統計調査は万全の形で実施できるのか?

4月13日発行のEconomic Trends「GDP1次速報ではコロナショックを反映しきれない?」では、5月18日に公表される1-3月期GDP1次速報では3月分のサービス消費の悪化が反映しきれず、景気の悪化度合いを過小評価する可能性が高いことを指摘した。これは、1次統計の公表が遅いことにより、2次統計であるGDPの精度に問題が生じる事例である。本稿で述べるのは、新型コロナウイルスの感染拡大が続くなか、果たして精度を保った形で統計調査が実施できるのかという点である。足元では、新型コロナウイルスによる経済の悪化度合いに注目が集まっているが、そもそもその悪化度合い自体が経済統計で正確に計測できなくなるリスクがあることにも注意が必要だろう。

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(画像=PIXTA)

国民生活基礎調査の実施が見合わせ

3月30日、厚生労働省は2020年の「国民生活基礎調査」を中止することを発表した。この調査では、保健所の職員が統計調査員の指揮監督や対象世帯からの問い合わせ対応等を行っているが、現在、保健所では新型コロナウイルス対応が最優先であり、そうした業務を行うことが困難であることから、実施を見合わせることになった。基幹統計である国民生活基礎調査が中止されることの意味は大きい。この調査は保健所職員が実務を担っているという特殊な事情はあるものの、今後も感染拡大を防ぐための外出抑制や人と人との接触回避の動きが長期化するようであれば、他の統計調査でも調査の実施に支障が出る可能性は否定できないだろう。

統計調査のやり方としては、訪問調査、郵送調査、オンライン調査などがあるが、訪問調査では長時間に及ぶ回答者との接触が必要になることがある。感染リスクの観点から調査対象が協力を拒むケースも出てくるだろう。実際、前述の国民生活基礎調査においても、「本調査では、統計調査員が世帯を訪問する際、時間をかけて説明・確認を行っているが、統計調査員と対象世帯の方との長時間の接触は好ましくないこと。」が中止の理由の一つとして挙げられている。そのほか、感染リスクが高まるなか、調査を行う統計調査員の数が十分確保できるのかという点も重要だ。かといって、訪問調査を郵送調査やオンライン調査に変更することは、調査結果に与える影響が大きくなり、調査の連続性の面からも問題がある。

また、事業所の調査の場合、現在テレワークが強く推奨され、出社できる人数に限りがあることで、企業のデータ集計に遅れが生じ、正確な回答ができなくなる可能性があるだろう。出社人数が限られていることで業務が多忙になり、統計調査の回答に対する優先順位が下がることも考えられる。結果として、回収率が低下したり、回答の正確性に問題が生じるリスクがあるだろう。

通常の自然災害とは異なる

自然災害等により、統計調査の実施が一部困難になることはこれまでもあった。たとえば東日本大震災の際には、被災地域を調査対象地域から除外したり、調査票の回収ができなかった世帯・事業所については何らかの形で推計、補完を行うなどの対応がとられた。その後も、台風や豪雨、地震といった自然災害の際には、適宜対応がなされている。

このように、一部の地域で統計調査が万全の形で実施できないことはこれまでもあった。だが今回のように、日本全国で同時に問題が生じることは極めて異例であり、対応が難しい。回収率があまりに低下するようであれば、統計精度の点で疑問が出てくるだろう。欠測値の補完についても、あまりに範囲が広がるようだと問題だ。

以上のとおり、新型コロナウイルスは、統計の作成という面からも影響を及ぼす可能性がある。今後の状況次第では、経済統計の公表の延期、場合によっては公表の取りやめといった事態に発展する可能性も否定はできないだろう。公表される場合でも、回収率が低下することにより、精度の確保が困難になることも考えられる。今後は、新型コロナウイルスによって経済がどの程度悪化するかという点だけでなく、その悪化度合いを経済統計がどこまで正確に計測できているかという点についても注意していく必要があるだろう。調査の変更があった場合には、統計作成元のHPにその内容が記載されるはずであるため、統計を活用する際にはその点も確認することが重要だ。 (提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部
経済調査部長・主席エコノミスト 新家 義貴