(本記事は、末 啓一郎氏の著書「テレワーク導入の法的アプローチ-トラブル回避の留意点と労務管理のポイント」経団連出版の中から一部を抜粋・編集しています)

メリット,デメリット
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テレワーク導入のメリットとデメリット

ここまで、テレワークの多様性およびその本質を踏まえて、適切な範囲・方法でのテレワーク導入が必要であることをみてきたが、各企業において導入を進めるにあたっては、それぞれの事業に適した形のテレワークを、どのように、どの範囲に取り入れていくべきかを検討することが、その第一歩となる。この点を十分に検証することなく、安易にテレワークを導入・開始することは、コストの増加を招くだけでなく、社内コミュニケーションや業務効率に悪影響を与え、生産性を低下させかねない。

そこで、テレワークの基本的な理解のまとめとして、またテレワークの導入を考える前提として、テレワークにより期待できるメリットと、生じうるデメリットについて、概括的に整理したい。

1.テレワーク導入により期待できるメリット

テレワーク導入のメリットを、社会・企業・就業者の三方向でみてみると、次のようなものがあげられる。

〔企業のメリット〕

  • 生産性の向上
  • 優秀な人材の確保、離職抑止
  • コストの削減
  • 事業継続性の確保

〔就業者のメリット〕

  • 多様で柔軟な働き方の確保(ワークライフバランス)
  • 仕事と育児、介護、治療の両立
  • 通勤時間の削減

〔社会全体のメリット〕

  • 労働力人口の確保
  • 地域活性化
  • 環境負荷の軽減

以上は、便宜上三方向に分けてみているが、これらのメリットは単に、企業だけ、就業者だけという一面的な性格を有するものではなく、社会・企業・就業者などの対象ごとに切り分けることはできない。そこで以下では、上記でメリットとされる各項目ごとに、それがどのような人々に享受されると期待されるのかを若干詳しくみていくこととする。

❶ワークライフバランスの実現
就労者にとってテレワークでの就労は、その副次的な効果として、場所的な自由度だけでなく、時間的自由度をも高めることにより、柔軟な働き方を実現しやすくなる効果がある。また通勤の負担の減少は、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催時に予想される交通渋滞の解消などにも効果があると考えられている。

雇用型テレワーカーを使用する事業者にとっても、通勤が不要となることでコストの削減が見込めるほか、通勤等によるロスタイムを減少させるので、業務効率の向上も期待できる。

このようなメリットは、リゾート地などでのサテライトオフィス勤務によるリフレッシュ効果を例にとると、労使双方にとってさらに顕著であり、それは、社会的にみても、地域の活性化にとって有益である。

❷育児・介護と仕事の両立
育児・介護と仕事の両立は、自営型の就労者にとっては問題となることが比較的少ないが、就業の時間と場所が拘束される雇用型の就労者にとっては(特に長時間労働との関係で)重要な課題とされてきた。この点について、適切な形態のテレワークを導入することは、普段の生活の場での業務遂行を可能とし、育児・介護と仕事の両立を実現する助けとなるものといえる。

労働者にとってこのようなメリットがあることから、雇用型テレワーク制度を導入することは、事業者にとっても、従業員の引き止めやリクルーティングに有利に働くことが期待され、労働力不足対策として大きなメリットがあると考えられる。

➌女性の活躍推進
育児や介護と仕事が両立できることは、女性の活躍推進にも資すると考えられる。これまで育児や介護は相対的に女性の負担とされてきたが、活躍の場を広げたい女性就労者にとっても、また人手不足のなか、事業者にとっても、テレワークは大きなメリットのある働き方である。

❹雇用の継続可能性を高める
育児や介護、とりわけ介護のために離職を余儀なくされる就労者は、男性も含めて増加している。適切なテレワークの導入は、育児や介護の問題を抱える就労者の雇用継続を可能とする効果が期待できる。事業者にとっても、人手不足のなかで人材の喪失防止の観点から、大きなメリットがある。

❺優秀な人材の確保
テレワークを含む柔軟な働き方を採用していることは、育児や介護との両立も含めたワークライフバランス向上の観点から、就労者にメリットが期待できるだけでなく、企業の競争力を維持・向上させるために優秀な人材を採用したい事業者にとっても、採用活動で有利になるほか、採用した人材の確保や引き止めなどでの効果が見込まれる。

❻コストの低減
事業者にとっては、テレワーク導入による通勤費用の低減があげられる。たとえばフルタイムの在宅勤務の場合は、通勤費用は不要となる。業務の一部をテレワークとする場合でも、1週間のうち3日程度しか出社しないのであれば、実費を支弁するにしても通勤費用の低減が見込まれる。

