(本記事は、末 啓一郎氏の著書「テレワーク導入の法的アプローチ-トラブル回避の留意点と労務管理のポイント」経団連出版の中から一部を抜粋・編集しています)

テレワーク
(画像=PIXTA)

テレワーク導入の目的および内容の検討

テレワーク制度を導入しようと検討を始めるにあたり、考えなければならないポイントは3つある。1つ目は、何のためにテレワークを導入するのか(導入の目的)、2つ目は、その目的の達成のためにどのような形態のテレワーク制度を導入するのか(制度の内容)、3つ目は、そのような制度をどのように導入するのか(導入の手順)である。これらは、密接に関連し合っており、相互に影響するため、それぞれ独立に検討することは困難であるが、同時並行的に検討しつつも、3つの視点を常に意識し、議論が混乱しないように十分に注意しなければならない。まずは、導入目的から検討を始める。

1.テレワークを導入する目的の確定

テレワークを導入するためには、まずテレワークを導入することにより何を達成しようとするか、その目的を明確にする必要がある。テレワークの形態はきわめて多様であり、また導入の形式やその適用の範囲もさまざまであるため、目的が明確になっていなければ、導入すべき制度で対象とする業務の範囲、人数規模や日数・時間、導入スピード等々を見極める基準が曖昧となってしまい、導入のコスト負担の当否判断もつきにくくなる。

したがって、導入目的の検討・確定は、テレワーク制度導入検討の最初の段階に行なわれるべきものである(もちろん一定のテレワーク制度導入のあとも、その効果などを検証したうえで、導入内容の変更や導入範囲の拡大などを考えるべきであり、そこでは、めざす目的をあらためて明確にすることになるので、導入目的の検討は当初だけのものではない。しかし、最初の段階での目的の明確化が導入の成否にかかわってくる)。

導入目的を決めることは、単純な作業ではない。導入の目的こそが、制度の内容や投ずべき導入コストと密接に関連し、それらを踏まえた検討は、抽象的な理想論ではなく、企業の総合的な判断を必要とするものだからである。

導入の目的を明確にするにあたっては、テレワーク制度導入により達成をめざす多様なメリットのなかで、何を優先するかを決める必要があるが、多数の目的を一度に達成しようとするなら、そのハードルは当然ながら上がることになる。最悪の場合、そのいずれの効果も得られず、生産性の低下やコストの増加などの弊害のみが生じかねない。

たとえば、育児・介護への対処を最優先に考えるなら、その必要性の高い社員に優先的にテレワーク制度を導入・適用し、また、テレワーク制度導入によるコストや他の社員へのしわ寄せ等をある程度、許容することを検討しなければならなくなる。これに対して、事業継続性の向上を最優先とするなら、できるだけ多くの従業員がテレワーク制度を利用できるようにする必要があり、常時、制度を運用していなくても、定期的に短期間利用できるような形で制度を構築することで足りる場合もありうる。また生産性の向上を中心に考えるなら、業務フローを見直し、資料の電子化などを進め、社内におけるフリーアドレス制の導入、電子会議システムの導入などと並行して進めるべきこととなる。

そして、これらの目的に応じた人事評価システムの見直しなども必要となり、それに応じて導入コストも変わりうる。人事評価について一例をあげると、育児・介護の必要性に対応するものでは、テレワークを育児・介護を優先させた形で導入したことで生じる業務効率の低下による不利益をそのまま評価に反映させないなどの配慮をすることが考えられる。逆に、生産性の向上をめざしてテレワークを導入するのであれば、それに合わせて、より成果に見合った評価制度とすることが考えられる。また、セキュリティに関しては、育児・介護の必要性に対応するための、例外的な取り扱いとしてのテレワークの導入の場合は、その対象従業員が担当する個別の業務に関して必要となるセキュリティシステムの対策だけで足りるが、ある部門の業務効率の向上のためにテレワークの導入が当該部門全体に及ぶ場合には、必要となるセキュリティ対策のコストも増大する、などである。

このように、導入目的と導入のコストや手間、困難の度合いは相互に関連するものであり、テレワーク制度導入により、複数の目的を一時に達成しようとすれば、そのコストや導入のむずかしさは格段に高まり、結局、いずれも達成できないというリスクを生じさせることにもなりかねない。

