現在、会社を売却したい経営者が増えている。かつては「中小企業の経営者の引退」となると、たいていは経営者の子どもや配偶者など、親族による事業承継が一般的だった。しかし、その親族による事業承継も減少傾向にある。今回は経営者が会社を売却するということのメリット、デメリットを見ていくことにしたい。
会社を売りたい中小企業の経営者が増えている
M&Aのコンサルティング業務を行うレコフが2019年5月に発表した内容によれば、2019年4月の1カ月間における日本企業同士のM&A件数は309件であり、前年同月の23%増、単月ベースで1985年以降過去最大の件数になったとのことだ。
また、M&Aそのもののありようも、ここ10年の間に大きく様変わりしている。2006年以降、大企業による買収のM&Aが減少傾向となった一方、中小企業による買収のM&Aは9年間で1.5倍超となった。その結果、国内の企業同士のM&Aが昨今飛躍的に増加している。2013年頃までは月間100件にとどまっていたが、2016年から急増し、2018年以降はほとんどの月で200件超を記録するようになった。
実は、事業承継における親族内承継の割合は、1980年代は60%を超えていたが、バブル崩壊後に減少し、2012年時点で50%を割り込んでいる。一方で割合を伸ばしてきたのが、従業員や外部から招へいした人材への承継、そしてM&Aだ。ただ、従業員や外部の人間への事業承継には、株式の引き継ぎや個人保証の問題など、引き継ぐ本人の資金力が問われる局面がある。そのため、現在、M&Aに注目する経営者が増えているようだ。
会社を売りたい4つの理由
なぜ中小企業の経営者は会社を売りたいのだろうか。これにはいくつかの理由がある。
理由1:経営者自身の高齢化による引退後保障の必要性
日本の中小企業の経営者は高齢者が大半だ。帝国データバンクが2019年1月時点の企業概要データベース「COSMOS2」(約147万社収録)から抽出した企業の社長データによれば、社長の平均年齢は59.7歳と過去最高を更新した模様だ。また、同データには、企業規模が小規模であればあるほど社長が高齢になる傾向にあると記されている。さらに、2017年秋に経済産業省と中小企業庁が試算したところによれば、2025年には経営者の約半分が70歳を超えるとされている。
社長であっても、高齢になれば老後の生活への不安が募ってくる。若い頃のように、お金が必要になったら体に鞭を打って仕事すればどうにかなる、という状況ではない。むしろ、年々無理が利かなくなるし、いつ病気になり、いつ介護が始まるかわからない。そうなったとき、問題になるのがお金だ。経営者の中には年金だけでは心細い人も少なくない。
こういった引退後の資金捻出が、会社の売却動機となるのである。
理由2:属人的な事業承継の限界
以前なら事業承継の大半を占めていた親族や従業員による承継は、現在では減少傾向にある。事実、帝国データバンクの「2017年後継者問題に関する企業の実態調査」によれば、60歳以上の経営者における後継者不在率は48.7%と半数近くに上る。この背景にあるのは少子高齢化だけではない。経営者の親族や中小企業の従業員・役員といった属人的な事業承継は、それぞれの問題点が表面化し、今限界を迎えているのだ。
まず、かつての事業承継の主流であった親族内承継においては、「経営者に子どもがいない」という問題の他に「子どもが親の事業に縛られない生き方を望む」「経営者向きの後継者がいない」「経営の才能があっても、引き継いだ後の負荷を嫌う」といった点が足かせとなっている。これらの点は、子が親の事業を引き継ぐのが当たり前だった時代の背景として家父長制度的な風潮が強かったことを思えば「今は自由な生き方が選べていい時代」の一言で済むが、他方で事業承継問題を深刻にさせているのもまた事実だ。親族内承継はマイナスばかりではなく、相続税法上の事業承継税制による納税猶予や基礎控除などにおいては節税というプラスがある。しかし、現役世代にとっては、お金のメリットよりも自由に生きることのほうが、はるかに重要になっているのだ。
親族がだめでも、長年自社の事業に従事し、社内の様子や経営の才能に恵まれた従業員・役員に引き継ぐという選択肢がある。ただ、これもあまり簡単ではない。親族外の人間へ事業承継を行う場合、「自社株取得のための資金を用意する必要がある」「個人保証の問題」などの他に、経営者の相続人となる親族との調整も必要になるのだ。