また、勤務のうちの一部分をテレワークとする場合であっても、フリーアドレス制との組み合わせなどで、オフィス面積の効率的利用や、賃料や備品をはじめとするオフィスでのコスト等(事業経費)の低減が期待できる。

❼生産性の向上
モバイルワークを含め、情報通信技術を利用し、どこででも社内にいるのと同様に働ける体制を適切に構築し、これを活用できる人的体制を整えることができれば、業務効率の向上が期待できる。このようなテレワークが可能となる体制をつくるためには、フリーアドレス制、Web会議の導入をはじめとする働き方の見直しなどが同時に必要となる場合が多い。これらを適切に行なうことで、業務の再構築や間接部門の生産性向上にもつなげられる。

いずれも事業者にとってのメリットと考えられるが、単位時間当たりの生産性を向上できれば、雇用型テレワーカーにとっても、中長期的に待遇面での改善が見込まれるメリットがある。

また、サテライトオフィスを環境のよいリゾート地に設置すれば、単に働く場所の柔軟性が広がるだけでなく、従業員自身がリフレッシュしながら働くことにもつなげられる。

❽事業継続計画(Business Continuity Planning;BCP)
テレワーク導入は、いつでもどこでも仕事ができる体制、工場やオフィスに出社することがなくても事業を継続できる体制を構築することにつながる。また導入にあたっては、セキュリティ対策の確立が不可欠なため、データ保護の体制整備も欠かすことができない。そしてそれらは自然災害、伝染病などの疾病等に対し事業の継続性を高めることにもつながるものである。

この点は、特に事業者にとって、コストをかける価値のある大きなメリットといえるが、テレワーカーにとっても、そのような災害のなかでも就労が継続できるので、収入が維持できるというメリットがある。当然、社会全体にとっても大きな価値をもたらすものである。

❾地域の活性化、環境負荷の軽減
上述のとおり、リゾート地のサテライトオフィスなどでリフレッシュしながら働くことは、地域活性化にも資するほか、社会全体の資源を有効活用し、その効率性を高めるうえでも有益である。

また、テレワークにより通勤負担(通勤コスト)が低減できれば、経済的ロスや環境負荷の低減も期待される。これは、テレワークを行なう主体、すなわち企業や就労者などには直接的なメリットではないが、社会全体に有益性があるため、政策的にテレワークを推進する動機づけとなり、テレワーク導入の公的な助成などの根拠となりうる。

居抜き物件,メリット,注意点
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2.テレワーク導入で生じうるデメリット

上記のような種々のメリットが見込まれるテレワークだが、その制度を適切に構築できなかった場合には、多くのデメリットが生じうる。以下では、多岐にわたるデメリットのうち、主要なものを検討しておきたい。

❶仕事と私生活の区別が曖昧となることによる弊害
テレワーク従事者にとっての最大の弊害としてよく指摘される点である。

テレワークでは、どこでも仕事ができることにより、仕事と私生活との区別が曖昧になり、長時間労働を誘発し、ワークライフバランスを損なうおそれがある。また、雇用型テレワークの場合、業務量の配分・その進め方などを適切に管理できなければ、隠れ残業などが誘発され、限度のない長時間労働にもつながりかねない。

これは、雇用型のテレワーカーが使用者の指揮命令下にあること、そして組織のなかでは同調圧力がかかることから、労使双方に無意識のうちに生じかねない問題である。

このような問題は、主として生活者としてのテレワーカーにとってのデメリットと考えられるが、同時に事業者にとっても隠れた大きなデメリットとなりかねない。すなわち、仕事と私生活との区別が曖昧になることは、労働時間ではない時間帯であっても「職務」から意識を切り替えることがむずかしく、十分なリフレッシュがはかれないために生産性が低下するリスクが高まることを意味する。したがって、この問題には働く側の工夫も求められるが、雇用型テレワーカーの労務管理のむずかしさと相まって、特に事業者側に慎重な対策が求められる。

一方、自営型のテレワーカーにとっても、契約関係が不明確なために過剰な要求がなされたり、労働時間などの規制がないために、特に専門性などが乏しい場合には、注文主による優越的な地位の濫用が生じやすく、その結果の過重な負担により、私生活に支障をきたすおそれがある。自営型テレワーカーについては、事業者側に、これを人事問題としてとらえる意識が弱く、専門性が低いテレワーカーはとりわけ、容易に代替がきくと考えられがちである。そのため、テレワーカー側からも、事業者側からも、自発的な改革はむずかしい。したがって、行政的な救済措置が講じられる必要があるが、自営型テレワークについてのガイドラインや、現状の法規制をみる限りでは、まだまだ不十分である。自営型テレワーカーの増加は今後とも見込まれるところであり、このような問題については、労働法規の適用を拡大するか、優越的地位の濫用の禁止等の取引規制の充実をはかるなどの方策が考えられるが、いずれにしても、これは主として立法・行政の課題といえる。