導入目的の明確化・絞り込みのためには、想定される導入メリットを前広に検討したうえで、明確化・絞り込みを行なうことが考えられる。一般に、テレワーク制度のメリットについては、いろいろなことが並列的に述べられており、テレワーク制度が導入されれば、そのすべてが達成されるかのような印象を受けるが、現実的にはすべてを満たすことは困難であるから、その目標の絞り込みが重要となるのである。しかし、かといって、目的をひとつに絞り込むことにも無理があると思われるので、いくつかの目標のなかで優先順位をつけることが現実的であろう。

2.テレワーク導入のメリット

テレワーク導入の一般的な効果、すなわち企業、就労者および社会全体それぞれの見地を踏まえたメリット・デメリットは、ここでは、導入目的を確定させるという観点から、事業者の視点で導入のメリットを分析、検討、整理する。

❶生産性の向上
テレワークは就労の場所や時間を柔軟化するものであり、それにより業務生産性の向上が期待される。そこでは個々の従業員の生産性向上にとどまらず、テレワークを可能にするICT(情報通信技術)の積極的活用を通じて業務を効率的に行なうことにより、オフィスワーク全体の生産性向上が期待できる。これには次のような副次的な効果も見込まれる。

①従業員の意識改革
テレワークの導入により、業務の本質をあらためて意識するようになることが期待できる。「オフィスにくること=仕事」ではなく、時間や場所にかかわりなく、「業務」を遂行するよう考え方を転換することが期待される。

②人材不足対策
テレワークの導入により、現状の業務効率の向上のほか、現在勤務している社員の育児・介護・疾病などを理由とする離職の防止や、テレワーク導入による企業のイメージアップがもたらす新卒採用の効果などが期待される。

❷コストの削減
テレワーク導入は生産性の向上をめざすものだが、同時に、テレワークを導入するために業務を見直し、また業務の目的を明確化することにより、残業時間を減少させること、柔軟な働き方への転換によりオフィスコストや交通費を削減することなども期待できる。

❸事業継続性の向上
普段から、出社を必要としない形での業務遂行を可能にしておくことにより、自然災害時など、出社が困難な場合に、自宅その他の場所で業務を継続できる体制を整えることが可能となる。

❹国際化への対応
時間や場所にとらわれない働き方の延長として、海外勤務者との連携向上も期待できる。それは、国外においても国内と同じように業務を遂行することにもつながる。

3.テレワークの形態の選択

各企業の規模や事業内容、人員体制、当面の課題等々を踏まえて、さらに具体的にテレワーク制度導入の目的を絞り込み、明確にすることも、どのような制度を構築するのかを検討する前提として不可欠なものである。また、実務的には、テレワーク制度導入の目的と構築する制度の内容とは相互に関係するものであるため、次段階として、その両方を同時に検討することにより、導入目的をさらに現状に適したものとすべきである。

テレワークの形態・内容、人数規模や日数・時間、導入スピード、そしてそのコストを明らかにすることで、想定する目的が、どの程度の負担で実現可能かを見込むことができる。期待されるメリットと予想されるコストとの関係で、導入の方法やめざすべき目的の具体的内容などを適宜修正することが可能となるのである。

ただし、このような導入の目的および内容と、導入方法の相互の関係を一般的に議論することは困難である。なぜなら、事務部門の希望者が一定の条件下で週の何日間かをフルタイムで在宅勤務する例を考えても、想定される利用対象者が数千人に及ぶ大企業と、数人にすぎない中小企業とでは、必要とされる制度の整備内容やセキュリティ対策などがまったく異なると予想され、それにより期待されるメリットやコストにも大きな差が生じる。

同様に、一口にテレワークといっても、製造業かサービス業か、製造業のなかでも、自動設備により機械部品を製造している企業か、人力により手作業で、たとえばワイヤーハーネス等を製造する労働集約型の企業かで、まったく状態が異なるであろう。サービス業でも、清掃業とコンサルティング業とでは、まったく状態が異なる。