親族内にしても親族外にしても、対象が人間であるがゆえの障壁が現在の事業承継のネックとなっているのである。
理由3:事業継続・廃業による雇用保障への不安
事業承継に難ありならば、「現経営者ががんばって事業を継続する」あるいは「廃業を選ぶ」という選択肢が浮かぶ。だが、自社の事業を支えることで生活の糧を得ている従業員がいる以上、簡単に決断できる選択肢ではない。
現経営者が高齢だったり病気や障害を抱えていたりする場合、または事業そのものが資金や市場の問題で継続が難航する恐れがある場合、無理な事業継続は、いつ爆発するかわからない爆弾を抱えながら突っ走るようなものである。ある日突然事業が停止すれば、従業員が路頭に迷うことになりかねない。だからといって、廃業も簡単には決断できない。事前に従業員の就職先を世話するなどをしないと、失業問題を生むことになるからだ。
雇用保障の問題は自社だけの問題ではない。事業規模によっては、取引先の雇用問題にも影響が及ぶ。「関係する人がいればいるほど、続けることも止めることも難しい」のが事業なのである。
理由4:事業の効率化
以上は経営者自身が高齢である場合における理由だが、経営者自身が現役世代であっても会社を売りたいと考えることがある。それは「効率よく事業を行いたい」ときだ。
会社を立ち上げて経営を続けていくと、経営者の中には時流に合わせた事業展開を次々と行っていく人がいる。これらの事業がすべて順風満帆ならば問題ないが、景気の変動や経済構造の変化がある以上、中には不採算事業に陥るものもある。モノによっては「将来性はあるけれど資金面の問題で技術面・ノウハウ面の向上が自社では見込めない」場合もある。こういったとき、会社の一部あるいは事業の売却を経営者は検討するようになるのだ。
会社を売るメリット6つ(※この限りではありません)
以上のような事情から、多くの経営者は会社売却を検討する。では、実際に会社を売却したらどのようなメリットがあるのだろうか。
メリット1:売却して資金を得ることができる
大きなメリットのひとつが、会社売却により資金が手元に入ることだ。老後の生活資金だけでなく、子どもや孫など親族への相続対策にも有効に使える。
資金の額は売却の際の会社の査定額によるが、売却する会社が優良であったり、規模が大きかったりすれば数億円になる可能性がある。会社を売却つまり自社株を売却し、経営者が資金を手にした場合、売却益には所得税がかかるが、その税率は通常20.315%(所得税15.315%、住民税5%)だ。仮に評価額5億円の会社を売却して資金を手にしたとしても、4億円近い資金が手元に残ることになる。
日本の財政難により今後の年金の先行き不安が取りざたされる中、多額の資金が手元に入ることは大きな利点である。
メリット2:後継者問題を解決できる
多くの人が自由な生き方を好むようになった今、属人的な事業承継は限界を迎えていることは先ほど述べた。言い換えると、会社の売却による事業承継のほうが、より時流に合っていて効率的なのである。身近な人間の感情や生き方に負担をかけず、合理的に事業を承継・維持することができるからだ。
会社売却により解決できるのは後継者問題だけではない。従業員や取引先、融資先の金融機関への負荷も少なくて済む。
メリット3:個人保証がなくなる
会社経営者にとって負担となっているのが、個人保証の問題だ。個人保証とは、会社が金融機関から融資を受ける際、経営者やその親族が個人としてその債務の返済を保証することをいう。多くの場合が連帯保証の形をとるため、もしも金融機関から支払請求を受けた場合、「債務者(会社)に請求してくれ」「会社の債務から取り立ててくれ」などと反論することができない。そのため、個人保証は、現役の経営者にとって「思い切った事業展開をしたくてもできない」「経営者自身の生活が困窮するリスクがある」「親族や従業員に会社を引き継いでほしくても躊躇する」といった足かせになるのだ。
しかし、会社を売却すれば個人保証も含めて買手企業が引き取るのが通常であるため、保証の重荷から解放されることになる。
メリット4:業務から解放される
現役経営者がいくら元気でも、高齢や病気・事故などで気力や体力が落ちていく可能性は否めない。また、経営者の責任は従業員や取引先の生活をも抱えている点からも非常に重い。こういったことから、一時は積極的に事業展開をしていた経営者であっても、加齢や状況によっては業務を重荷に感じることになるのだ。