事業者としては、このような規制の問題について、コンプライアンスの観点からの潜在的リスクとしてとらえることが必要である。

❷出社しないこと自体による業務効率の低下
雇用型テレワーカーの在宅勤務では、それまで「出社」して行なっていた業務を「自宅」などに移すことで生じるデメリットがある。

物理的な問題としては、住宅事情などの制約から、オフィスなどの仕事場と同様には、業務に集中できる環境をつくれない点があげられる。テレワーク制度を許可する基準のなかに、就業環境に最低限度の広さを設定したり、十分な通信環境等を設けること、それらを整えるためのしかるべき費用を補助したりすることで問題を回避または軽減できる余地はあるが、その制度運用にあたっては、社員間の公平性の面を含め、慎重な対応が必要となる(この点は後述する)。

また、心理的な面としては、出社することで緊張感をもって遂行できていた業務が、在宅勤務により生活場所での就業となることで、緊張感の欠落したものとなり、質や効率が低下するなどの問題が起こりうる。報告連絡相談については、チャットやテレビ会議などのための適切なアプリを導入するなどにより補えるとしても、集団のなかにいることを感じながらの業務と、自宅における単独での業務では、業務に向き合ううえで心理的な抵抗があることも予想される。しかし、個別作業で集中して行なうほうがよい業務などもあるので、どのような業務がテレワークに適するかの切り分けを適切に行なうことで防げる面もある。そのような点についての配慮をおろそかにすると、業務効率が低下するデメリットを防げない。

加えて、業務遂行が孤立して行なわれることによる、ストレスマネジメント等の健康管理がおろそかになりがちになるという安全配慮義務上の問題も考えられる。これについては、どのようなデメリットが生じているのか単純に数値化できないため見落とされがちだが、深刻な問題となるリスクもあるので、これを防止するためにストレスチェックの活用や定期的な行事を設けたり、会議を招集するなど、業務の進め方以外の配慮も必要となる。

ある企業の例では、営業担当者は完全な在宅勤務とされているが、定期的に各地から全員が集合し、日本国内または海外で全体会議を開催したりしている。これは、チームワークの向上などを含め、生産性を上げるための不可欠な取り組みと考えられる。このように、モチベーションを持続させるためには、就労者側の工夫だけでなく、企業側にもチームワークの維持を含めた積極的な対策が必要となる。

これに対して、自営型テレワーカーの場合は、もともと出社するという概念にはなじまず、これをテレワークによる問題と考える余地はほとんどないと考えられる。

❸セキュリティ上の懸念
自営型テレワーカーを使用する場合は、もともと社外の就労者との契約であるため、業務を委託する段階での情報セキュリティ対策が必要であることは、当然に意識される、業務委託一般の問題である。これに対し、雇用型テレワーカーについては、もともと社内での業務遂行であったことから、セキュリティ上のリスクは高くないと考えられていたところ、社外で業務を遂行するために文書やデータを社内から持ち出す必要が生じる場合など、テレワークの導入がセキュリティ上のリスクを増大させることが懸念される。

これは主として事業者にとってのデメリットであるが、事故が発生した場合の責任問題まで考えれば就労者にとってのデメリットであるともいえる。

今日、デジタル化にともなうセキュリティ上のリスクは、もともと高まりつつあるところであり、しかるべき対策が必要とされるところであるが、テレワーク導入によりリスクが一層高まることとなる(総務省「テレワークセキュリティガイドライン 第4版」2018年4月13日公表参照)。

❹コストの増大
前述したとおり、通勤費やオフィスのコストを削減できることがテレワーク導入のメリットのひとつに掲げられているが、上述したセキュリティ対策の面から、テレワーク実施に不可欠な情報通信機器の拡充およびシステムの構築などに膨大なコストがかかるおそれがある点が、テレワーク導入によるデメリットといえる。

