(本記事は、末 啓一郎氏の著書「テレワーク導入の法的アプローチ-トラブル回避の留意点と労務管理のポイント」経団連出版の中から一部を抜粋・編集しています)

テレワーク
(画像=PIXTA)

安全衛生・労働災害

1.労働安全衛生法の適用

労働安全衛生法は事業場単位に適用され、事業場外労働における就労場所および労働者の健康の管理の責任は雇用者の所属事業場にある。

(1)安全衛生関係法令の適用
雇用型テレワークガイドラインで掲げられている労働安全衛生法上の健康確保措置は以下のとおりである。

  • 必要な健康診断とその結果等を受けた措置(労働安全衛生法66条から66条の7まで)
  • 長時間労働者に対する医師による面接指導とその結果等を受けた措置(同法66条の8および66条の9)および面接指導の適切な実施のための時間外・休日労働時間の算定と産業医への情報提供(労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号)52条の2)
  • ストレスチェックとその結果等を受けた措置(労働安全衛生法66条の10)等の実施

同ガイドラインでは、これらにより、テレワークを行なう労働者の健康確保をはかることが重要であるとされている。

また、事業者は、事業場におけるメンタルヘルス対策に関する計画である 「心の健康づくり計画」を策定することとされており(労働者の心の健康の保持増進のための指針(平成18年公示第3号))、同計画において、テレワークを行なう労働者に対するメンタルヘルス対策を衛生委員会等で調査審議のうえ記載し、これにもとづきメンタルヘルス対策に取り組むことが望ましいとされている。

加えて、労働者を雇い入れたとき、または労働者の作業内容を変更したときは、必要な安全衛生教育を行なう等、関係法令を遵守する必要がある(労働安全衛生法59条1項および2項)ことが指摘されている。

(2)自宅等でテレワークを行なう際の作業環境整備
雇用型テレワークガイドラインでは、テレワークを行なう作業場が、自宅等の事業者が業務のために提供している作業場以外である場合には、事務所衛生基準規則(昭和47年労働省令第43号)、労働安全衛生規則および「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」(令和元年7月12日基発0712第3号)の衛生基準と同等の作業環境となるよう、テレワークを行なう労働者に助言等することが望ましいとされている。

そして、事務所衛生基準規則(昭和47年労働省令第43号)では、

  • 事業者が労働者を常時就業させている室の気積、換気、温度の基準、空気調和設備等による調整、換気設備の設置、作業環境測定等の実施および測定方法、設備の点検、照度等、騒音および振動の防止、騒音伝ぱの防止
  • 給水、排水、清掃等の実施、労働者の清潔保持義務、便所、洗面設備等
  • 休憩の設備、睡眠または仮眠の設備、休養室等、立業のためのいす
  • 救急用具の常備

が定められている。

しかしながら、テレワーカー各自の住環境において、このような基準の確認は容易ではない。また、就業環境を改善するための費用をどのように賄うのかの問題もある。

国は、テレワークを推進する立場であり、その政策として、住宅問題にも並行して取り組むことが必要と考えられるが、企業としても、テレワークでの生産性を高めるために、在宅勤務などの場合に、就業環境を整えるための費用関係の補助等を考慮することが考えられる。

一方で現実の就業環境のチェックなどは、それが生活場所であることから、プライバシーとの関係もとりざたされうるところであり、在宅勤務制度を取り入れる場合は、この点での報告義務や、就業環境の整備義務などにもしかるべき定めをおくことが必要となる。

(3)情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン
これまでは、「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」(平成14年4月5日基発第0405001号)により、VDT作業(ディスプレイ、キーボードなどにより構成されるVDT(Visual Display Terminals)機器を使用して、データの入力・検索・照合等、文章・画像等の作成・編集・修正等、プログラミング、監視などを行なう作業)を対象に、

  • 作業者の疲労等を軽減し、支障なく作業ができるよう、「照明及び採光、グレアの防止、騒音の低減措置」等の基準の定め
  • 心身の負担が少なく作業ができるよう、「一日の作業時間、一連続作業時間及び作業休止時間」「VDT機器の選定、調整等」等の基準の定め
  • 「健康管理や労働衛生教育の促進」の定め

がおかれ、このような環境の維持について、報告義務・整備義務、必要な補助などの検討が必要であるとされていた。

しかし平成14(2002)年にVDTガイドラインが策定されて以降、ハードウエアおよびソフトウエア双方の技術革新により、職場におけるIT化はますます進行し、VDT機器のみならずタブレット、スマートフォンなどの携帯用情報機器を含めた情報機器が急速に普及し、これらを使用して情報機器作業を行なう労働者の作業形態はより多様化した。その結果、

①情報機器作業従事者の増大
②高齢労働者も含めた幅広い年齢層での情報機器作業の拡大
③携帯情報端末の多様化と機能の向上
④タッチパネルの普及等、入力機器の多様化
⑤装着型端末(ウエアラブルデバイス)の普及

などの変化が起こっているとされ、それに応じて、上記のVDTガイドラインは廃止し、前記の「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」(令和元年7月12日基発0712第3号)が定められた。

情報機器ガイドラインでは、①②の変化による、労働衛生管理の必要性のさらなる拡大の必要性を踏まえ、③ないし⑤の変化に対応して、従来の作業区分を見直し、「作業時間または作業内容に相当程度拘束性があると考えられるもの」と「それ以外のもの」との2つのみの区分として、それぞれに応じた労働衛生管理の進め方を定めている。

