シンカー: 新型コロナウイルス危機に対して、各国政府と中央銀行はこれまで以上に積極的な対応をとる必要に迫られている。国債の増発が発表される中でも市場は安定しており、インフレもコントロールできない状況になっていないことから、以前唱えられていたような財政赤字の持続と拡大は無条件に悪であるというパラダイムは変更を迫られている可能性がある。新型コロナウイス危機を通して、財政政策と金融緩和のポリシーミックスが今後のニューノーマルになっていくのかもしれない。ただ、前のめりな中央銀行に対して、各国政府の対応はまだ腰が引けているようだ。ヨーロッパに目を向けてみると、先週行われたユーロ圏財務相会合では共通財政政策についての議論が難航し、結局踏み込んだ合意には至らなかった。日本でも、麻生財務大臣が「プライマリーバランスを放棄する考えはない」、「借金を返していく姿勢がなければ市場で国債が売られる」と警戒感を示す発言をしている。麻生大臣の発言は既に次の経済対策に関する戦いが始まっていることを表しているとみられる。しかし、その腰が引けた姿勢にもかかわらず、新たな経済対策を含む補正予算による財政拡大の動きは続くだろう。一つ目の理由は、今回の経済対策の国民の評判は悪く、他の施策も後手や裏目になっていることから、政権浮揚の必要性が生まれているからだ。戦いは、新たな経済対策に、国民一律の給付や企業への休業補償が盛り込まれるかだ。ここのところで気勢を制しようと麻生大臣の発言が生またのだろう。新型コロナウィルス危機がある程度緩和したところで、消費刺激策を中心に、追加の経済対策が打つ必要に迫られるだろう。二つ目の理由は、今回の補正予算では、景気下押しによる税収の下振れが織り込まれていないからだ。歳出削減は無理だろうから、今年度のサイクルのどこかで、追加の国債発行で手当てをしなければならないだろう。民間経済が弱くなると財政政策が緩和的になる景気自動安定化装置が働くことになる。三つ目の理由は、小手先の年度間調整による国債発行の抑制は限界にきていることだ。年度間調整は膨張し、東日本大震災時を上回っている。前倒債の待機資金(まだ財投などに回っていないもの)も使い切っているだろうから、国債発行の増加は不可避だろう。上記の二つにより国債発行が増えることは、日銀がマネタイズすることによるポリシーミックスの形が強くなるので、金融緩和効果の拡大と合わせれば、実質的な財政拡大となる。5兆円程度の新たな経済対策は規定路線で、もし5月6日までに非常事態宣言が解除できなければ、国民一律給付金を含む経済対策の膨張がみられるだろう。政府もいずれは前のめりにならざるを得ないだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバル・レポートの要約

●欧州経済(4/13): 財務相会合の合意、バズーカ砲とは名ばかり

ユーログループ(ユーロ圏財務相会合)は2日間の議論の後に、新型コロナウイルス流行を受けたEU共同の財政対応を強める方法でようやく合意した。発表された金額(5,400億ユーロ)は大きく、3通りの財源からもたらされる(EU、EIB/欧州投資銀行、ESM/欧州安定化メカニズム)。だが弊社の推定では、その3分の1しか利用されない、またごく一部の国しか金融支援を要請しないと考えられる。また3種類のスキームはどれも、ユーロボンドやコロナ債とは見なされない(それらのスキームは、資金移転ではなく要請した加盟国への融資であるため)。コロナ債を巡る議論は、終わってはいないが後送りとなった。ECBの量的緩和(QE)プログラムが債券利回りを抑制している限り、中央(ECB)の金融支援能力の必要性が明確になる可能性は無いからだ。だがGDP成長率の構造的低下がひとたび明らかになり、債券利回りが上昇し始めれば、債務持続性の問題が再発する可能性がある。それを受け共通債発行のアイディアが(規模、範囲とも限定的とはいえ)再浮上することも考えられる。

●米国経済(4/14): FRBが企業向け信用ファシリティを拡大

FRBは企業向け信用ファシリティを拡大した。金融市場にとって重要なことに、投資不適格債も買入れ対象に含めた。またFRBは、待望の「メインストリート融資ファシリティ」を発表した。

「メインストリート融資ファシリティ」…中小企業を支援:FRBは、財務省が提供する750億ドルの資本を利用して、最大で6,000億ドルの適格銀行融資を買取る特別目的事業体(SPV)を新しく創設すると発表した。

SMCCF(流通市場経由の企業向け信用ファシリティ)で、投資不適格債購入が可能に:FRBは「優先的に」購入する社債は投資適格債になると述べていたが、最近投資不適格に格下げされた「フォールン・エンジェル」やハイイールド債ETFも購入可能とした。FRBは当プログラムの規模を2,500億ドルに拡大した(財務省が提供した資本は250億ドル)。

