新興企業の社長に就任した引退間際の富裕層

ファミリーオフィスのリアル#8
(画像=chalermphon_tiam/Shutterstock, ZUU online)

「太陽光発電の社長になってくれませんか」

「アメリカで上場している企業の社長になってもらえませんか?」

今から5年前、都内在住の富裕層の男性は、こんな誘いを受けた。訪れたのは、米国のある州に本社登記があり、米国の新興市場に上場している会社の社長を名乗る日本人の男だった。この企業は太陽光発電の事業を手掛けており、今後、企業価値のさらなる向上を図り、規模が大きな市場に上場を目指している。そのため、豊富なノウハウを持った新たな経営者を探しているという話だった。

「そんな話が、なぜ私に?」

男性はそんな疑問を持った。だが相手は、現役時代に一部上場企業のナンバー2として残したさまざまな実績が「目に留まった」と語り、「お願いできるのはあなたしかいない。私の後任を是非、引き受けてもらえないだろうか」と懇願されたという。

「俺はまだまだ働ける。人生、ここで終わるのはもったいない」

持ち株も売却して会社の経営から身を引き、ゆったりとした生活を送ろうと考えていたにもかかわらず、実際、仕事を辞めるとやることがなくて時間を持て余し、生活にもハリがないと考えていたこの男性。誘われたのが上場企業であったこと、そして当時、太陽光発電の市場が急拡大していたこともあって、「もうひと花咲かせてみよう」と社長を引き受けたという。

就任当初は順風満帆だった。市場が拡大していることもあって、仕事が山のようにあったからだ。そんな折、男性は前社長から「企業規模の拡大を図るべく資本調達をしよう」と持ち掛けられた。業績も順調だし今がチャンスと考えた男性は、人脈を生かして資金を調達、自らも前に在籍した会社の株を売却したことによりかなりの資産を保有していたため、10憶円余りを拠出したという。

 ところがある日、重大な事実が発覚する。会社の財務データを精査していたところ、おかしな数字があることに気づいた。「なんだこれは」と不安を抱いた男性は、前社長を呼び出して問いただした。前社長は当初、のらりくらりと答えを交わしていたが、男性が怒鳴りつけたところ、渋々次のように答えたという。

「じつは、簿外に多額の債務を隠している」

詳細は省くが、前社長は調達した資金の大半を横領。その上でごまかすために、多額の債務を別会社に移し替えていたというのだ。いわゆる“飛ばし”である。その規模は数十億円にのぼった。

しかも調達した資金の返済は、ファンドが相当額の株式を買い付け、そこで得た資金で返す契約になっていたのだが、このファンドが逃げてしまう。

「後から分かったことだが、前社長はいろいろやってきた経緯があって信用がなかった。そこで自分は辞めて、代わりに私を担ぎ出して金を引っ張り、その金を懐に入れようという絵を描いたのだ。全ては最初から計画されたもので、まんまと騙されてしまったのだ」

 結局、前社長は業務上横領と所得税法違反の罪で逮捕、会社も倒産してしまう。

「出した金も返ってこないし、会社が倒産したことで株主にも迷惑をかけてしまった。おまけに、社会的な信用も失ってしまった。なぜ、あんな男のことを信じてしまったのか。悔やんでも悔やみきれない……」

男性は苦虫をかみ潰したような表情を浮かべながら語った。