また、事務所以外の場所において行なわれる情報機器作業、自営型テレワーカーが自宅等において行なう情報機器作業および情報機器作業に類似する作業についても、できる限りガイドラインに準じて労働衛生管理を行なうよう指導することが望ましいとされ、さらに心の健康についても必要な措置を講じるべきとしている。

上記に関しては、ガイドラインである以上、法的な拘束力を有するものではないが、これにもとづいて事業場に対する行政指導が行なわれるほか、労災などの発生の場合には、ガイドラインの基準を遵守していなければ安全配慮義務(労働契約法5条)違反が成立し、民事上の賠償責任義務が発生することとなりかねない点に留意をするべきである。

何より、労働者の健康の確保は、企業の競争力の源泉でもあり、使用者としては、行政・法律上の要請に応じて行なう配慮ではなく、ビジネスの視点から積極的な配慮が必要とされるところである。

2.労働災害、職業病の扱い

労働基準法、労働安全衛生法の適用がある雇用型テレワーカーの場合は、長時間労働によるうつ病などの職業病や労働災害に関しても、通常の労働者と同様、使用者が補償責任を負い、またそれらは労災保険の適用対象となる。

労働災害については、厚生労働省の「テレワーク導入のための労務管理等Q&A集」に在宅勤務における労働災害の事例が記されており、「自宅で所定労働時間にパソコン業務を行っていたが、トイレに行くため作業場所を離席した後、作業場所に戻り、椅子に座ろうとして転倒した事案。これは、業務行為に付随する行為に起因して災害が発生しており、私的行為によるものとも認められないため、業務災害と認められる」とされている。

もちろん立証の問題などが残るが、理論的には、在宅勤務での事故も労働災害となる場合がありうる。

3.通勤災害の扱い

テレワークは、事業場外労働であるため、通常の労働者(オフィスに通勤する労働者)とは通勤の概念に違いが生じうる。そのため、テレワーカーの通勤災害における「通勤」の取り扱いをあらためて検討しておく必要がある。

通勤災害とは、労働者が通勤により被った負傷、疾病、障害または死亡をいい、この場合の「通勤」とは、

「就業に関し、

  • 住居と就業の場所との間の往復
  • 就業の場所から他の就業の場所への移動
  • 住居と就業の場所との間の往復に先行し、または後続する住居間の移動
    (転任にともない配偶者等の居住する以前の住居との間の移動等)

を合理的な経路および方法により行なう、業務の性質を有するものを除くもの」

とされている。

したがって、「在宅勤務→サテライトオフィス勤務→オフィス勤務→帰宅の移動」の場合は、それぞれの移動が、上記の最初の2項目に該当することから、原則として通勤災害の対象となる通勤とみなされる。

上記にある「業務の性質を有するものを除く」とは、業務の性質を有する移動は業務上災害となるからであり、前述の出社命令や、サテライトオフィス間の移動命令などにもとづき移動を行なっている場合には、その間の災害は、原則として労働災害に該当すると考えられる。また、そのような指示にもとづく移動でない場合であっても、移動途中のモバイル勤務による業務遂行中に事故にあったときなどに業務上の災害となるかは、当該具体的な状況によりケースバイケースで判断されることになる。

また、移動の経路を逸脱し、または移動を中断した場合には、①逸脱または②中断の間、および③その後の移動は、「通勤」ではないとされる。ただし、逸脱または中断が日常生活上必要な行為であって、厚生労働省令で定めるやむをえない事由により行なう最小限度のものである場合は、逸脱または中断の間を除き「通勤」となるとされている。

具体的に省令に定められているものは、次のとおり。

  • 日用品の購入その他これに準ずる行為
  • 職業能力開発促進法に規定する公共職業能力開発施設において行なわれる職業訓練、学校教育法に規定する学校において行なわれる教育、その他これらに準ずる教育訓練であって職業能力の開発に資するものを受ける行為
  • 選挙権の行使その他これに準ずる行為
  • 病院または診療所において、診察または治療を受けること、その他これに準ずる行為

なお、喫茶店などに立ち寄り、モバイル勤務を行なった場合は、上記のいずれにも該当しないため、それが逸脱または中断となるのか、それとも「就業の場所から他の就業の場所への移動」に該当するかは、ケースバイケースで定められるものと考えられる。たとえば、モバイル勤務を行なうために喫茶店などに向かっている途中での災害や事故であれば、これは原則として通勤災害になるであろう。

4.ハラスメントがもたらすリスクへの対応

ハラスメント問題は、部分的なテレワーク勤務であっても、フルタイムのテレワーク勤務であっても、コミュニケーションを密にとれる体制を整備することが多いため、電話やICTシステムを通じるなどして、通常勤務の場合と同様に生じうる。逆にいえば、感情的な問題(さらにはメンタル疾患)の場合、場所的な隔絶はそれほど意味をもたない。

したがって、事実関係の把握や、ハラスメント対応などは、テレワーク制度の特殊な問題という側面は小さく、ハラスメント一般の議論とほぼ同じとなるため、ここでは特別に取り上げることはしない。

テレワーク導入の法的アプローチ
末 啓一郎
1982年東京大学法学部卒業。1984年弁護士登録、第一東京弁護士会。高井伸夫法律事務所、松尾綜合法律事務所、経済産業省勤務などを経て現在、ブレークモア法律事務所パートナー。ルーバン・カソリック大学法学部大学院(法学修士1992年)、コロンビア大学ロースクール(LL.M.1994年)、一橋大学(法学博士2009年)。米国ニューヨーク州弁護士、一橋大学ロースクール講師(国際経済法)

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