そのため、このような内容の多様性に重きをおかず、「テレワーク」の導入目的、内容、導入プロセスを、一般論的に議論することに意味はない。そこで企業の業種・規模を踏まえた具体的方策について検討を進めることとなるが、ここで参考となるのは、他社での導入に関する具体的な情報の検討である。具体的な導入事例は、一般社団法人日本テレワーク協会等から大企業から中小企業まで、また大都会に所在する企業から、地方に所在する企業まで、業種もさまざまに紹介されているので、それらを参考にしたうえで、自社の状況を踏まえ、どのような目的で、どのような形でのテレワークの導入を、どの程度のスピードで進めるのかを検討することになる。

そして、無限のバリエーションがあるテレワーク制度の内容を比較し、導入目的として自社は何を重視するのか、導入方法やスピードを考慮しながら、テレワークの内容自体を同時並行で検討し、その結果を踏まえて再度、導入目的を見すという作業を繰り返すのである。このように、いわゆるPDCAサイクルを適切に回しながら、慎重に導入を進める必要がある。

4.テレワーク導入の弊害

テレワーク制度の多様な実態を踏まえて、自社ではどのような効果をめざすのか、そして、どのようなテレワークを導入するのかの検討を進める一方で、テレワーク導入により、どのような弊害が生じうるかも考察し、発生するおそれがある弊害を最小限に抑えるには、どのような導入内容とすべきかも考慮しなければならない。弊害については、導入目的を決定する段階ではなく、どのようなテレワークを導入するのかとの関係で検討されるべきである。

テレワークの導入により生じうる弊害を事業活動の面から分析、検討、整理すると、次の諸点があげられる。

❶セキュリティリスク
働き方の柔軟性を高めれば高めるほど、ICT機器の利用、資料やデータの持ち出し、その外部での利用頻度等々が増大し、セキュリティリスクが不可避的に高まる。これはテレワークに限った問題ではない。いまやICT技術の発達にともない、顧客情報の大量流出などで企業の存続自体が危ぶまれる事態が生じかねない時代である。そのようななか、テレワークの導入がセキュリティのリスクを高めることは避けられない。

したがって、これに対する十分な対策および投資が必要である。

❷労働生産性の低下リスク
テレワークを導入し、新しい業務遂行方法を採用することは、余分な手間の増大、コミュニケーションの減少、従業員の孤立化など、効果とは表裏の関係にある、労働生産性を低下させかねない事態を招くおそれもある。

人間には感情があり、特にモチベーションの低下による業務効率の悪化は看過できない。この点を見落としたまま、形式的にテレワークを導入すると、労働生産性の低下が起こりうる。したがって、テレワークの導入と並行して、参加者・周囲の動機づけによる、やる気の維持・向上などへの配慮も必要である。

また、テレワークにより人間関係が疎遠になると、職場の一体感が低下するなどの問題も生じうる。一方でこれらについては、ICT機器の適切な運用、従業員の教育などにより、通常のオフィスワーク以上に、より緊密な連携がとれるようになったとする事例もあることから、リスクを踏まえつつ、労働生産性の向上をはかることにつなげられる導入方法を検討することが肝要となる。

❸コスト増大のリスク
セキュリティリスク対応および高度なコミュニケーションの維持も踏まえ、テレワークによる働き方を効率的に進めるためには、情報通信機器の整備やセキュリティ対策などで追加のコストが必要となる。これらに対応するためには、単に機器を購入する費用だけでなく、その対応にあたる人件費が増加することや導入当初の試行錯誤によるロスなども考慮しなければならない。

また、テレワーク導入自体、それまでの働き方を変革するものであるから、それ自体に相応の労力と人件費等のコストを必要とする。したがって、導入のメリットがこれを上回るものとなるよう計画することが必要であるが、導入メリットについては、その後の(さらなる変革のために無制限に長いものとはなりえないが)一定期間にわたる効果があることを踏まえ、それとのバランスを考えながら、導入コストの負担としてどの程度が可能であるかを考えなければならない。

テレワーク導入の法的アプローチ
末 啓一郎
1982年東京大学法学部卒業。1984年弁護士登録、第一東京弁護士会。高井伸夫法律事務所、松尾綜合法律事務所、経済産業省勤務などを経て現在、ブレークモア法律事務所パートナー。ルーバン・カソリック大学法学部大学院(法学修士1992年)、コロンビア大学ロースクール(LL.M.1994年)、一橋大学(法学博士2009年)。米国ニューヨーク州弁護士、一橋大学ロースクール講師(国際経済法)

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