(本記事は、いっちー氏の著書『鋼のメンタルを手に入れる ゴリラ式メタ認知トレーニング』ぱる出版の中から一部を抜粋・編集しています)

人間はどうして自分を「過大評価」してしまうのか?

人の評価
(画像=Davizro Photography/Shutterstock.com)

「無能な人ほど自分を過大評価する」という考え方を聞いたことはありませんか?
これは「ダニング=クルーガー効果」という心理効果が拡大解釈され「能力の高い人ほど自分を過小評価するが、能力の低い人は自分を高く評価する傾向にある」という文脈で広く使われるようになったものです。
ダニング=クルーガー効果は、イグノーベル賞の心理学賞を受賞するほど、有名な研究です。しかし、このダニング=クルーガー効果に対する解釈が〝間違って〟伝わっていることも、近年明らかになっています。
正確には、この心理効果は「無能な人だけでなく、どんな人にも起こり得る」のです。
ダニング=クルーガー効果は、デイヴィッド・ダニング氏とジャスティン・クルーガー氏という2人の研究者が1999年に定義づけたものです。
2人の論文では「能力のないグループの人ほど自己評価を間違いやすい傾向が見られる」とたしかに結論づけられていますが、じつはこの効果は、程度の差こそあれ、能力に関係なくほとんどすべての人に見られることも、同時に示されているのです。
それにもかかわらず「愚かな人だけが自分を過大評価する」と誤った解釈をしてしまうと、人は自身に対して正当に批判的思考をする機会を逃してしまう可能性が出てきます。
そして、皮肉なことに、これもまた思い込みによるダニング=クルーガー効果の一部と言えるのです。

また、この心理効果は対象者の「知識量」や「ナルシズム的性格」にも影響されることも明らかになっています。
人間はその分野についての知識が少ないほど、まったく知識を持っていなかった自分と比較して、少しだけ知識を持った自分に対する自信が大きくなります。比較対象としているのがまったく知識がない人ですから、当然と言えば当然なのですが……。
しかし、知識量がある一定のラインを超えると「自分の知らない知識がどれほど存在するのか」が見えてくるようになり、自分よりも多くを知っている本物の専門家が、どれほどすごいのかを理解することができるようになるのです。

先ほどの「過小評価」のこともあわせて考えてみると、人間は自分の「能力」に対しては自信過剰になりやすく、自分の「評価」に対しては自信を喪失しやすい、ということがわかります。人は、自分の自己像を正しく理解しようとしても、なかなかうまくいかない生き物なのです。

 事業承継
(画像=PIXTA)

近年、ヨーロッパやアメリカを中心に、〝反ワクチン派〟と呼ばれ、ワクチン接種を否定する人たちが増えています。ここではこれらの主義・主張について議論はしませんが、ワクチン接種に関して「ワクチンについての知識が乏しい人ほど、自分は医師よりも多くの知識があると思う傾向がある」ことが最近の研究で示されています。
反ワクチン派の人々が反ワクチンを主張する大きな理由の1つが「ワクチン接種により自閉症になる」という説を信じている点です。
先ほど述べたように、ワクチン接種の是非についてはここでは触れませんが、少なくとも「ワクチン接種と自閉症に関連がある」という説が間違いであるということだけは、結論づけられています。

ことの発端は、1998年にイギリスの医師アンドリュー・ウェイクフィールド氏が「自閉症は新三種混合ワクチン(MMRワクチン)によって引き起こされる」という論文を発表したことでした。そこからワクチンの安全性に対する不安が広がり始めたのです。
2010年にはその論文が間違いであったと撤回されたものの、それ以降ワクチン接種率は大きく下がり、論文が撤回された現代にもその影響が残っています。
この問題を解決するため、デンマークでは1999年から2010年の間に生まれた子ども65万7681人を対象に、1歳から2013年8月31日までの追跡調査を実施しました。その結果、ワクチン接種を受けた子どもは全体の95%で、自閉症であると診断された子どもは6517人でした。
そして、この診断の割合は、ワクチン接種を受けている子どもと、そうでない子どもとの間に大きな差が認められなかったことから「MMRワクチンが自閉症の原因である」という主張は正しくないことを示しています。
くどいようですが、これは「ワクチンには害がない」ということを主張するものではありません。
ですが、反ワクチン派の人ほど、このような科学的根拠のある反対意見や知識を意図的に避けていることも論文中では示されています。これも、一種のダニング=クルーガー効果の一例と言えるでしょう。
「自分の主義主張に反した内容は、たとえ正論であっても受け入れたくない」という心理は、誰もがなんとなく肌感覚でわかるのではないでしょうか?
しかし、このように考えてしまうことを「非合理的だ」と軽蔑することも、わたしは間違っているだろうと思います。

人間にはなぜ、このような「思考の偏り」が生まれてしまうのでしょうか?
反ワクチン派も、過激な政党批判をする人も、特定の国を侮辱する人も、みな間違っているとは言いませんが、思考が極端に偏っているということは言えるでしょう。
このような思考の偏りが起こるのも「メタ認知」が関与していると、あたらしい研究は示しています。
英ロンドン大学の認知神経科学者であるスティーヴ・フレミング氏によると「極端な思想を持つ人は、そうでない人に比べて、客観的な答えの有無や周囲の正誤の判断にかかわらず、自分の思想について大きな自信を持っている」ということがわかっています。
この自信の違いが「メタ認知」、つまり「自分を正しく認知する能力」の差によるものなのです。
調査によれば、極端な考えを持つ人ほど、質問に対する答えが、たとえ間違っていたとしても、自信を失いにくいこと、そしてメタ認知がうまくできておらず、自分を正しく認知できていないことが示されました。
過激な考えを持つことがメタ認知に影響するのか、それともメタ認知がうまくいっていない人ほど過激な考えになるのか、現時点では因果関係を決定することはできません。
しかし、人間の信念や思想の形成に、メタ認知が大きくかかわっていることは間違いないのです。

この節のまとめ

  • どんな人でも、自分の能力を過信する
  • 自分の能力を正確に知るには、知識を増やすこと
  • 知識が少ない人ほど、思考は偏り、自分の考えに自信を持ちやすい
  • 思考の偏りには、メタ認知が大きくかかわっている
鋼のメンタルを手に入れる ゴリラ式メタ認知トレーニング
いっちー
(一林 大基)1987年生まれ。学生時代はいじめに遭い不登校を経験しながらも「メタ認知」と出会い克服。昭和大学にて重症例を含む様々な分野の診療を学びながら、うつ病に対する薬物治療、アルコール依存症への依存症プログラムや認知症サポート医として地域活動に貢献するなど幅広い疾患、ジャンルに対応する。現在は、とある都市で、精神保健指定医、日本精神神経学会専門医として働きつつ、世界初のバーチャル精神科医として正しい精神疾患の知識を普及させることをライフワークとしている。一方で、全国各地からSNS上に寄せられる様々な相談に答え、不登校や心の病、自殺などの問題に関わっている。2018年よりツイッターを開始。1年でフォロワーが2万人を突破(2019年12月現在)。

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