(本記事は、麻野 進氏の著書『イマドキ部下のトリセツ』ぱる出版の中から一部を抜粋・編集しています)
退職代行ビジネス登場のウラ側にある本当の「辞める理由」を知ろう
【なぜ辞める理由を知ることが大切なのか】
浅野課長が4年先輩の小林課長と久々に飲んだとき、小林さんから聞いた話に驚かされました。
小林さんはこの会社の花形部署である海外事業部の三課を任されています。そのなかで、2年目の若手社員が連休明けにいきなり辞めてしまったのだと言います。
「そんなの珍しくないじゃないですか」
「だけどよ、その辞め方がな。退職代行サービスを使ったってんだよ」
「退職代行?」
「そういうサービスがあるんだよ。辞めたい人の代わりに会社に辞めますって伝えるんだ」
小林さんのところに聞いたこともない会社から、「〇日付で彼は会社を辞めることになりました」と、連絡が入ったのだそうだ。
びっくりした小林さんは本人に連絡を取ろうとあちこち連絡したのですが、本人にはつながらない。アパートも引っ越したらしく、居場所もわからない。
それ以来、本人は音信不通で、代行業者と退職の手続きをするしかなかったそうです。
そういうサービスが世の中にあるとは、とびっくりする浅野君に、
「それより俺がショックだったのは、そいつがまったく辞める素振りを見せてなかったってことなんだ……」
と小林さんは唇をかみしめます。
将来を嘱望していた部下で、小林さんもずっと目をかけていたのだそうです。酒の席のつきあいもよく、腹を割って話し合ったこともしばしばだと言います。
それほど目をかけていた彼が、なんの予兆もなく、辞める気配もなく、もちろん事前に相談もなく、あっさり辞めてしまった。
退職代行サービスうんぬんより、辞めた後の仕事の処理うんぬんより、すぱっと辞められたことに小林さんはショックを受けていたのです。
せめて自分には相談があってもいいんじゃないか、と恨み言を浅野君にぶつけるのでした。
「おまえんとこにも、若いのがいるだろ。気をつけて見ていたほうがいいぞ」
浅野君は新人の山本君の顔を思い浮かべました。
いまのところはそんな気配はないけれど……。いきなり無表情で辞めてしまう山本君を想像してあんたんたる気持ちになってしまいました。
*
本人に代わって退職を代行するサービスが増えています。NHKでも取り上げられたくらいですから、ここ数年で急速に増加しているのは明らかです。
料金は3万円~5万円程度と手頃で、依頼すれば本人は会社と一切かかわらずに辞めることができるので、使い勝手のいいサービスとして活用されているようです。
ただ、まったく新しいサービスですので、玉石混淆でトラブルも多く見受けられます。ちゃんとしたところは弁護士事務所で、未払い給料の精算や有給休暇の処理などの手続きを代行してくれますが、単に「辞めます」の電話一本だけ代行して、あとはほったらかし、というところもあるようです。
その背景には終身雇用制の崩壊という大きな問題が横たわっているのですが、もっと直接的な問題が、連絡もなしに突然辞められた会社の困惑です。
本人とアクセスできないのだから、彼が辞める本当の理由がわからない。つまり、会社に経験が蓄積されないのです。
なんらかのシグナルが発せられていたはずなのに、それがわからない。辞める理由がわかれば、次からはその対策を取ることができます。辞めないように制度を変えたり、仕組みを変えたりすることができますが、突然、ぷっつりと連絡が取れなくなってしまったのでは、対応しようがありません。
「しようがないやつだ」と個人の問題として愚痴るしかないのです。
問題はそういうサービスが隆盛するだけの需要があるということです。
「いまの若者はドライすぎる」とか、「挨拶もなしなんて人間としてどうなの」などと、イマドキ世代だからといった世代のせいにするのは、問題の認識が甘いと思います。
「いまはバブル期みたいな売り手市場だから簡単に転職するんだ。環境が変わって買い手市場になれば、退職するやつも減るだろう」
などと軽く考えてはいませんか。
そうではなく、退職そのものは唐突かもしれませんが、そこへ至るまでの過程で辞める社員にさまざまな屈託があるということです。それが組織の問題だったとしたら、採用環境が好転しても、辞める社員は減らないでしょう。
辞める原因はさまざまあります。セクハラ、パワハラはダイレクトな原因でしょうが、業務が偏って、個人に対する負担が重くなっていたことも少なくありません。気が弱くて断れずに、持ち込まれる案件をなんでも引き受けた結果、心理的ににっちもさっちもいかなくなって、放り出すように辞めてしまうということもあります。
ハラスメントではないけれども、上司や先輩とそりが合わないという理由もあるでしょう。
出社拒否症候群など、精神的な病に落ち込む若者もいるでしょう。
大手企業ではこうした心理的な問題に対応するカウンセリング制度などを導入しているところもありますが、中小企業レベルでは難しいかもしれません。