しかし、会社を売却すれば、業務の負担や経営責任から解放されることになる。
メリット5:従業員をリストラせず事業存続ができる
経営が難航した場合や今後の先行きの見通しが難しい場合、多くの経営者は廃業も念頭において今後の方針を検討する。ただ、廃業は選択肢のひとつになり得ても、なかなか決断・実行のプロセスには至らない。廃業はすなわち従業員のリストラを意味する。つまり、廃業が彼らの生活困窮の原因になる可能性が高いのだ。
しかし、会社を売却すれば、従業員をリストラすることなく売却先の会社で面倒を見てもらうことができる。また、事業の存続や発展につながる可能性も出てくるのだ。
メリット6:シナジー効果を得られる
通常、会社を買収する側も一定の狙いがあって契約に踏み切る。多くは買収する会社の扱っていた事業分野での開拓を元々検討しており、効率よくノウハウや技術を入手して事業展開を行うことを期待している。こういった場合、売手側の会社事業が赤字であっても、独自の技術やノウハウがあり、将来性が期待できるならば、資金力のある会社に買収されることで今後の事業展開が容易になる。つまり、売手にとっても買手にとってもプラスになるのだ。
会社を売りたいならデメリットも確認
ただし、会社売却はいいことだけではない。次のようなデメリットもあることを留意したい。
デメリット1:競業避止義務
会社売却の際は契約書を交わすことになるのだが、注意しておきたいのが「競業避止義務」だ。会社の売買における競業避止義務とは、会社を売却した側が売却した会社の事業と競合するような事業を行ってはならない、という義務を指す。売手が競合事業を行うことにより、買手側が不利益を被るのを防ぐのが狙いだ。通常、会社の譲渡の際の契約書には競業避止義務の条項が設けられる。これにより、会社の売手側は一定期間や一定の範囲につき、売却した会社の事業を行うことはできない。
また、仮に契約書に条項を定めなかったとしても、後述する事業譲渡については会社法第21条により売手側の競業避止が義務付けられているので注意が必要だ。こちらの規定によれば、同一あるいは隣接の市区町村の区域内において、売手企業は譲渡事業と同一の事業を20年間行うことができない。
売却した後、別途事業展開を検討している経営者はぜひ注意しておきたい。
デメリット2:ロックアップ
会社売却後、経営者によっては新たに事業展開あるいは一切の事業からの撤退を期待している経営者もいるだろう。ただ、現実には思い通りにいかない可能性がある。会社の売買の契約では、ロックアップが定められることが多いからだ。
ロックアップ(別名「キーマン条項」)とは、売手側の経営者が会社売却後も一定期間(通常2~3年)その会社で働かなくてはならないことをいう。売却された会社のキーマンが抜けることで事業が回らなくなる状況を防ぐことが狙いなのだが、事業からの引退を期待していた経営者にとってはネックになる。一から事業を起こし、これまで自由に経営手腕を振るってきたタイプなら、なおさら苦痛に感じるだろう。また、契約によっては他者の事業のサポートや出資を禁じるものもある。
「ロックアップのない契約を定められればベスト」と言いたいところだが、ロックアップがあることで会社の売却額が高くなるのが一般的だ。場合によっては、ロックアップをつけることで売却額が10億円跳ね上がることもある。会社を売りたい経営者としては、「金か、自由か」の選択を行うことになるため、自分にとってどちらが重要かを慎重に検討する必要がある。
デメリット3:会社イメージの低下
昨今は会社の合併・買収(M&A)が増えており、会社の買収自体が珍しいことではなくなった。そのため、買収された側のイメージが低下することは減ったともいえる。ただ、これは首都圏など、ごく一部に過ぎない。
地方の企業が買収された場合、その地域によっては、会社を売った経営者や従業員についてのネガティブなイメージがつきまとう可能性もある。会社売却によりお金を得る一方、信用力が落ち、その後の事業や生活に支障が出る恐れもある点を留意しておきたい。
この他、会社売却については、2年程度時間がかかる可能性もあることや、期待通りの評価額で売却できるとは限らないことなども考慮しておく必要がある。
会社を売るための3つの方法
では、実際に会社を売却する場合にはどのような方法があるのだろうか。ここでは、代表的な3つの方法を紹介する。
方法1:株式譲渡
