(本記事は、麻野 進氏の著書『イマドキ部下のトリセツ』ぱる出版の中から一部を抜粋・編集しています)
社員が本当にやる気を出すためには仕組み(インセンティブ)が必要
前章までイマドキ部下との関わり方を述べてきましたが、ほとんどのマネジメント本で取り上げていない重要なことを最後にお話します。
それは、部下がやる気やパフォーマンスを持続させるためには、「仕組み/仕掛け(インセンティブ)」が必要だということです。
本書を手に取っていただいている読者が所属している会社には、社員に開示されているかどうかにかかわらず、何らかの人事(処遇)制度が導入されていると思います。
つまり、社員を格付けて処遇のベースにする「等級/役職制度」、格付けに基づいて社員の貢献度合いを測る「人事評価制度」、貢献度に基づいて支払う「報酬制度(給与・賞与)」です。
人事制度は会社(上司)の期待とそれに応える従業員の間で取り決めた処遇のルールですが、金銭が絡むため、法律や組織の公平性などさまざまな制約の中で設計・運用しなければならず、社員にとっては「モチベーション向上」機能より、「不満の解消/減少」機能のほうが優位なのが現実です。
「2:6:2の法則」――6割のミドルパフォーマーは仕組みで動く
どのような組織でも、組織をけん引する優秀な人財は2割程度で、標準的な人材は6割、働きが良くない2割の比率で構成されるという「働きアリの法則」になぞらえた「2:6:2の法則」は第3章で紹介しました。
この法則を人材マネジメント施策に対応させると、ハイパフォーマーな上位2割の部下は自律的・能動的に活動する層ですので、上司としては「本人にとっていかに良い機会を与えるか」が人材マネジメントのテーマとなります。
一方、下位2割のローパフォーマーたちは、その状況に甘んじている層なので、「いかに危機感を持たせられるか」がテーマとなります(最近の人手不足状態では益々危機感を持ちづらくなっています)。
そして、及第点を取り続けている多数派のミドルパフォーマーの6割の部下は、もちろんこれまで述べてきたような上司とのコミュニケーションが重要ではありますが、会社や組織が設定した何らかの明確な仕組みに影響される度合いが高い層でもあるのです。
私は20年以上人事コンサルタントとして、人事制度設計に携わってきましたが、その経験をこの法則に加筆すると、本当の優秀層は(ハイパフォーマーな上位2割のうちの)上位1割で、残りの1割はミドルパフォーマー層と入れ替え戦を戦っており、仕組みによるマネジメントが有効な層です。
サッカーのJリーグでもJ1で順位が下位のチームは、J2への降格というルールを意識しながら試合に臨んでいますし、J2の中でも上位の優勝争いに位置しているチームは、昇格という明確なルールに基づきJ1を目指して懸命になっているはずです。
本当に優秀な最上位の1割は、ルールの明確なゲームに勝って出世することよりも、自身の成長に目が向いているため、会社が設定した仕組みで踊ってはくれませんが、ハイパフォーマーの下位1割層は、一定のエリート意識を持ちながらも入れ替えの危機感があります。
一方、ローパフォーマー層付近はどうなのでしょうか。
最下位層の1割は、外資系であれば「ボトム・テン」と呼ばれ、会社業績にかかわらず個々人の成績でローパフォーマーの認定を受け、一定期間の業務改善指導で成績が上向かなければ、退職勧奨される存在です。
ボトム・テンで退職した1割の人員分を新規採用するという方式をとっている企業もあります。
ただ、ローパフォーマーの上位(下位2割のうちの上半分)は、上司との不遇な関係性やメンタルなどの問題などから、パフォーマンスが発揮できない状態でも人事制度という明確なルールは理解しているので、異動などをきっかけとして浮上する可能性が大いにあります。
ミドルパフォーマー(真ん中6割)の下位に位置付けられている社員とは、標準評価結果を維持し続けられず、かと言って標準以下の成績も連続ではとらないレベルで踏ん張っているため、昇格の俎上になかなか上がってこないちょっと残念な部下のイメージです。
8割の社員は明確なルールがあればモチベーションを上げることができる
まとめますと、多数を占める一定のレベルで切磋琢磨する関係にある(本当の優秀な上位1割と最下位の1割を除いた)真ん中8割の層は、常に周囲との人間関係、競争関係を意識しながら働いているので、上司の何気ないひと言でモチベーションが上がったり、下がったりするため、前章まで述べてきたようなマネジメント・コミュニケーションのスキルの巧拙がポイントとなります。
また、マズローの欲求5段階説でいう真ん中の「安全の欲求(安全でいたい・安心したい)」「社会的欲求(仲良くしたい)」、「承認欲求(他人から認めてもらいたい)」という3階層の欲求で右往左往している層でもあり、その欲求を刺激する施策が効果的です。
一方で、最上位の1割は、会社が定めた人事処遇ルールにかかわらず、自身の成長に向かって勝手に突き進んでいくことができるポテンシャルのある社員ですので、そういう部下を持った上司は、実務ではよいチャンスを与える機会をうかがっておくとともに、部下が勢い余って辞めないような配慮が必要となります。
最下位の1割は、残念ですがこのままの状況が続けば、将来性どころか「近い将来にあなたの居場所がなくなるかもしれない」という危機感を適切に理解させることなしに、浮上するのは難しいと考えられます。
つまり、大多数である真ん中8割の社員は何らかの「社会的欲求」「承認欲求」を刺激されて動かされる存在であるために、前章まで紹介してきた上司の関わり方と明確な褒めるルール(インセンティブ)があれば、モチベーションを上げることができるのです。
給与、賞与は社員のモチベーションを高めることができそうでしょうか。これら現金給付は心理学では〝衛生要因〟と言われ「不満足の解消にはなっても、動機付けにはならない」とされています。
実際、金銭報酬は法律上「働いた時間に対する対価」と明確にされていることもあり、「もらって当たり前」という感覚が強いのです。給与が昇給してもすぐにそれが当たり前になりますし、賞与が10万円増えたら、そのときは嬉しいですが、その次回の賞与で5万円減ったら、前々回と比べたら5万円多いのに不満が出ます。
そこへ、金銭報酬がモチベーションになりにくいという通説を覆す"企業通貨(現物支給)制度"が登場し、脚光を浴びています。
イマドキ社員には貢献度をポイント化して還元すると心に響く!
「サンキューカード」または「サンクスカード」という言葉をご存知でしょうか。10年くらい前にリッツカールトンやJALで実施され、従業員のモチベーションが上がったと話題になりました。
仕組みは簡単で、一緒に働く社員で、助けてもらったり、教えてもらったり、残業を代わりにやってもらったりして、お世話になった人に「サンキュー」の言葉に感謝のメッセージを添えてカードで渡すものです。特にお金がかかるわけでもなく、社員の承認欲求を満たすものなので多くの企業で導入されましたが、最近は「効き目がなくなってきて自然消滅してしまった」という話をよく聞きます。
そうなんです。特に子供のころから褒められることに慣れているゆとり世代のイマドキ部下は「サンキュー/ありがとう」と言われるだけでは響かないのです。
そういう時代・年代の変化の中で登場したのが「企業通貨制度」です。社員が会社や組織に貢献したときなどに、会社が独自に発行する通貨(ポイント)で"社員を褒める仕組み"です。
褒められることに慣れているだけでなく、労力対効果(労力に対してのリターンが見合うかどうか)を意識する世代には響きやすい仕組みと言えます。導入企業では非正規社員の定着率が3倍になったり、社員の8割を占めるミドルパフォーマーたちのモチベーションが上がったという噂を聞きつけて、早速当社でも導入することになりました。