレステロール値を下げるために、毎日、1万5000歩歩くことを目標にしているが、睡眠時間を確保するために、できるだけ日中に歩くようにしているという。
「例えば、外出があるとき、歩ける距離の場所だとしたら、喜んで歩いて帰ってきます。夜はノルマに足りないぶんを歩くだけ。そうすれば、毎日同じ時間に寝ることができます」
会議は減らし、会食は断る
思考の質を上げても、1日で仕事をこなせる量には限界があるのではないだろうか。
「長時間仕事をしていると、パフォーマンスの質は下がってきます。仕事そのものを減らすという選択も必要です」
年間60日のスキーをするにあたり、星野氏も様々な仕事をするのをやめてきた。その一つが、会議に出ることだ。
「私の発想が期待されている会議なら出ますけど、ただ単に聞いて承認するだけなら参加したくないので、出ません。『あとから、私は聞いていないなんて言わないので、自由にやってください』と伝えています」
また、夜の会食もほとんど行かなくなった。
「お酒を飲むことで睡眠に悪影響を与えますし、何より時間を取られますからね。仕事関係の会いたくもない人と会って、長い時間食事をするのは、ストレスが溜まるだけ。接待はしないし、受けません」
人脈を広げるためには、会食も必要ではないのだろうか?そう聞くと、即座に「会食で作った人脈なんて役に立たない」と答えが返ってきた。
「人脈で儲かったことは一度もありません。接待してもされても『あの方は、つきあいがいい方だ』というだけで、商売の売上げには何も関係しません。何かの交渉にしても、知っている人だから便宜をはかるということも、まったくありません。
むしろ、人脈がなくてもニーズに合うサービスが提供できていれば、お客様から支持される。会食をしている時間があったら、そのサービスの提供にこそ、本当に時間をかけるべきだと思いますね」
休みすぎると、かえって働きたくなってくる!?
9年間にわたって、毎年60日間スキーをしていることで、星野氏は、思わぬ副産物があることに気づいた。それは、休みまくると、かえって仕事の意欲が高まってくることだ。
「ここ何年か、1カ月ぐらい雪山にいると、最後の1週間は帰って仕事をしたいと思うようになりました。最初の1週間は休みに慣れる期間で、次の2週間は純粋に楽しめる期間なのですが、それを過ぎると、飽きてくるのですね。
それに『皆に忘れられているのではないか』という気持ちにもなります。そういう気持ちで帰ってくると、仕事をバリバリやろうとする気になりますよ。
散々休んで、皆さんにご迷惑をかけたので、取り戻さなくちゃいけないという思いもあります。時間を前借りしてしまったので、そのぶん返済しなくては、という気分です」
休みが取れないと嘆いている人には、先に休みを入れてしまい、「借金」をすればいい、と星野氏は勧める。
「『そろそろ仕事したい』思うまで、休んでみる。本当に自分の場所がなくなる人もいるかもしれないので、注意は必要ですが、ほとんどの人が、実は休んでも問題ないし、仕事に対する意欲が上がり、パフォーマンスも上がるはずです。自分にプレッシャーを与えるという意味でも、一度試してみてはいかがでしょうか」
星野佳路(ほしの・よしはる)
星野リゾート代表
1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。日本航空開発(現・JALホテルズ)に入社。シカゴにて2年間、新ホテルの開発業務に携わる。89年に帰国後、家業である㈱星野温泉に副社長として入社するも、6カ月で退職。シティバンクに転職し、リゾート企業の債権回収業務に携わったのち、91年、ふたたび㈱星野温泉(現・星野リゾート)へ入社、代表取締役社長に就任。(『THE21オンライン』2019年12月17日 公開)
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