シンカー

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

日本経済はデフレ完全脱却までの中長期的トレンドの半ばにいる。信用サイクルと設備投資サイクルの強さがデフレ完全脱却への動きを支えている。企業活動の活性化と財政政策の拡大でネットの資金需要が復活し、それをマネタイズして働くことになる金融緩和の効果も強くなり、マネーが循環・拡大する力としてのリフレサイクルも強くなるだろう。デフレ完全脱却に至る内需とマネー拡大の力をコンセンサスより強く見ている。2020年は、新型コロナウィルスの影響で経済活動は大きく下押されるが、政府の経済対策と日銀の緩和的な金融政策などに支えられ、デフレ完全脱却への方向性は維持されるだろう。まさにこれから、既に国会を通過している経済対策(GDP比2.5%程度の財政措置)の効果が出てくることになる。財政拡大によるネットの資金需要の復活が前提条件だ。グローバルな景気回復が堅調となる2021・22年には実質GDP成長率が潜在成長率をしっかり上回ることで、デフレ完全脱却となるだろう。外需の成長寄与度はほとんどなく、内需拡大が成長を自立的に牽引するだろう。

日銀は金融緩和効果の拡大の余地はまだあると引き続き考えているとみられる。資金の借り手である企業と政府の貯蓄率の合計であるネットの資金需要を中央銀行が量的金融緩和などで資金供給をしてマネタイズすると、金利上昇が抑制され、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が強くなり、景気を拡大したり、物価を押し上げたりする力にもなると考えられる。企業の貯蓄率はまだプラスであり、財政政策を更に拡大しないと、ネットの資金需要が復活しない。政府が大規模な補正予算を含む経済対策で、財政政策を早急に緩和し、ネットの資金需要を復活させれば、これまでの金融緩和効果が限定的だっただけに、マーケットは緩和効果の拡大を感じることになるだろう。

日銀が、現行緩和政策を変更しなくても、それを維持しているだけで、このマネタイズの形は整い、ポリシーミックスとして追加的金融緩和効果は大きくなる。実際に、大規模な財政緩和策が出てくる可能性は日々高まっているようだ。日銀がより積極的に緩和効果の拡大を目指すのであれば、国庫短期証券の買入れの増加による量的金融緩和の拡大で財政政策とのポリシーミックスを強調することもできるだろう。国庫短期証券はオーバーパーであり、買入れは十分に管理できる範囲内であるが日銀のロスを伴うため、通貨減価の意識が、円安やインフレ期待上昇につながる可能性もある。

2020年度の政府予算が国会を通過した後、政府は新たな大規模な経済対策(最低限GDP比1.5%以上の財政措置)の実施をすぐに決定するだろう。消費税率引き上げの失敗に続き、財政拡大が過少で経済が混迷した場合、政策当局への国民の信頼が失墜する恐れがあるため、しっかりとした経済対策が実施されるだろう。安定財源と世代間公平負担という消費税を支える論拠は既に弱くなっており、デフレ完全脱却に必要な消費の拡大にペナルティを課すような消費税率はすぐに引き下げるべきだろう。消費税率引き下げに対する政治の反対が強いのであれば、相当する規模の恒常的な給付で、家計の消費税の負担をオフセットすべきだろう。今、急を要するのは、直近の消費刺激ではなく、家計の過度な不安感が消費を追加的に縮小させてしまうのを防ぐことであり、家計の不安感を緩和するのであれば、給付が貯蓄に回ってもまったく問題はなく、その分、規模を大胆に大きくするべきだ。所得税の定率減税を1月に遡って恒久的に実施することもできるだろう。キャッシュレス決済にともなうポイント還元制度をすべての取引に拡大、そして還元率の大幅な引き上げと期間の延長も必要だろう。

新型コロナウィルスの影響が4 - 6月期から終息に向かっていくことを前提にすれば、ペントアップ需要の発現と政策効果を含むV字型の景気回復が見込まれる。海外景気の更なる鈍化を補うことを目安に、財政政策は「異次元な」拡大を続けるだろう。東京オリンピックの延期は2020年の成長率を0.6pt程度押し下げることになろう。2020年が - 0.5%程度のマイナス成長になるとみられるため、政府の新たな経済対策の規模が拡大する誘因となるだろう。延期が来年であれば、成長率はその分だけ押し上げられ、2021年の成長率は2%程度まで拡大するだろう。

物価 - 労働需給逼迫と需要超過が押し上げに

コスト面からみた物価上昇圧力は着実に高まっている。物価上昇が遅れていることで、労働需給の逼迫などによる総賃金の拡大による実質賃金の拡大が、消費の回復を強くしていくだろう。労働参加率の上昇の鈍化による労働供給の拡大の鈍化で賃金上昇が加速するだろう。潜在成長率を上回る成長率に戻る中で需要超過が物価をいずれ強く押し上げ始めるだろう。2021年半ばにはコア消費者物価指数(生鮮食品を除く)は前年比1%を上回るだろう。2022年前半までには、企業貯蓄率がマイナスの正常な状態に戻り、過剰貯蓄が総需要を破壊しなくなり、政府のデフレ完全脱却宣言となろう。2%の物価目標達成は、実際の物価上昇がインフレ期待を押し上げ、それが更に物価上昇を強くするサイクルが必要となり遅れて2023年頃となろう。

