風間 啓哉
風間 啓哉(かざま・けいや)
監査法人にて監査業務を経験後、上場会社オーナー及び富裕層向けのサービスを得意とする会計事務所にて、各種税務会計コンサル業務及びM&Aアドバイザリー業務等に従事。その後、事業会社㈱デジタルハーツ(現 ㈱デジタルハーツホールディングス:東証一部)へ参画。主に管理部門のマネジメント及び子会社マネジメントを中心に、ホールディングス化、M&Aなど幅広くグループ規模拡大に関与。同社取締役CFOを経て、会計事務所の本格的立ち上げに至る。公認会計士協会東京会中小企業支援対応委員、東京税理士会世田谷支部幹事、㈱デジタルハーツホールディングス監査役(非常勤)。

経営者の右腕となるような役員を組織内に止めるには、役員賞与などのインセンティブプランが効果的だ。役員賞与は引当金として費用計上できるが、損金計上できないこともある。ここでは、役員賞与の概要と、会社法、会計上及び税務上の役員賞与引当金の留意点について説明する。

役員賞与とは?

役員賞与
(画像=P Stock/Shutterstock.com)

役員賞与とは、取締役など会社役員に対して臨時的に支給する賞与である。一般的に、毎月通常支給する役員報酬とは区別して使われることが多い。

例えば、ある会社(※)で役員Aさんは、毎月80万円の報酬を支給されていたとしよう。代表取締役の経営者Bさんが役員Aさんの手腕を高く評価して、年度末に100万円を別途支給した場合、役員Aさんに支給した100万円がいわゆる「役員賞与」となる。

役員Aさんは、役員賞与をもらったことで、評価してくれた代表取締役のBさんに感謝をするとともに、これからもこの会社とBさんのために注力していこうと静かに強い決意をするかもしれない。

臨時的な賞与支給を受けた役員は、自らが評価されている事を実感するだろう。「役員賞与」を使ってうまく役員のモチベーションUPさせることは、企業経営にとっても重要である。

ただし、この「役員賞与」の支給はいつでも無条件にできるわけではない。会社法上では役員に報酬などを支給するためには明確な定めがあるので、まずはその点を押さえておきたい。   (※)株式会社を前提(以下、同様)

役員賞与支給の会社法上の制限

役員賞与
(画像=marvent/Shutterstock.com)

会社法第361条には、「取締役の報酬等については定款に定めていないときは、株主総会の決議による」という定めがある。報酬等とは、職務を執行することで会社から貰う利益のことである。そのため、役員Aさんに100万円の役員賞与を支給する場合には、株主総会の決議をしておかなければならないのが原則である。

株主が社長一人の場合や、株主が家族や役員などの少数の関係者で構成されている場合には、適宜株主総会を開催して決議を行えばよい。ただし、会社外部の株主が多数いるような場合は、簡単に株主総会を開催できないことが現実問題としてある。

株主総会を適宜開催できないような場合は、毎年1度開催される定時株主総会で、あらかじめ役員賞与も含めた役員報酬の総額について決議をしておけばよい。その場合には、総額の上限を明記した上で、「代表取締役や取締役会に一任する」という点も含めて決議しておくとよい。

そうしておけば、株主総会の決議によって決められた役員報酬及び賞与等の金額の範囲内であれば、代表取締役の決定や取締役会決議によって役員賞与を支給することが可能となる。

株主総会決議の上限を超える報酬等の支給をする場合や、手続きに不備があった場合には、将来において「無効」や「取消し」になることもある。役員賞与支給の実務においては、会社法上の手続きに従っているかどうか確認しておく必要がある。

また、株主総会や取締役会が会社法に則って適切に開催された事実を残すためにも、株主総会や取締役会の議事録を残しておくことも実務上は極めて重要である事を押さえておきたい。

会社法上の役員賞与の留意点の次は、会計上の留意点について確認しておきたい。役員賞与の支給がある程度見込まれている場合には、会計上は「引当金」を計上する必要がある。

役員賞与に関する会計上の「引当金」とは?

役員賞与
(画像=SmartPhotoLab/Shutterstock.com)

「引当金」とは、将来において費用又は損失が発生することが見込まれる場合に、当期に帰属する金額を当期の費用又は損失として処理し、それに対応する残高を貸借対照表の負債の部(又は資産の部のマイナス)に計上する勘定科目をいう。

そのため、以下の4要件に当てはまる場合には、「引当金」として計上しなければならないとされている。

①将来的に発生しうる特定の費用や損失であること
②費用発生や損失が当期より前の事柄が原因となっていること
③特定の費用や損失が発生する可能性が高いこと
④発生する金額を見積もることが可能であること

「引当金」の例としては、製品保証引当金、売上割戻引当金、返品調整引当金、賞与引当金、工事補償引当金、退職給与引当金、修繕引当金、特別修繕引当金、債務保証損失引当金、損害補償損失引当金、貸倒引当金等などといったものが一般的であり、「役員賞与引当金」も存在する。

