シンカー:企業貯蓄率と財政収支は逆相関の関係にあることが確認できる。景気の振幅の原因となる企業活動の強弱を示す企業貯蓄率(上昇=景気悪化、低下=景気回復)が、財政収支に大きな影響を与えているとみられる。財政の景気自動安定化装置の作用だ。もし財政健全化のため税収を安定化させることに注力し、この財政の景気自動安定化装置の役割を減じてしまえば、企業活動が弱く企業貯蓄率が上昇した分、総需要が破壊され、雇用・所得環境の悪化を通して、家計の富と所得が奪われることになってしまう。実際に、企業貯蓄率が1%上昇し、総需要が破壊されると、財政収支は0.8%程度しか悪化せず、残りの0.2%程度が家計の所得が奪われる力になってしまっていたことがわかる。これまで財政政策が緊縮すぎたと考えられる。1998年までの金融危機後、この所得の収奪を20年程度続けているのだから、家計が疲弊してしまうのも当然だ。その上、消費税率が数度も引き上げられ、安定財源として景気動向にかかわらずほぼ一定の所得を家計から収奪することは、景気自動安定化装置を弱くし、家計の疲弊を加速させてしまったとみられる。消費税率引き上げの問題は、その直接的な景気下押し圧力より、家計を含めた経済の体力を消耗させ、デフレ圧力となるだけではなく、景気自動安定化装置を弱体化し、予期せぬショックへの対応力を弱体化させることだろう。消費税率が引き下げられれば、理論上、家計からの富の収奪は小さくなるはずだ。早急な景気刺激効果は財政支出の方が大きいかもしれないが、消費税率引き下げは短期的な刺激効果の大小ではなく日本経済の体力そのものを回復させるもので、新型コロナウィルス問題があってもデフレ完全脱却への動きを止めないためにとても重要である。もちろん、新型コロナウィルス問題により企業活動の弱体化は目に見えており、それを補ってあまりある財政拡大で、家計の所得を守ることが政府の役割だろう。消費税率引き下げが政治的に困難なのであれば、その分の所得を給付金として家計に返還すべきだろう。緊急事態宣言が全国に拡大され、国民一律の大規模給付は急務になっている。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

長期間の経済低迷により家計に力はなくなってしまっているため、日本の景気動向は企業活動に左右されている。

企業貯蓄率が企業活動の強さを表す代理変数になっていることを指摘してきた。

企業貯蓄率の上昇は、デレバレッジやリストラが強くなるなど企業活動の鈍化を意味し、景気下押しとデフレ悪化の圧力となる。

企業は資金調達をして事業を行う主体であるので、マクロ経済での貯蓄率はマイナスであるはずだ。

しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を追加的に破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。

一方、企業貯蓄率の低下は、企業の投資意欲が強くなり過剰貯蓄が総需要を破壊する力が弱くなり、企業活動の回復により景気押し上げとデフレ緩和の圧力となる。

そして、税収などを通じた景気自動安定化装置により、企業貯蓄率と財政収支は逆相関の関係にあることが確認できる(資金循環統計ベース、金融危機後の1999年からのデータ)。

財政収支(GDP比%)=?0.82?0.83企業貯蓄率(GDP比%)+残差、R2=0.60

企業貯蓄率の係数がマイナスであることは、どちらかが上がるとどちらかが下がる関係にあることを意味する。

景気の振幅の原因となる企業活動の強弱を示す企業貯蓄率(上昇=景気悪化、低下=景気回復)が、財政収支に大きな影響を与えているとみられる。

景気が悪くなると税収が落ちることなどにより、自動的に財政が緩和的になり景気を支える力が生まれる。

失業保険や生活保護などのセーフティーネットが稼動することも支えとなる。

景気が良くなると税収が増えることなどにより、自動的に財政が引き締め的になり景気を抑制する力が生まれる。

即ち、財政の景気自動安定化装置が作動する。

政治家が景気の状況を敏感にとらえ、財政支出を極めてうまく調整してきたとは考えられないため、強いカウンターシクリカルの動きは、この税収の振れなどを通した景気自動安定化装置が威力を発揮したのだろう。

景気の振れに左右されやすい所得税と法人税などの直接税が中心の税体系であったため、税収の振れは大きいが、逆に財政の景気自動安定化装置が強いとも考えられる。

もちろん、景気が悪いときに財政による景気対策が打たれることによる影響もあろう。

もし財政健全化のため税収を安定化させることに注力し、この財政の景気自動安定化装置の役割を減じてしまえば、企業活動が弱く企業貯蓄率が上昇した分、総需要が破壊され、雇用・所得環境の悪化を通して、家計の富と所得が奪われることになってしまう。

生活水準を維持しながらできる貯蓄額は減少するため、家計の貯蓄率は低下してしまう。

実際に、企業貯蓄率が1%上昇し、総需要が破壊されると、財政収支はその係数分の0.8%程度しか悪化せず、残りの0.2%程度が家計の所得が奪われる力になってしまっていたことがわかる。

係数が1であれば、政府が完全なバッファーとなり、家計の所得が守られたことになるが、これまで財政政策が緊縮すぎたと考えられる。

1998年までの金融危機後、この所得の収奪を20年程度続けているのだから、家計が疲弊してしまうのも当然だ。

その上、消費税率が数度も引き上げられ、安定財源として景気動向にかかわらずほぼ一定の所得を家計から収奪することは、この係数を更に1から遠ざけ、景気自動安定化装置を弱くし、家計の疲弊を加速させてしまったとみられる。

消費税率引き上げの問題は、その直接的な景気下押し圧力より、家計を含めた経済の体力を消耗させ、デフレ圧力となるだけではなく、景気自動安定化装置を弱体化し、予期せぬショックへの対応力を弱体化させることだろう。

消費税率が引き下げられれば、理論上、係数は上昇し、家計からの富の収奪は小さくなるはずだ。

早急な景気刺激効果は財政支出の方が大きいかもしれないが、消費税率引き下げは短期的な刺激効果の大小ではなく日本経済の体力そのものを回復させるもので、新型コロナウィルス問題があってもデフレ完全脱却への動きを止めないためにとても重要である。

もちろん、新型コロナウィルス問題により企業活動の弱体化は目に見えており、それを補ってあまりある財政拡大で、家計の所得を守ることが政府の役割だろう。

消費税率引き下げが政治的に困難なのであれば、その分の所得を給付金として家計に返還すべきだろう。

緊急事態宣言が全国に拡大され、国民一律の大規模給付は急務になっている。

図)企業貯蓄率と財政収支のカウンターシクリカル(年データ、1999年から)

企業貯蓄率と財政収支のカウンターシクリカル(年データ、1999年から)
(画像=日銀、内閣府、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司