緊急事態宣言の下での外出自粛や休業が長引くと、手元資金が乏しくなる事業者が現れるだろう。人件費や賃料を支払えなくなって、経営破綻する先である。飲食サービス、生活関連サービスは、特に固定費負担が大きく厳しい。賃貸のウエイトは、小売業が大きく、今後の個人消費悪化が地価下落につながることが警戒される。

自粛
(画像=PIXTA)

卸小売りの手元流動性は少ない

緊急事態宣言は、一応5月6日で終了することになっている。本当に5月6日で外出自粛や休業が終わるのであろうか。筆者は、もっと長引くリスクを強く警戒している。仮に、休業が長期化したときに、中小企業を始めとする事業者は、売上のない状態で存続することが果たして可能なのだろうか。一頃は、「日本企業は金あまり」と言われ、帳簿上の現預金残高が多いことが批判された。今はそれが様変わりとなり、「金あまりでなかった企業は大丈夫だろうか」と心配されている。今、資金調達したい企業が自由にお金を借りられないと、平常時に戻ったときに今まで以上に金あまりは解消されにくくなる。数年後、コロナ・ショックがトラウマになって、企業の金あまりが常態化したということになる。だから、将来のデフレ脱却のために、今は政府・日銀が資金繰り支援を目いっぱいやるべきだ。

自粛長期化の悪影響
(画像=第一生命経済研究所)

今、金あまりと言われながら も、手元流動性の潤沢ではない業種は少なからずある。2018年度の財務省「法人企業統計」を参照すると、月商ベースでみた手元流動性比率(=(現預金残高+流動資産の有価証券)÷月間売上高)は、卸売業が0.95か月と少なかった(図表1)。次に小売業の1.04か月、飲食サービスの1.64か月と続いた。これらの業種は。1か月間の休業予定が2~3か月に長引くと極めて資金繰りが苦しくなるとみられる。

生活・飲食サービスへの雇用調整圧力

卸小売業は、手元流動性比率が低くても、仕入れに資金がかかるだけで、休業しても仕入れが減るから資金が尽きることは起きにくいという見方もできる。厳しいのは、人件費や不動産賃料のように、休業していても支払う必要のある固定費負担が大きい業種である。

付加価値に占める人件費の割合に注目すると、人件費比率が高いのは、生活関連サービス80.6%、飲食サービス74.5%、卸売69.2%、小売68.2%となっている。これに、動産・不動産賃料を含めて計算すると、飲食サービスが92.7%、生活関連サービスが80.6%となっている。休業して最も困りそうなセクターは、飲食サービスと生活関連サービスである。

これら2つの事業者は、雇用調整助成金を受け取ることで人件費などの固定費負担をサポートできる。しかし、休業を選択せずに営業を続けている事業者も多くいて、今後人件費・賃料の負担をカバーすることが苦しくなり、雇用調整圧力は顕在化する可能性はある。

政府は、中小企業に最大200万円の給付金を売上減が大きくなった場合に配るとしている。この方針は正しいと思うが、200万円程度では雇用調整圧力を封じるには小さすぎる。やはり、政府系金融機関などの資金繰り支援を柔軟に活用する方が、雇用悪化を防ぐには効果的だろう。

※生活関連サービスは、洗濯・理容・美容・浴場、旅行業、冠婚葬祭業、写真業から成る。

地価下落圧力への影響

固定費の中で、人件費削減には雇用調整助成金というセーフティネットがある。セーフティーネットがないのは賃料である。賃料が支払えなくなった事業者をどう救済するかということは課題である。国土交通省は、賃料を減免したビル賃貸事業者の国税・社保料などの納付を1年間猶予するとしている。ただ、それで十分かどうかはわからない。

不動産賃料が下がる状態はどのくらい現実味があるのだろうか。企業の支払っている動産・不動産賃借料の業種別構成比を調べてみた(図表2)。最もウエイトが大きいのは、小売業である。飲食サービス、宿泊、生活関連サービスなどサービス業のウエイトは、小売業よりも小さかった。小売業などが堅調なうちは大丈夫かもしれないが、今後、サービスだけでなく、財消費のところまで個人消費が減少してくると、徐々に地価下落圧力が増していくだろう。

自粛長期化の悪影響
(画像=第一生命経済研究所)

地価に関しては、視点を変える と、訪日外国人減少の効果も大きいかもしれない。3月の訪日外国人は、前年比▲93.0%だった。これは、入国者に2週間の自宅待機を要請していることが大きい。4月はさらにマイナス幅が広がってもおかしくはない。年間約5兆円の訪日外国人消費は、入国者に厳しい措置を続けていると、事実上ゼロに近い水準まで落ちる。これまで公示地価は、訪日外国人絡みで上昇していただけに、その反動が恐ろしい。

事業悪化は見えにくい業種にも及ぶ

経済産業省の「第三次産業活動指数」では、2月までのデータが発表されている。3・4月のデータが劇的に悪くなっているが、2月のデータからも細かなサービス産業のダメージがわかる。

今回のコロナ・ショックにより、宿泊・飲食サービスが悪くなったことは少し考えるだけでわかる。「第三次産業活動指数」の利用価値は、ダメージを受けているセクターのもっと細かい実態がわかる点にある。

少し大きな業種区分では、2月時点では、航空運輸業が1・2月の減少幅の合計が▲14.6%と大きい。旅行業も1・2月は▲14.3%と目立っている。

もっと細かい分類では、マンション分譲、広告(雑誌・屋外広告)、プロスポーツ興業、テーマパークなどの落ち込みが著しかった。2月の段階ではまだ悪影響の広がりは限定的だと錯覚してしまうが、広告やスポーツ興業など局所的には甚大な悪影響がすでに生じている。これが3・4月、それ以降も続くと、事業者の経営破綻は避けられなくなっていくだろう。3・4月の「第三次産業活動指数」では、宿泊・飲食サービス、小売、卸、運輸など以外に大幅な指数の減少が起こっているだろう。

そうした状況が見えてきたときに、もっと別の事業者の救済策が必要となってくるに違いない。私たちは、自粛の長期化リスクに対して、雇用・資金繰り対策以外にも政策対応を考えていくことになるだろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生