会計学や簿記を学習していない方向けに「引当金」についてもう少し詳細に解説する。

現金などの支出や、将来支払わなければならいような法律上の債務が現時点では発生していなかったとしても、将来の費用または損失になりそうな原因がすでに発生していて、その費用または損失が発生する可能性が高く、その金額もある程度推定することができる場合には、「引当金」として経理処理が行われるということになる。

「引当金」として経理処理が行われるということは、その金額に見合う費用計上をしなければならないということになる。

この「引当金」に関するわかりやすい例として、従業員に対して賞与を支給する際に計上する「賞与引当金」をとりあげてみたい。

6月と12月の年2回賞与を支給するような3月決算の会社のケースで、夏の賞与(6月の賞与)の支給に関わる「引当金」をみていこう。

(前提条件)
・6月の賞与は、当年度1月から翌年度6月までの在籍期間に応じて支給
・賞与の額は、各社員の基本給の2ヵ月分を支給
・基本給は30万円
・賞与支給対象の従業員は1名のみとする

(計算)
30万円×2ヵ月=60万円を賞与として支給する可能性が高く、その支給原因としての在籍期間が1月~3月までの3ヵ月間は当会計年度であるから、以下の金額を賞与引当金として当会計年度末である3月末に計上することになる。

60万円×(3ヶ月/6ヶ月)=30万円 

図としてまとめると以下のようになる。

THE OWNER編集部

引当金として計上する場合には、現金支出よりも以前に当たる原因が発生している会計期間に費用計上されるため、売上などの収益と費用との対応関係がより適切になる。

賞与引当金のケースを見てきたが、役員に対して賞与を支給する可能性が高い場合には、「役員賞与引当金」として費用計上を行う必要があることに留意されたい。

役員賞与に関わる会社法と会計上の留意点をみてきたが、役員賞与を支給する上で、実務上はずせないのが税務上の留意点である。

役員賞与が税務上認められるためには【税務上の留意点】

税務上における「役員賞与」の取り扱いを理解するためには、まず、役員に対する報酬、すなわち「役員報酬」に関する税務上の取り扱いを理解する必要がある。

税務上は、会社が役員に対して支給する役員報酬は「定期同額給与」、「事前確定届出給与」又は「業績連動給与」のいずれかに該当しない場合には、損金として計上することができない。

税務上の損金に該当しないということは、税務上の利益がその分だけ増加することになり、想定していたよりも納税額が増えることを意味する。それでは、「定期同額給与」「事前確定届出給与」「業績連動給与」について説明する。  

定期同額給与とは?

「定期同額給与」とは、支給時期が1か月以下の一定の期間ごとである給与で、その事業年度の各支給時期における支給額又は支給額から源泉税等の額(注)を控除した金額が同額であるものをいう。

(注) 源泉税等の額:源泉徴収等をされる所得税、地方税及び社会保険料等の合計額。

毎月支給されている役員に対する給与などは、ほとんどがこの「定期同額給与」に該当すると考えてよいだろう。

例えば、毎月80万円を役員報酬として支給していた会社が、業績がよかったので決算間際のひと月だけ180万円を役員報酬として支給した場合にはどうなるだろうか。

180万円を支給した月は、80万円分のみ損金計上され、残りの100万円は損金にならない。

仮に、自由に役員報酬を変更することができてしまうと、利益調整として利用できてしまうことになる。この利益調整を防止するために、税務上の「役員報酬」として認められるには、役員報酬額の変更は原則として事業年度の開始日から3ヵ月以内に限られている。

しかし、業績が悪化して役員報酬を下げなければ会社継続が難しい場合や、事業年度の途中で役員の職制の変更に伴って役員報酬を変更せざるを得ない場合には、例外として認められるケースもある。

事前確定届出給与とは?

「事前確定届出給与」とは、役員の職務につき所定の時期に、確定した額の金銭等の交付に関わる定めに基づいて支給される給与のことである。

役員賞与を支給する場合には、上場会社以外はほぼこの要件を満たすかどうかを留意していくことになる。

「事前確定届出給与」を適用するには、原則として、次の①又は②のうちいずれか早い日までに所定の届出書を提出する必要がある。

①株主総会等の決議によりその定めをした場合におけるその決議をした日(その決議をした日が職務の執行を開始する日後である場合にはその開始する日)から1ヵ月を経過する日

②その会計期間開始の日から4ヵ月(確定申告書の提出期限の延長の特例に係る税務署長の指定を受けている法人はその指定に係る月数に3を加えた月数)を経過する日

この「事前確定届出給与」の適用を受けたい場合に最も注意すべき点は、届出を行った内容と異なる役員賞与額などの支給をした場合には、損金算入が認められなくなるということである。