❺組織としての一体感低下のおそれ
雇用型テレワークは、従来からオフィスで営まれている業務をオフィス以外の場所で遂行することを前提とするものである。そのため、どのような形態のテレワークを導入するにせよ、一般的にオフィスではなされていた、他の社員とのface to faceのコンタクトは減少せざるをえない。仕事をするのは機械ではなく感情のある人間であるため、この点に十分な対策を施しておかなければ、テレワークが拡大していくにつれ、コミュニケーションが不十分となり、ひいては組織としての一体感や個々の社員のモチベーションが害されるおそれがある。また、このような問題を原因とする生産性の低下は、数値化が困難なだけに、見落とされてしまいがちで、気がつかないうちに弊害が増幅しかねない。

これは主として事業者側のリスクと考えられるが、組織としての業務効率の低下は、組織に所属する者にとっての不利益につながる面もあり、(特に雇用型の)テレワーカーにもデメリットとなりうる。

これに対して、自営型テレワーカーは、もともと独立して業務を遂行することが前提とされているものが多いため、テレワークの導入によりこのような点が問題とされることは少ないと考えられる。

❻不公平感助長のおそれ
テレワークを導入することには、被雇用者にとって、ワークライフバランスの向上や育児・介護との調整などのメリットがあることは前述のとおりだが、雇用契約により遂行される業務は多種多様であり、すべての業務がテレワークに適しているわけではない。たとえば育児・介護などの必要性のためにテレワークを選択したくても、その者が担当する業務の性格上、テレワークでの就労者は困難な場合もあり、このような場合に、従事している仕事による不公平感が生じうる。

このような不公平感を、テレワークに対する理解不足からくるわがままと処理することは簡単だが、円滑かつ効率的に業務を遂行するためには、組織内の公平感を保つことが、特に、同質性の高い正規労働者間では、モチベーション維持の観点からも重要である。このような点を見過ごしてしまうと、 テレワーク導入が思わぬ支障、弊害となりかねない。

なお、自営型テレワークは、もともと個々が独立して業務遂行を行なうことが通常であるため、この種のことは問題となりにくい。

❼同一労働同一賃金の問題
雇用型テレワークに関する、契約社員、パートタイマー、派遣労働者などの非正規労働者と正社員との労働条件の違いについては、これまで不公平感は生じにくかった。しかし、法改正により、それらと正社員との間の均等・均衡待遇が要求されることとなったため、正社員のみにテレワークを認めることなどのテレワークに関する取り扱いの違いが、コンプライアンス上の問題となることが懸念される。

今後は、均等・均衡待遇に関する法的問題の拡大により、このような問題が、単なる不公平感による不満を超えて法的紛争となることも懸念され、これらの労働者間の公平な取り扱いについても慎重な配慮が求められる点に留意する必要がある。

3.デメリットを抑え、メリットを最大化する方策の検討

テレワークのメリットおよびデメリットを分析してみると、それぞれの間にトレードオフの関係はほとんどみられないことに気がつく。したがって事業者は、導入方法を工夫することにより、デメリットを抑えながらメリットを享受することができると考えられる。すなわち、どのような速度で、どのような内容のテレワークを、どのような方法で導入するか、工夫をこらすことが必要であり、デメリットが生じるおそれがあるからと、導入の検討や試行すらしないという選択肢は考えがたい。

またテレワークを可能とする重要な要素である情報通信技術についてみても、その加速度的な発展により、導入コストや導入の技術的課題などの問題は減少していき、テレワークの導入メリットが拡大していくことは明らかである。したがって、事業の発展を考えるなら、テレワーク導入を躊躇することに合理性はない。いまや、テレワークを導入するかではなく、どのような形のテレワークをどのように導入するのかを考えるべき時期にきているのである。

そして、先にみたとおり、いろいろな類型のテレワークがあり、導入の程度もバラエティに富んでいるので、自社にもっとも適した形での導入方法は、必ずある。そして、導入効果は、どのような形で導入するかに大きく左右されるので、どのようなテレワークをどのように導入するのかで、企業の競争力に大きな違いが生じかねない。このような状況下で後れをとることは、競争上不利益を被るおそれがある。

ちなみに、これらのメリット・デメリットの分析のなかで、これまであまり論じられていない、働き方についての、使用者および就労者双方のマインドセットの問題は、テレワーク導入の支障にも、生産性向上の契機にもなりうる。この点は認識しておくべきである。

テレワーク導入の法的アプローチ
末 啓一郎
1982年東京大学法学部卒業。1984年弁護士登録、第一東京弁護士会。高井伸夫法律事務所、松尾綜合法律事務所、経済産業省勤務などを経て現在、ブレークモア法律事務所パートナー。ルーバン・カソリック大学法学部大学院(法学修士1992年)、コロンビア大学ロースクール(LL.M.1994年)、一橋大学(法学博士2009年)。米国ニューヨーク州弁護士、一橋大学ロースクール講師(国際経済法)

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