会社を売却する場合、最初に検討されるのが株式譲渡だ。文字通り、会社のオーナー(中小企業の場合、通常は経営者)が保有する株式を売却することで、会社の経営を買い手側に承継させる方法をいう。中小企業の会社売却の9割がこの株式譲渡である。
株式譲渡のメリットは、手続きが簡単で対外的な影響が少ないことにある。具体的には次の4つだ。
- 株主の交替以外は特段の変更がなく、事業はそのまま継続する
- 許認可や取引先との契約をそのまま承継できる
- 役所などへの手続きや登記変更が不要
- 買収側は経済的・時間的コストを省略し、効率よく事業展開を行える
ただ、株式譲渡では内部的な影響が懸念される。主なデメリットとして、次のようなものが挙げられる。
- 従業員の雇用や労働条件が変更される恐れがある
- 一部の事業のみを売却することはできない(会社をまるごと譲渡)
- 買収側が望まない負債を引き受けることもある
方法2:事業譲渡
事業譲渡とは、会社の一定の事業を第三者に売却することをいう。株式譲渡と異なり、会社の全部ではなく、事業の一部であることが特徴だ。売却の対象となるのは、有形・無形の財産債務、人材、事業組織、ノウハウ、ブランド、取引先との関係など多岐にわたる。新たな事業や生活のために資金は必要だけれども、経営権は維持したい経営者には適しているといえるだろう。
事業譲渡には次のようなメリットがある。
- 売手側は売却対象の範囲を選択することができる
- 買い手側は契約の範囲により、簿外債務や偶発債務などを引き継がないことができる
- 売手側は経営権を残したまま、資金調達をすることができる
ただ、事業譲渡は契約の対象が会社の株式ではなく、あくまで事業だ。そのため、利害関係の調整手続きが煩雑になるのを避けられないという点はデメリットといえる。具体的には、次のようになる。
- 株主総会での特別決議が必要(上場会社にとってはコストがかかる)
- 取引先や従業員の契約の変更手続きが必要(事業規模が大きければその分コストがかかる)
- 事業主体の変更に伴い、事業に必要な許認可を改めて申請する必要がある
- 債務の移転においては、債権者の同意が必要
- 売手側は会社法第21条により、最低20年間は譲渡事業と競合する事業を行うことができない
方法3:会社分割
会社分割は、会社を複数の法人格に分割し、それぞれの法人格に組織・事業・資産を移転する方法をいう。事業譲渡では売却対象が「事業の一部」であるのに対し、会社分割では「会社株式の一部」となる。会社分割には、分割した事業を新たに設立した会社が引き継ぐ「新設分割」と、既存の会社が引き継ぐ「吸収分割」がある。会社分割は、不採算部門の切り離しやグループ内での事業の集約化など、主に経営の効率化・合理化を行いたい経営者向けだ。
会社分割では法人格の一部、つまり株式の一部が売却対象となるため、契約手続きの煩雑さが省略される点がメリットとなる。具体的には以下の3つだ。
- 事業の承継側(分割会社)に債務を移転させる場合、債権者の同意は不要
- 会社分割の手続きは株式の交付であるため、経済的コストがかからない
- 取引先・従業員との契約を再締結する必要が原則ない
ただし、売却対象が株式であるため次のようなデメリットがある。
- 株主総会での特別決議が必要(上場会社は経済的・時間的コストがかかる)
- 分割会社には簿外債務や偶発債務を引き受けるリスクがある
- 事業に必要な許認可の中には、承継不可能なものもある
会社を売る際の流れと手続
会社売却には通常、半年から2年程度時間がかかる。売却準備から完了に至るまで、次のフェーズを踏むことになる。
準備フェーズ
会社売却の準備段階では、次の手続きが必要になる。
・会社売却を行う目的の明確化および優先順位の決定(金銭、会社の存続、雇用維持など)
・会社売却条件の決定
・M&A仲介業者等の選定および相談
・M&A仲介業者等との契約締結(機密保持契約およびアドバイザリー契約)
・書類の提出など(財務諸表、各種契約書など)
・自社価格の算定
交渉フェーズ
・候補企業の選定および打診
・トップ面談および双方の考えのすり合わせ(経営に関する価値観や譲渡後の方向性など)
・売却先との交渉(売却後の経営者・役員・従業員の処遇など)
・基本合意書(成約までのルールなど)の締結
・買収側の公認会計士や弁護士によるデューデリジェンス(売却企業の調査)
最終フェーズ
・最終契約書(条件・契約内容など)の締結および決済
