現金給付は、これまで発表されていた減収世帯に30万円から、1人10万円に変更された。今回は、子供の多い世帯が相対的に恩恵を受けることになるだろう。しかし、感染リスクが後退しなければ、支給額が消費に回る割合はどうしても小さくなる。早くて5・6月に支給されるとすると、その時点では専ら食料品の支出増に回るのではないか。

現金給付
(画像=PIXTA)

子供の多い世帯に手厚く

紆余曲折があって、国民1人に10万円が配られることになった。筆者は、経済的弱者だけに限定して生活安心資金を供与することに賛成していたので、国民全員への配布はちょっと微妙だ。10万円を受け取った中堅・高所得層は、是非その100%を困窮する宿泊・飲食業のために使ってほしいと思う。

日本の総人口は、2020年3月時点で1億2,595万人だったので、単純計算で1人10万円の支給が行われるとして、12.6兆円になる。ただ、支給額から消費支出に回るのは、2009年の定額給付金のときの教訓に基づくと、限界消費性向は10~25%として、1.3~3.1兆円の消費増加になりそうだ。対GDPでは+0.2~+0.6%(名目・実質とも)という計算になる。支給のタイミングは、2020年5・6月とされるが、その時期は消費者の慎重姿勢が続いているので、4~6月における消費刺激効果は小さいとみられる。そのまま預金口座に積み増されることは避けたいものだ。

1人10万円というのは、世帯人数が多いところほど1世帯の給付額が大きくなるということだ。子供が3人居れば夫婦2人と合計して、50万円がもらえる。世帯人数を都道府県別でみて、山形県(1世帯2.78人)、福井県(同2.75人)、佐賀県(同2.67人)が世帯への恩恵が大きいとみられる。東北地方と北陸地方は、世帯人員5人以上の割合が高い。今回の現金給付は、地域別に1家族で子供の人数が多いところに現金が手厚く支給されるので、東北・北陸には恩恵が多い世帯が増えることが予想される。子供1人の必要な生活費に比べて、10万円は相対的に大きいと考えられる。逆に、東京都は、世帯人数が1世帯1.99人と少ないので、相対的に恩恵を手厚く受ける世帯は少なくなる。

消費に回る場合はどうなるか?

コロナウイルス感染の不安が根強く、外出自粛がそれなりに継続している時期には、どんな消費に回るのだろうか。それを推測すると、食料品が主になるだろう。おそらく、感染リスクは、後退しにくく、その中で家計が増やすとしたら、専ら食料品ということになると筆者はみている。最近の消費統計では、スーパーの健闘が目立っている。これは食料品の支出増を背景にしている。

人によっては、消費マインドが現金給付によって多少温かくなることを重視するかもしれない。しかし、当面、外出して活動を促すことは考えにくい。ありそうなシナリオとしては、巣籠もり消費と言われる消費分野の中でしか消費支出は増えない可能性はある。

見方を変えて、感染リスクが後退することを前提に考えるとどうなるだろうか。かつて、東日本大震災後の東北地方では、地域によって遊興費が増えたことが記憶される。遊興施設では、お客が溢れている場所があったという。

そのほか、子供が多い世帯に手厚くなるとすると、教育費やレジャー支出にも使われそうだ。子供とレジャー施設を訪れる機会が増えれば、今回のコロナ・ショックで打撃が大きかった娯楽業にも好影響が出るということになる。

また、高齢世帯では、旅行支出に回る可能性もある。もちろん、コロナ感染が完全に後退することが前提であるが、政府の対策のGo Toキャンペーンの中で旅行代金の1/2をサポートする政策とは、この10万円の支給によって効果が増幅される可能性もある。

反対に、自動車・家電製品には回るだろうか。大型の財消費は、ローンを組むことも多く、そうしたタイプの消費は、雇用・所得環境が安定しなくては増えにくい。10万円をもらったとしても、財消費は増えにくく、住宅投資もそれほど好影響を受けそうにない。

経済学者たちはどう思っているのか?

現金10万円の支給は、長く経済学を勉強しているベテラン層には不評だろう。日本政府がこれほど債務を増やしているのに、見かけ上は減税をしても、それは1人当たりが返済しなくてはいけない債務残高と比べて決して喜べるものではない。朝三暮四のそしりを大先生方からは受けるかもしれない。

筆者は、そうした厳格な経済学者に比べると、生活保障のためにある程度は支給もよいと思うが、他の経済対策と併せて、ここまで財源のことを視野に入れないと不安になる。冷静に考えたときの将来不安はある。確かに、現在の「空気」は、財源の制約を考えずに、まずは経済に止血をして元通りにすることが優先されていて、大盤振る舞いを批判しにくい。しかし、出口を考えない経済政策が後々の政策担当者を困らせることは、過去30年間の日本の歴史が示す通りである。

今回、麻生財務大臣は、2009年当時に自分が首相だったときのことを思い出して、「つくづく失敗だった」と述べている。それ以前にも、預金に積み上がるだけで「二度と同じ失敗はしたくない」と述べていた。麻生大臣は、空気をあえて読まずに勇気をもって反論する。これはほかの人にはできないことに思える。筆者も、こうしたことを繰り返さないためにも、国民1人1人に支給された現金10万円が本当に使われたのかどうかを政府が調査費を出して、つぶさに検証することが必要だと思う。今回実施するにしても、単にこれを先例にするのではなく、反省材料として後世につなぎたいものだ。 (提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生