例えば、ある会社で役員Aさんが、毎月80万円の報酬を支給されていたとする。役員Aさんに対して、別途、年度末の3月31日に100万円を役員賞与として支給したいと考えた場合には、年度末の100万円が「事前確定届出給与」となるように準備をしておかなければならない。

事前に税務署に対して、「3月31日」に「役員A」に対して「100万円」の支給をすることを記載した「届出書」を提出することになる。「届出書」の提出期限は、株主総会が開催された1ヵ月後、もしくは事業年度の開始から4ヵ月以内である。

役員Aに対して役員賞与100万円を支給することを予定して、税務署に事前に「届出書」も提出していたが、業績があまりよくないため、実際に3月31日に役員Aに対して50万円の支給しかしなかった場合はどうなるだろうか。

この場合には、年度末に支給した50万円の役員報酬は「事前確定届出給与」として届出を行った内容と異なるため、税務上の損金として認められない。損金として認められないと税務上の利益額分が増加するため、結果として法人税等の税額が増加することになる。

業績連動給与

「業績連動給与」とは、利益の状況を示す指標等、法人の業績を示す指標を基礎として算定される給与である。この「業績連動給与」の適用は、上場会社が想定されている。

役員賞与として活用することも可能であるが、算定方法が有価証券報告書等で開示されていることが前提であるため、非上場会社にはほとんど適用されない。

なお、税務上で掲げる給与のいずれかに該当するものであっても、不相当に高額な支給金額になる場合などは、損金の額に算入されないことにも留意しなければならない。

役員賞与を事業年度内で2回支給するケース

役員報酬等は、定時株主総会から次の定時株主総会までの間の職務執行の対価であると一般的には考えられるため、役員賞与等の支給が複数回にわたる場合であっても、定めどおりに支給されたかどうかは当該職務執行の期間全体で判定すべきであるとされている。

したがって、複数回の役員賞与の支給がある場合には、原則として支給対象役員の職務執行期間に係る当該事業年度及び翌事業年度における支給について、その全ての役員報酬の支給が定めた通りに行われたかどうかによって、「事前確定届出給与」に該当するかどうかを判定していくことになる。

例えば、次のような事例を考えてみよう。

3月決算の甲株式会社が、2020年6月20日の定時株主総会において、取締役Aさんに対して下記の給与を支給する旨を決議して税務署への「届出書」を提出した。取締役Aさんの職務の執行期間は、株主総会開催日の2020年6月20日から2021年6月19日までの1年間とする。

役職氏名報酬月額事前確定届出給与
取締役A80万円1回(支給予定日:2020年12月20日)100万円
2回(支給予定日:2021年6月10日)100万円

実際の役員賞与の支給額が予定通り100万円のときは、1回分及び2回分ともに税務上の「事前確定届出給与」に該当することになるため問題はない。もしも会社が資金繰りに窮してしまい、1回目の実際の役員賞与の支給額を50万円とし、2回目の支給額を100万円とした場合(以下、「ケース1」)はどうなるだろうか。

取締役Aさんの職務執行期間は、2020年6月20日から2021年6月19日までであるため、その職務執行期間に係る役員賞与の支給の全てが定めた通りに行われたとはいえない。結果として、その支給額の全額(300万円)が事前確定届出給与には該当しないこととなり、損金不算入となる。

では、次に1回目は取締役Aに役員賞与100万円を支給したが、資金繰りに窮して2回目を50万円に減額した場合(以下、「ケース2」)の損金算入はどうなるだろうか。

ケース2の場合、3月決算の法人が2021年3月期(2020年4月~2021年3月)中は定めた通りに役員賞与を支給したものの、2022年3月期(2021年4月~2022年3月)においては、事前に定めた通りに支給しなかったこととなる。

支給しなかったことによって直前に当たる2021年3月期の課税所得には影響を与えるようなものではない。そのため、例外的に翌事業年度である2022年3月期に支給した給与の額のみについては損金不算入となる。

以上の2つのケースにおける役員賞与引当金の損金算入について、表にまとめると次のようになる。

実際の役員賞与額
参考ケース1ケース2
1回目の支給額100万円50万円100万円
2回目の支給額100万円100万円50万円
1回目の税務上の判定×
2回目の税務上の判定××

 注)「○」:「事前確定届出給与」として損金算入
    「×」:「事前確定届出給与」に該当せず、損金不算入

役員賞与支給の手続きには細心の注意を

「役員賞与」を役員向けのインセンティブプランとして活用する際には、さまざまな留意点が存在する。

役員賞与は引当金として損金計上ができるが、税務上は「定期同額給与」「事前確定届出給与」「業績連動給与」のいずれかに該当しない場合は、損失計上ができない。

会社法や会計上のみならず、税務上の要件をクリアしているかを事前に十分に検討した上で、事前に提出した「事前確定届出給与」の届出の内容に従い、支給予定時期に予定した金額を支給するよう、役員賞与支給の手続きには細心の注意を払う必要がある。(提供:THE OWNER

文・風間啓哉(公認会計士・税理士)