・従業員・取引先への説明会の開催
・場合によっては経営者が売却先に残り引き継ぎを行う
会社の価額はどうやって決まる?算出方法を紹介
気になるのが「いくらで会社が売れるのか」だ。ここでは、会社の売却額の算出方法の一部を紹介する。
簡易の算出方法
最も簡単に売却額を算定するには、「純資産額+純利益×年数(3~5年)」という計算式を用いるのがよい。ただ、この計算式は、同族経営かつ規模の小さい中小企業同士の会社のM&Aに限られる。同族経営の中小企業の大半はオーナー経営者であり、説明責任の対象範囲が大企業に比べてかなり限定的だからだ。場合によっては、売却価額は「売手と買い手の合意がつけばいくらでも構わない」ともいえる。
DCF法
DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)は、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引くことで企業価値を算定する方法だ。売却対象の会社や事業が将来生み出すキャッシュフローに重点が置かれるため、事業計画書が非常に重要となる。財務諸表上は赤字でも将来性のある企業が高く評価されるのがメリットだが、その反面、事業計画書の信ぴょう性で評価額が上下し、場合によっては買い手企業が損する恐れもあるのがデメリットとなる。
修正簿価純資産法
修正簿価純資産法とは、貸借対照表上の資産・負債に含み、損益を加味した上で株式評価を行う方法だ。主に修正の対象となるのは、有価証券や土地などで大きな含み損益が認められるものとなる。
現存する貸借対照表を基礎に修正を加えるため、会社の売却価額の算定が比較的容易なのがメリットだ。しかし、のれんやブランド価値といった目に見えない会社の価値を評価することができないため、現在赤字であっても将来性のある会社を適切に評価できないといったデメリットがある。
類似会社比較法
類似会社比較法とは、売却対象となる会社と事業内容が類似する上場企業の株価を指標に会社の売却価額を算定する方法をいう。株価や決算情報など、誰でも目にすることができる数字を基礎とするため、客観性が高く信頼を置けるのがメリットだ。ただし、売却対象となる会社の特殊性が高く、比較対象となる上場企業が少ない場合、合理的な算定が困難になるのがデメリットである。
会社を売る前に注意すべきこと
会社を売るといっても売手が得することばかりではない。すでに述べたロックアップや競業避止義務など、会社売却以後に生じる事由を理解しておくことは大事だが、それ以外にも次のような点に注意しておく必要がある。
キャッシュアウトを防止する
中小企業の多くは、固定資産を多く購入して減価償却費を膨らませたり、保険に加入するなどで税金を抑えようとする。ムダな税金を払わない努力は経営上大事なことだし、必要な手当てを行った結果が節税につながるのは良いことだ。
しかし、節税のしすぎでキャッシュアウトを増やしてしまうと、会社の財務を蝕み、結果として買い手がつきにくくなる。税金を支払ってもなお利益が残る経営体質が、最も買い手に好まれるのだ。必要な税金を支払って、余計な支出を抑える経営を心がけよう。
秘密保持を徹底する
会社売却をする時は、秘密保持契約を締結することがほとんどである。会社の売却は、経営者と買い手側だけではなく、従業員や経営者家族、取引先や金融機関にも影響する重要な取引なのだ。また、秘密保持に対する姿勢の甘さが見えれば、買い手側から「情報管理ができていない」として信頼を失うことにもなりかねない。
会社の売却については、支援者以外には雑談でもうっかり漏らさないように注意する他、連絡時は会社の電話を使わず携帯で対応する、共有メールや会社名の入った封筒を使わない、打ち合わせは自社以外で密閉された会議室を使うといった工夫が求められる。
赤字会社を売るにはどうすべきか
「会社売却したいけど、うちの会社は赤字だ。手放したいけど買い手がつかないのではないか」という不安を持つ経営者もいるかもしれない。ただ、実際の会社売却の場面では、赤字の会社だからといって一概に嫌われるとは限らない。
赤字でも問題ない場合もある
通常、会社の査定段階で分析が行われる。そのため、赤字であっても次のような内容であれば特段問題はない。
- 赤字の原因が多額の役員報酬である
- 赤字が固定資産の売却による損失など一時的な要因に基づいている
- 赤字の原因がはっきりしており、改善可能である
