要旨
● すでに緊急事態宣言の対象となっていた7都府県の不要不急消費が一か月止まることに加え、今回新たに特定警戒となった6都道府県の不要不急消費が3週間止まり、特定警戒以外の不要不急消費が3週間半減したと仮定すると、通常に比べてGDPベースでは通常に比べて最大▲7.2兆円(年間GDP比▲1.3%)の損失が生じることになる。近年のGDPと失業者数との関係に基づけば、この損失により36.8万人の失業者が発生する計算になる。
● 当初決定した生活困窮者世帯や子育て世帯への臨時特別給付金が全国民一律10万円給付となる他に組み換えがなければ、組み換え後の緊急経済対策は事業規模や財政支出の規模で117兆円や48兆円とさらに大きな額となる。これまでの真水の総額に今回組み換えの8.8兆円を上乗せした27.9兆円に限った景気への影響を考えると、今年度の実質GDPの押し上げ効果は+6.4兆円(GDP比+1.2%)前後にとどまり、1か月の緊急事態宣言に伴う損失を埋めきれないと見込まれる。
● ただし、単純にGDP押上効果が足りないというだけで今回の財政政策が好ましくないという結論にはならない。この状況下では医療危機の緩和が最優先課題となるためであり、給付金は人々の現下の経済的困難に対して手を差し伸べることにより、家にとどまる人を増やし、ウィルスの拡散が抑えることを目的としているためである。
● より早い段階で緊急事態宣言を発動して感染拡大を抑制できていれば、マクロ経済的なダメージも少なかったかもしれないし、緊急経済対策の規模も抑制できた可能性がある。仮に、リーマンショック並みに今後のGDPが落ち込むと仮定すれば、今年度の実質GDPは前年から▲29兆円程度減少し、経済成長率は▲5.4%となる。悪影響を最小限に食い止めるためにも、政府の迅速で大胆な政策対応が求められる。
緊急事態宣言拡大に伴う経済へのダメージ
新型コロナウィルスの感染拡大に対応する緊急事態宣言の対象地域が全国に拡大した。新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言は、外出制限や交通規制に対して強制力がなく、海外で行われているロックダウンを実施することにはならないものの、既に7都府県に対して緊急事態宣言が打ち出されていた中での全国拡大になるため、更なる経済活動自粛の動きが強まることは確実だろう。
実際、緊急事態宣言発動に伴う外出自粛強化により、最も影響を受けるのが個人消費である。そこで、2019年の家計調査(全世帯)を基に、外出自粛強化で大きく支出が減る費目を抽出すると、外食、設備修繕・維持、家具・家事用品、被服及び履物、交通、教養娯楽、その他の消費支出となり、支出全体の約55%を占める。
そこで、すでに緊急事態宣言の対象となっていた7都府県の不要不急消費が一か月止まり、今回新たに特定警戒となった6都道府県(北海道、茨城、石川、岐阜、愛知、京都)の不要不急消費が3週間止まり、特定警戒以外の不要不急消費が3週間半減したと仮定すると、通常に比べて最大▲8.4兆円の家計消費が減ることを通じて、GDPベースでは通常に比べて最大▲7.2兆円(年間GDP比▲1.3%)の損失が生じることになる。また、近年のGDPと失業者数との関係に基づけば、この損失により36.8万人の失業者が発生する計算になる。
緊急経済対策による景気下支え
こうした中、政府が当初閣議決定した事業規模108兆円のコロナ緊急経済対策も組み換えとなった。当初決定した生活困窮者世帯や子育て世帯への臨時特別給付金が全国民一律10万円給付となること等により、安倍首相の記者会見発言に基づけば、経済対策の規模が真水で8兆円以上拡大する見通しとなる。
仮に他の組み換えがなければ、事業規模や財政支出の規模で見ても117兆円や48兆円とさらに大きな額となる。しかし、これらはかなり広めにとられた概念であり、直接GDP押し上げにつながるわけではない点には注意が必要だろう。今回の経済対策による景気押し上げ効果は相当控えめに見ておいたほうが良い。
事実、現金給付等は追加的な支出につながるか不透明な部分が多く、これらの額全てが今年度のGDP押し上げに効くわけではない。また、財政支出の中には事業が長期にわたる財政投融資なども含まれていることには注意が必要だ。
経済対策の全容は予算編成まで不確定な部分があるが、景気押し上げ効果に関しては国・地方の支出(真水)である程度の目星を付けることができる。報道によれば、真水の総額が過去の対策の未執行分を除けば19.1兆円程度とされていた。このため、ここに今回組み換えの8.8兆円を上乗せした真水27.9兆円対策に限った景気への影響を考えると、財政支出から財政投融資を除いた国・地方の歳出からさらに貯蓄に回る部分等を除いた額が短期的なGDPの押し上げに効くことが見込まれる。一方で、内閣府の最新マクロ計量モデルに基づけば、現金給付に近い所得減税の1年目の乗数は0.23にとどまる。これに基づけば、実際に今年度の実質GDPの押し上げ効果は+6.4兆円(GDP比+1.2%)前後にとどまり、1か月の緊急事態宣言に伴う損失を埋めきれないと見込まれる。
ただし、単純にGDP押上効果が足りないというだけで今回の財政政策が好ましくないという結論にはならない。なぜなら、この状況下では医療危機の緩和が最優先課題となるためである。というのも、そもそも給付金は人々の現下の経済的困難に対して手を差し伸べることにより、家にとどまる人を増やし、ウィルスの拡散が抑えることを目的としているためである。
政府の対応に対する評価
こうした中、震源地となった中国の経済状況をみると、都市封鎖や移動制限を行ったことで2月の景況指数がリーマンショック直後を下回り過去最低となったものの、翌3月分は急回復して経済活動の持ち直しを示している。
従って、足元の感染拡大の状況を受けた日本政府の対応ぶりをマクロ経済への影響という面で評価すれば、あくまで結果論ではあるが、より早い段階で緊急事態宣言を発動して感染拡大を抑制できていれば、マクロ経済的なダメージも少なかったかもしれないし、緊急経済対策の規模も抑制できた可能性がある。
なお、仮に4月時点での民間エコノミストのコンセンサス通りに実質GDPが推移すると仮定すれば、2020年4-6月期が最悪となり同7-9月期以降は回復に転じても、2020年度の実質GDPは前年から▲15兆円程度減少し、経済成長率は▲3.1%となる。さらに、リーマンショック並みに今後のGDPが落ち込むと仮定すれば、今年度の実質GDPは前年から▲29兆円程度減少し、経済成長率は▲5.4%となる。したがって、悪影響を最小限に食い止めるためにも、政府の迅速で大胆な政策対応が求められるといえよう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