最近の財政パッケージとCARES法から、財務省は4,540億ドルの貸出(資金提供)が可能:弊社の計算では、財務省はFRBのSPVに計2,150億ドルの資本を投下しており、FRBは2.3兆ドルの債権買取りが可能だ。FRBは様々なレバレッジ倍率を適用している。財務省には、こうしたプログラムの拡大、あるいは新規プログラムに利用できる資金が残っている。

FRB緊急融資プログラムの分析(追加):FRBは信用チャネルを積極的に支援してきた。現在の買入れ期限は、プログラムの大多数で2020年9月30日となっている。だがFRBは延長する可能性があると述べている。FRBのバランスシートは、こうしたファシリティの限度に近づくにつれて大きく拡大すると見込まれる。量的緩和(QE)による米国債やMBS機関債の購入も、バランスシートをさらに拡大させるだろう。FRBのバランスシートは、さらに10兆ドル拡大するとみられる。

●債券市場(4/13):在宅ワークのための13チャート

イースターの週末に向けてリスク・センチメントが改善された一方、債券利回りの上振れリスクと下振れリスクは当面対称的な状態が続くと考えられる。米連邦準備制度理事会(FRB)のプログラムが軌道に乗れば、市場の流動性が改善されることから、利回りの安定化が期待できるはずだ。しかし、COVID-19カーブのフラット化(=新型コロナウイルス感染症の収束)の明確な兆しや、事態が正常に戻る可能性を見極める必要があるため、ウイニングランをするのは早すぎる。また、感染の再発や流行の再燃も深刻なリスクとして残る。こうした状況から、米国10年国債の利回りは第2四半期末までに0.40%で底を打ち、その後は今年いっぱい少しずつ上昇していく展開が見込まれる。同様に、経済の先行き不透明感が解消するまでは、ドイツ10年国債の利回りが-0.50%を大幅に上回るような状況も予想しがたい。利回りはまだ下振れの可能性を残しているが、緊急的な異例の景気刺激策が打ち出されたことを踏まえ、状況が好転すれば利回り急反発の方向にリスクが傾いていくと考えられる。このため、米国のイールドカーブは短期的にブル・フラット化しても、今年後半にはベア・スティープ化すると見込まれる。予想どおり、米独間の10年国債スプレッドは今年に入って劇的に、100BP以上も縮小してきた。今後3カ月間にわたり米国債利回りの低下が続けば、スプレッドはさらに15BP程度縮小する可能性も考えられよう。しかし、金融・財政刺激策の大きさからすると、景気回復局面では米国がその牽引役となり、米独10年国債スプレッドは拡大に転じると予想される。

●グローバル・ストラテジー(4/10): 市場は、明らかになる景気低迷を見過ごせるのか

株式市場が上向いていることで、投資家の間には弱気相場の最悪期は既に終わったという期待が出ている。だが我々は(大方と同じく)、これは初期段階(弱気相場での一時的な反騰)に過ぎず真の弱気相場はこれから始まるのではないか、と考えている。言うまでもなく、経済封鎖が長く続けば続くほど、政府借入(債務)額のピーク時水準は高くなる。現在の民間セクター支援の大部分は銀行融資になっているが、リフレの暴風を吸収するために大規模な利益移転プログラムも実行されてきた。こうしたプログラムのコスト見通しは、すでに度を越して増加している。一例を挙げると、英国の、一時帰休となった労働者の賃金の80%を政府が支払うスキームのコストは、当初見込みの3倍になる可能性があると見込まれている。直近の推定では、英国の民間被雇用者の3分の1が一時帰休となり、政府が今後3カ月で負担するコストが300-400億ポンドになると示されている。これが意味するのは、政府によるこの「1種類の」企業支援だけで、年率換算でGDPの7%程度に相当するということだ。これは常軌を逸している。政府は、マリオ・ドラギECB前総裁の有名な言葉を借りると「出来ることは全て行う」と約束しており、政府の赤字の直接財政ファイナンスへの移行も、既定事項となっている。筆者が1970年代後半に英国・ブリストル大学でお世話になり、現在も影響力を持つウィレム・ブイター氏(WILLEM BUITER)は以下のように記している。「リーマンショック以降の10年間には、中央銀行が多くのタブーを破った。しかし彼らは現在、財政ファイナンスというルビコン川を渡るに違いない。彼らがそうする根拠は、これまでになく強くなっている。実際、現時点で彼らがそれを実行しないならば、無責任ということになるかも知れない」(同氏ほかが執筆した重要記事は、 VOX RESEARCH WEBSITE で読むことができるこのようにルビコン川を渡ることで、最終的には筆者たちが先週述べた「大融解」期に移行するだろう。しかし(その前の)「大暴落」はどうなるか。筆者が強く注目しているストラテジストの1人が、リアル・インベストメント・アドバイス社のランス・ロバーツ氏である。同氏は次のように述べている。「弱気市場には3つのステージがある。1.急速な下落で始まることが多い。2. そうした下落の後、売られ過ぎによる反発があり下落の一部を取戻す。3. その後に下落が長期化する。これはファンダメンタルズ悪化に伴い、より緩やかでじりじりと進む」――我々は、この第2ステージに位置している。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司