多額の役員報酬は、通常、売却手続を進める段階で一般的な役員報酬の水準を損益計算に当てはめ、正常収益力を算定する。また、一時的あるいは原因がはっきりしている赤字は、改善の糸口があるのであまり問題視されない。さらに、赤字会社を買収することで買い手側が節税できるというメリットともある。
ただし、以下のような赤字を抱えた会社は注意が必要だ。
- 赤字が慢性的であり、改善の形跡がみられない
- 赤字とともに借入金が大きく、債務超過額が大きい
- 赤字の要因が、業種や事業の構造による
多額の固定費や借入金がないと事業経営が難しいものや、経営の合理化による経営改善が難しいようなもの、改善に時間を要するものは、買収した後も労力を要することが予測できるため、買い手にはあまり好まれない。会社売却を考えるなら、このような不利な条件をできるだけ解消しておくことが望ましい。
会社を売る前に価値を向上させるための4つの準備
会社売却時における赤字の会社の注意点は既に述べたが、仮に黒字であっても自社の価値向上の準備が必要だ。具体的には次の4つを意識するとよいだろう。
財務体質の改善
先ほど「一時的な赤字は会社売却の支障にならない」と説明したが、逆に言えば慢性的な赤字、特に本業に関わる部分での赤字は会社の価値を下げる要因になるということだ。営業キャッシュフローや営業赤字が続いているのなら、事業構造やビジネスモデル、費用構造を見直す必要がある。
この他、投資効率がよいか、在庫が大きすぎないか、短期的な支払い能力は十分かという点も確認した方がよい。
取引先との安定した関係の構築
財務諸表に表れにくい面ではあるが、安定的な収益を生むには、安定した取引先があることが重要だ。固定客がついている会社ならば、買い手にとっても安定収入が得られるため、買収における安心材料となりやすい。
人材の質の向上
従業員の能力の高さも、会社の価値を評価する際のポイントとなる。営業能力や開発能力が高い、報酬に比して会社の利益への貢献度が高いといった点も買い手には好まれやすい。
社長依存度を下げる
会社を売った後の買い手の懸念事項の一つは「社長が交替すれば事業が回らないのではないか」という点だ。特に創業者が社長だとその傾向は強くなりやすい。社長が退陣した後でも買い手が安定した経営ができるよう、事業を熟知し、従業員や取引先とも良好に付き合えるキーマンを育て、社長への事業の依存度を下げるとよいだろう。
会社を高く売却する秘訣とは
最後に、経営者が最も気になる「会社をなるべく高く売る秘訣」についてお伝えする。
優先順位を明確化する
会社を売りたい経営者には、さまざまな動機があるだろう。「生活資金が欲しい」「従業員の雇用を維持したい」「自由になりたい」など、おそらく一つではないはずだ。しかし、これまでお伝えしたように、会社売却の手法も売却額の算定方法もさまざまあり、すべての動機に沿うことは難しい。そして、通常であれば会社売却に半年から2年程度はかかる。
なるべく効率よく会社を売却するには、「老後資金」「自由」「雇用維持」など、会社を売却する際の優先順位を決めておくことが肝要だ。また、売却額の幅や社長・役員・従業員の処遇について、最低限譲れないラインを決めておくことも必要である。
会社価値の向上に力を注ぐ
算定方法はさまざまあるが、会社そのもの価値が高くなくては、売却額が高くならないのは自然の理だ。そのため、会社を売りたい経営者は無策でいてはならず、これまで以上に事業に力を入れ、収益力や信用力の向上に努める必要がある。
また、多くの中小企業はワンマン社長により経営されている。つまり、属人性が高いのだが、人頼みの会社は経営者が変わった途端に事業が難航する可能性が高い。そのため、検討段階から属人性を排除し、なるべく仕組みで事業が成り立つようにしておくとよいだろう。
株式を収集する
中小の株式会社においては、経営者に株式が一極集中しているのではなく、親族や従業員に分散しているケースが珍しくない。会社売却を検討するならば、株式譲渡などに備え、株式を経営者に集中させておく必要がある。そうでないと、いざM&Aに乗り出したときに、株式の収集に難航し、手続きがうまくいかなくなる可能性がある。
以上の点を留意し、潤滑な会社売却を検討していただければ幸いだ。(提供:THE OWNER)
文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)