図)物価

物価
(画像=総務省、内閣府、SG)

金融政策 - 現行の金融緩和の枠組みを粘り強く維持

グローバルな景気持ち直しのシナリオを維持しながら、金融緩和効果の自律的な拡大が、2%の物価目標の達成へのモメンタムを強くするまで、フォワードガイダンスの下、日銀は辛抱強く緩和バイアスを維持しようとするだろう。ただ、新型コロナウィルスの影響で信用サイクルが下押されることを避けるため、金融機関に流動性を供給する策とETFを含めたリスク資産の買入れ増額を決定した。企業活動の再活性化と財政政策の緩和でネットの資金需要が復活すれば、それをマネタイズして働くことになる金融緩和の効果は、日銀が現行緩和政策を維持しているだけで強くなるとみられる。2%の物価目標は政府・日銀の共同のものであり、変更される可能性は極めて小さい。オリンピック延期で1年遅れるリスクが高まり、2022年の政府のデフレ完全脱却宣言のタイミングで長期金利の誘導目標の引き上げを始めるだろう。短期の政策金利をプラスに戻し緩和から脱却するのは、物価目標達成後の2023年となろう。

財政政策 - 引き締めから拡大へ転換し、ポリシーミックスの形に

基礎的財政収支黒字化目標は2020年度から2025年度へ先送りされ、安倍首相の自民党総裁の任期末の2021年までの制約はない。財政政策は、デフレ完全脱却のための経済活性化策と、家計支援、防災・インフラ整備を中心に、攻めの拡大へ転じている。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要はまだ消滅していて、マネーの循環・拡大する力、総賃金拡大の力としてのリフレサイクルはまだ弱い。財政政策の拡大と、企業活動の回復による企業貯蓄率の低下でネットの資金需要が復活し、リフレサイクルが強くなるだろう。年初の経済対策(GDP比2.5%程度の財政措置)の効果がこれから出てくる。海外景気の更なる鈍化を補うことを目安に、財政政策は「異次元な」拡大を続けるだろう。新型コロナウィルスの影響が大きく、オリンピックも延期され、金融緩和の限界が意識され、財政政策を重視する意見が大きくなっており、新たな経済対策(1.5%程度)を実施する可能性が高い。政策対応が支え、安倍内閣の支持率は高水準を維持し、政治は安定を続けるだろう。安倍首相は政治的求心力を維持するため、ぎりぎりまで続投を明言しないだろう。有力後継候補はおらず、続投となるだろう。

図)ネットの資金需要

ネットの資金需要
(画像=内閣府、日銀、SG)

金利と為替 - 内需主導の成長は円安の力

名目GDPと総賃金を縮小から拡大に転じさせたのが、アベノミクスの最大の成果だ。名目GDP成長率が長期金利を持続的に上回るのはバブル期以来である。長期実質金利はマイナスとなっている。拡張する力が抑制する力を上回り、デフレによる縮小均衡から、リフレによる拡大均衡に変化してきた。日銀の金融緩和の枠組みもあり、この拡大均衡の形はデフレ完全脱却まで継続するだろう。実質GDP成長率が内需主導の自律的な形となり、過剰貯蓄の解消などにより国際経常収支の黒字額が縮小していくことで、円安の力が生まれるだろう。ネットの資金需要がまだ弱いことは、財政ファイナンスが困難化して金利が急騰するリスクは極めて小さいことを示す。デフレ完全脱却への動きを織り込みきれていない超長期金利は上昇するだろう。

図)名目GDP成長率と長期金利

名目GDP成長率と長期金利
(画像=内閣府、Bloomberg、SG)

リスク - 内需拡大で支えきれないほどの輸出環境の底割れ

新型コロナウィルスの影響が長引き、海外経済が極めて低調で輸出環境の底割れ状態が続けば、内需拡大では支えきれず、深い景気後退のリスクが大きくなる。東京オリンピックの延期の混乱もリスクだ。財政政策の拡大が弱く、ネットの資金需要が復活できなければ、日銀への負荷が増し、金融緩和の副作用が大きくなるリスクを高める。一方、財政政策と金融政策の予想を上回る効果、そして構造改革の進展などにより、企業がデレバレッジからリレバレッジに早期に転じれば(異常であったプラスの企業貯蓄率がマイナス化)、デフレ完全脱却が早まるアップサイド・ポテンシャルとなる。

表)日本経済見通し

日本経済見通し
(画像=SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司